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第三百十三話 王は考える(二)

「それにしても、セツナ殿は罪作りなお方ですな。あの若さで、ふたりの女性を虜にしておられる」

「罪作り……か」

 苦笑したのは、彼ほどの活躍をすれば、回りの女が放っておくはずがないように思えたからだ。

 十七歳の若き英雄。女性を騒がせるにはそれだけで十分だろう。それに、容姿も申し分ないときている。どこの馬の骨ともしれないただの少年は、バルサー平原で勝利に貢献して以来、ガンディアにおいて無類の人気を誇ったし、王宮内でも彼の噂を耳にしない日はなかった。好意的な話が多いのは、戦場における彼の恐ろしさを知らないものが多いからだ。

 彼の強さ、凄まじさを知る軍人の多くは、セツナ=カミヤについて話したがらないという。そうすると、噂ばかりが拡散するのだが、彼に関する噂で、悪い話を聞くことはほとんどないといっていい。軍内部や、貴族の間ではそうともいえないようだが、一般的には、ガンディアが待ち望んだ英雄として受け入れられているのが、セツナという少年だった。

 ファリアが彼を特別視しているのも、ある意味では当然だったのかもしれない。彼女は、彼の命を救って以来、面倒を見てきている。彼が異世界人であるということがわかる以前からだ。それには彼女の思惑があったにせよ、彼を放っておけなかったのも事実だろう。そうするうちに特別な感情を抱いたに違いない、とレオンガンドは見ている。

 下世話な話だ。

 そんなことを考えている場合ではないのだが、考えざるをえないことでもある。

「ミリュウ……な」

「あのものがどうかいたしましたか?」

「気にはなるだろう。彼女はなぜ、セツナに拘る?」

「セツナ殿に捕らわれたから、というだけではなさそうではありますが」

 ミリュウ=リバイエンという女がいる。その名の通り、ザルワーンの支配階級たる五竜氏族の一端を担う、リバイエン家に連なる人物であり、魔龍窟の武装召喚師だという。ガンディア軍がザルワーンに侵攻する前後、魔龍窟から地上に出た彼女は、ふたりの仲間とともに部隊を率い、西進軍と戦闘を繰り広げたのだ。

 報告によれば、エイン=ラジャール発案の策によって、ミリュウがセツナに誘引されたことをきっかけに敵部隊は三つに割れ、西進軍は戦闘を有利に運ぶことができたようだ。そして、ミリュウはセツナと戦い、捕縛、捕虜の身となった。

 レオンガンドがミリュウ=リバイエンと直接対面したのは、セツナとファリアが無事だったのが彼女の働きによるところが大きいという話を聞いたからだ。

 なんでも、セツナたちは、ビューネル砦に出現したドラゴンの様子を探るため、偵察部隊を結成。なぜか捕虜であるミリュウもそれに同行していたということだが、彼女の特別扱いについてはアスタルとエインからの報告で理解できたし、西進軍にレオンガンドがいても、それを認めただろう。龍府へは元より潜入するつもりではあったのだ。

 それはともかく、ドラゴンの調査に向かったはずの偵察部隊だったが、戦闘に突入することになり、セツナは負傷し、ファリアも意識を失ったという。そのとき、ふたりがドラゴンの視界から逃れることができたのは、ミリュウが常人離れした膂力でふたりを担ぎ、激走したからだというのだ。

 もっとも、ミリュウも途中で力尽きたらしく、兵士たちが力を合わせて三人を西進軍の野営地まで運んだようだが。

 レオンガンドは、彼女に会い、セツナとファリアを助けてくれたことに感謝した。ザルワーンの武装召喚師であり、捕虜の身の上でありながら、ガンディアのために力を貸してくれたのだ。感謝こそすれ、非違を唱える道理はない。

 ミリュウは、ただ、セツナの身を案じ、ファリアがすぐに動けるほどの軽傷だったことを喜んでいた。そのときの彼女は、とにかく優しい目をしていた。

 とても、敵国の人間の振る舞いとは思えず、レオンガンドはセツナたちとの関係を問うたのだが、彼女は笑っていった。命を救われたから、救っただけだ、と。借りを返しただけであり、それ以上でもそれ以下でもないのだ、と。

 レオンガンドは彼女の返答に嘘を見出したものの、あえて問い詰めなかった。ミリュウのおかげでセツナたちが無事なのだという事実だけで十分ではあったのだ。

(とはいえ……)

 ミリュウがセツナに固執しているのは、だれの目にも明らかだ。それは、アスタルからの報告でもわかっていた。彼女は、自分の監視役にセツナを指名し、それ以外は受け入れられないと告げたというのだ。セツナにならば、自分の身を任せてもいい、といったらしい。

 恐らく、セツナと剣を交えたことに理由の一端があるのだろうが、それだけとは到底考えられなかった。彼女はザルワーンの武装召喚師であり、一度、敵として西進軍の前に立ちはだかったのだ。激しい戦いがあり、多くの戦死者が出た。彼女自身、エイン配下の兵を何人も殺したし、ガンディア側も彼女の配下を何名も殺している。

 戦争なのだ。剣を交えれば、戦死者が出るのは当然だったし、織り込み済みのことでもある。

 もちろん、先に戦いを仕掛けたのはガンディアだ。そうなるきっかけを何十年も前に作ったのはザルワーンだったとしても、この戦争を起こしたのはレオンガンドの意志だ。

 あのとき、戦いを仕掛けなければ、好機は永久に失われたのだとしても、だからといってザルワーン側が納得できるはずもないだろう。結局は、ガンディアの都合にすぎない。ザルワーンには、ガンディアを憎悪する理由があり、それが許されもした。

 だが、ミリュウはガンディアを憎悪しているわけでも、敵視しているわけでもなさそうだった。西進軍に連れられ、こちらと合流する羽目になった彼女の部下の多くは、未だガンディアへの敵対心を隠せてはいない。それが普通だ。敗れたとはいえ、捕虜の身となったとはいえ、敵国に心を許すいわれはない。

 もっとも、ザルワーン兵の多くは、戦いそのものが厭になったといい、反抗的な態度すら見せなかった。そうなるきっかけとなったのは、セツナの戦い振りにあるらしい。それは、西進軍から提出された報告書にも特記事項として記されていたことだ。

 ミリュウら武装召喚師を指揮官とする部隊との戦闘は、セツナの大活躍によって幕を閉じた、と。

 本物と偽物、ふたつの黒き矛を手にしたセツナは、戦場を縦横無尽に駆け巡り、敵兵の大半を殺戮、西進軍の勝利を決定づけた。

 西進軍の総大将としてその場にいたアスタルの証言によれば、これまでの人生であれほどの暴威は見たことがない、とのことであり、ログナーの戦場における黒き矛のとも比較にならないほどのものだったらしい。まさに嵐のようなものであり、黒い暴風が敵部隊を巻き上げ、血の雨が降り注いだというのだ。

 レオンガンドはその光景を一目見たいと思ったし、見なくて良かったとも思った。目にしていれば、セツナへの態度が多少変化していたかもしれない。

 彼は、恐ろしい存在だ。

 たったひとりで戦局を覆す、ガンディアの切り札。

 ガンディアはセツナを頼みにここまで来ている。彼だけで保っているといっても、ある意味では過言ではなかった。 

 そんな彼を取り巻く状況が大きく変わり始めている。

 マイラムを発ったとき、彼の周囲には、《獅子の尾》に属するふたりだけしかいなかった。隊長補佐のファリアと副長ルウファ・ゼノン=バルガザール。ふたりは、役職上、隊長の側を離れることはなかったし、それ以前からの付き合いもあった。

 レオンガンドが西進軍と合流したとき、まず目を見張ったのは、セツナのことを心配する幹部たちの多さだ。アスタル=ラナディースを筆頭に、エイン=ラジャール、ドルカ=フォーム両軍団長も、意識を失ったままのセツナのことを長年行動を共にしてきた仲間のことのように案じていたし、エインにいたっては自分のことのように考えているふしがあった。

 そして、ミリュウ=リバイエンだ。

 彼女ほどおかしな存在はない。奇妙で、不可思議な立ち位置にいる。もちろん、ミリュウはザルワーンの五竜氏族に連なる人間であり、魔龍窟の武装召喚師である。敵であり、敵対し、捕縛したのだ。現在は捕虜としてガンディア軍の支配下にあるのだが、彼女を物理的に拘束するものはなにもない。

 陣内を自由に歩き回ることも許してある。が、彼女がセツナの元を離れたところを見たという話はほとんど聞かなかった。

 ずっと、意識不明のセツナを見守っているらしい。


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