第三千百三十話 合同訓練(九)
二体の巨竜が同時に放った合計十個の竜語魔法は、端的にいえば極大の光線のようなものだった。ラムレシアの口腔と、ハサカラウの九つの口腔から放たれた極大光線がセツナの防御障壁に直撃し、セツナを彼方に吹き飛ばしたのだ。
その結果、三体の巨竜との戦いはお預けとなったが、代わりに別の敵が待ち構えているのだから、セツナに心安まる時間も場所もない。
全員を敵に回したのだから、当然だ。
そして、セツナは、だからこそ、このような訓練を望んだのだ。
間断なく攻め寄せてくる数多の敵。それらは神々の加護や召喚武装の支援によって大幅に強化されており、ただの人間であっても油断のできない力を発揮しうる。皇魔、竜となれば、その力はさらに強大化する。さらには竜王がおり、神々がいる。
(これだ。こういうのを待っていた……!)
セツナは、吹き飛ばされる最中、空中で停止すると、周囲に出現した気配を見回した。
待ち受けていたのは、ウルクたちだ。ウルク、イル、エルという三体の魔晶人形たち。
「手加減なしです、セツナ」
そういってきたのはウルクであり、肆號躯体の出力を最大に発揮した彼女は、弐號躯体のとき以上の速度でもって飛来した。イルとエルは、セツナがその場を逃げないようにするためか、二方向から連装式波光砲を撃ってきており、弾幕が形成されていた。
ウルクの攻撃を受け止めるしかない状況。
セツナは、咄嗟に矛を手に取ると、ウルクが猛然と突っ込んでくるなり叩きつけてきた拳を柄で受け止めた。激突と同時に火花が散り、轟音が響いた。衝撃が全身を貫き、痛みが生じる。
(ちょっと、調子に乗ったな)
防御障壁を解除して受け止めたのは、悪手以外のなにものでもない。が、防御障壁にばかり頼っているのも問題だと、彼は考えているのだから致し方のないことだ。防御障壁の構築と維持には力を消耗する。強力な防御障壁であればあるほど、その消耗は大きくなる。そして、それに頼り続けるということは、攻撃を受け、捌き、かわす能力を失っていくということに他ならないのだ。
それがわかるから、セツナは、あまり防御障壁に頼りたくはなかった。
多勢に無勢で猛攻を仕掛けられている場合は、四の五の言っていられるような状況ではないのだが。
一対一に持ち込まれたのであれば、話は別だ。波光砲の弾幕に対してのみ護りを固め、ウルクの打撃は、矛で捌こうとした。その結果、物凄まじい衝撃を受け、そのまま押し込まれて地面に落下していく。
「いいじゃないか、ウルク。その意気だ!」
「はい!」
ウルクは、俄然やる気を出したようだった。肆號躯体の様々な箇所から波光が噴出され、凄まじい推力が生まれた。セツナは、そのまま背中から地面に叩きつけられたが、そのときには防御障壁を展開している。ただし、防御障壁でウルクを吹き飛ばすような真似は出来ず、その結果、ウルクごと防御障壁で包み込んでいる。
ウルクが矛に叩きつけたままだった拳を引っ込めたかと思うと、つぎの瞬間、両方の拳による連打を仕掛けてきた。一瞬のうちに何百発もの拳打を撃ち込んできたのは、さすがは肆號躯体というべきだろうし、セツナがその猛攻のすべてを捌ききったのは、完全武装・深化融合の実力なのだ。
最後の一撃を矛で捌いたところで、ウルクが微笑した。
「さすがはセツナです」
そして彼女は、両手をみずからの胸元に向けた。するとどうだろう。胸元を覆っていた胸甲が緩み、肌が露出し、さらにその人体を完璧に再現する外骨格までもが展開した。露わになるのは、外骨格と内骨格の間に設置された内蔵兵装。明らかに場違いな箇所に設置された砲口が莫大な輝きに満たされていた。
(あれが、総覇太極波光砲……か?)
確か、そのような名称だったと認識しているが、記憶違いかもしれない。
いずれにせよ、それが肆號躯体の内蔵兵装の中でも最大威力の兵装であるということは、確かなはずだ。
そんなものを真正面から受けるわけにはいかない、と、セツナは、咄嗟に矛を旋回させた。生じるのは痛み。視界に入るのは鮮血。鮮血の中に見出した風景がセツナを取り込み、空間転移を成功させた直後、天地が震えるほどの轟音が聞こえた。見れば、ウルクが発射した総覇太極波光砲の青白い光の奔流が碧樹の丘に突き刺さり、その周囲一帯を破壊尽くしているところだった。猛然と噴き上がる爆煙は、天変地異さながらだ。
(さすがの威力だな)
あのまま留まっていれば、セツナとて無事では済まなかっただろう。
無論、セツナが死ぬような目に遭うことはないにせよ、半殺しくらいにはなっていたはずだ。さすがにそうなれば、セツナも負けを認めざるを得なくなる。
(そういうわけにはいかないからな……!)
だれとはなしに告げて、背後に向かって矛を振り抜けば、光刃と衝突した。
「待っていましたともこのときを!」
「そうかい」
喜悦満面のエスクを見れば、こちらまで嬉しくなる。
セツナは、エスクに向き直ると、彼が左腕を掲げるのを見て、咄嗟に飛び離れた。虚空砲が生み出す衝撃波が真横を突き抜ければ、上空から光の槍が降り注ぐ。だれかはわからないが、エスクを支援しているのだ。さらには三方から迫り来る殺気に気づき、セツナは目を細めた。
「どこに意識を向けているんですかねえ!」
「全周囲にさ」
告げて、あらぬ方向から殺到してきた光刃を柄頭で叩き落とし、エスクとの間合いを詰める。エスクは瞬時に光刃を縮めると、セツナとの間に差し込むように伸ばしてきた。伸縮自在の光刃は、これだから厄介なのだ。伸びきったかに見えても、つぎの瞬間には元の長さに戻っている。
「それはそれは、大変でございますなあ」
エスクが笑いながら、光刃を振り回す。光刃がセツナの周囲を乱れ舞い、包囲するように踊り狂う。いや、実際に包囲しているのだ。そのまま圧殺するために。
自身を取り囲むように螺旋を描く光の刃に対し、セツナは、翼を広げ、羽を飛ばした。“空駆”により、羽のひとつと自身の位置座標を交換することで包囲を脱すれば、つぎの瞬間には光の刃がこちらに向かってきている。
「ずるいっすよ!」
「それをどうにかするのがおまえらの仕事だろ?」
にやりと、セツナはいった。迫り来る光刃を黒き矛で切り裂けば、瞬時に伸びて再生するのがソードケインだが、構わず切り刻みながらエスクに接近する。が、近づき切る前に足を止めなければならなかった。先程から三方から接近中の気配が、いまや目前に迫っていたからだ。
「お・ま・た・せ!」
いうが早いか斬りかかってきたのはアニャンであり、彼女に合わせてクユン、トランも飛びかかってきていた。
「ひゃっはー!」
などと、エスクも、三人に合わせて殺到してきており、セツナは、四方向からの同時飛びかかり攻撃への対応が求められた。
当然、セツナは、完璧に対応する。して見せる。エスクに向かって黒き矛を突きつけるのと同時に、左腕をアニャンへ翳して“闇撫”を発動、尾でもってトランの斬撃を受け止めつつ、クユンの進路上に闇人形を具現する。
マスクオブディスペアの能力によって具現したセツナの分身は、クユンを一瞬たじろがせ、その隙を見逃さずに突っ込んでいく。クユンが辛くも闇人形を打ち払ったときには、状況は一変している。
エスクは“破壊光線”を嫌って大きく飛び離れ、アニャンが“闇撫”に拘束され、トランもまた、退いているのだ。
クユンが形勢の悪さを認め、セツナへの接近を諦めたかに見えたその瞬間だった。
セツナの足下の地面が割れ、視界が白く染まった。




