第三千百二十九話 合同訓練(八)
「……そう、だったな」
セツナは、静かにうなずいた。確かに彼女のいうとおりなのだろう。
彼女たちは、地獄を見てきたのだ。セツナが地獄のような異世界でのうのうと修行している間、本当の地獄を目の当たりにし、地獄の中で生き抜いてきたのだ。“大破壊”は、世界から平穏を奪った。奪い尽くし、壊し尽くした。それでもなんとか生きてこられたのは、様々な偶然と奇跡が重なったからだ。
失われた命は多く、死んだものは数え切れない。
地獄のような世界を生き抜いてきたものにそのような覚悟を問うのは、そもそもが間違っていたのではないか。
前言撤回とともに、セツナは、後方から飛びかかってきた五名の騎士を尾の一撃で吹き飛ばし、四方からの同時攻撃を難なく耐え凌いで見せた。驚嘆の声を上げる騎士たちを尻目に、エリルアルムに飛びかかれば、彼女は当然のように反応した。
矛と槍がぶつかり合い、反動が腕を伝う中、エリルアルムが微笑んできた。
「こんな日が来ることをどれだけ待ち望んでいたか」
「ほう、おぬしはそういうのが好みなのか。シーラと同じじゃな」
「まあ、似たようなものでしょう」
突如飛び込んできたラグナの発言に対し、エリルアルムは涼しい顔でいう。
「わたしも戦いの中で生きてきましたから」
「戦いの中にこそ安らぎを見出す……か」
「そうはいっても、戦いだけがすべてではありませんよ?」
「わかってるさ」
「本当ですか?」
エリルアルムが微苦笑をもらしたのは、信用してもらえていないということなのか、どういうことなのか。そして頭上から飛び込んでくるのは、ラグナの言葉だ。
「本当にわかっておるのかのう」
「ラグナおまえうるさい」
「うるさいとは何事じゃ! こうやって黙って見守ってやっておるというのに!」
「見守らなくていいんだよ! 本気でかかってこいっての!」
「いわせておけばいい気になりおって!」
怒り心頭といった様子で声を荒げたラグナに対応するため、セツナはまず、エリルアルムの対処をしなければならなかった。戦竜呼法を身につけた上、神々の加護と召喚武装の支援を受けたことで、セツナの攻撃にも対応して見せたエリルアルムを封殺するのは、決して難しいことではなかった。
“闇撫”を使えばいい。
矛と槍をぶつけ合っている最中、セツナは、籠手から闇の手を具現させると、エリルアルムの全身を包み込んで見せた。唖然とした彼女を慌てふためく騎士たちとは反対方向に投げ放てば、騎士たちは、エリルアルムを救助するべく飛び立っていく。
すると、無数の魔法攻撃が殺到してきたが、それらがセツナの防御障壁を突破することはなかった。
問題は、頭上だ。
「わしの本気を見て、恐れ戦き崇め称えるがいいわっ!」
ラグナは、竜人態から巨竜態へと変身していた。翡翠色の鱗が美しく輝く巨大竜。その大きさは、空に浮かぶ島といっても過言ではなく、碧樹の丘とは比べるべくもないくらいに圧倒的だ。小飛竜態のときのような愛らしさは微塵もなく、狂暴かつ獰猛、凶悪極まりない姿態といってよかった。
古代よりこの世界を実質的に支配してきた三界の竜王の一翼に相応しい威容だ。この世界の神ともいわれるだけのことはある。
その説明不要といってもいいほどに凄まじい質量は、ラグナがそれだけ力を内包しているということの現れであり、この大陸に広大な結界を構築してもなお力を有り余らせているラングウィン以上なのは、まず間違いなかった。
さすがにこれほどの相手ともなると、セツナも手を抜きすぎるわけにはいかない。
「我らの本気も、な」
ラグナの隣では、蒼白の鱗に覆われた巨大な飛竜がいくつもの翼を広げていた。無数の翼が空に広がるその姿は、ひたすらに鮮やかで、美しい。竜人態こそが本体であるというラムレシアの変身した姿なのだろう。彼女も竜王だけあって、それに相応しい力を持ち、変身することもたやすいということだ。
変身したということは、竜の姿のほうが力を発揮しやすいのかもしれない。
「うむ。そうさな。シーラには、そろそろ我のほうが優れた存在であるということを知らしめねばならぬと想っていたところだ」
そして、もう一体、ろくでもないことを言い放ってきたのは、九つの首と頭を持つ巨大竜だ。異世界の龍神ハサカラウもまた、ラグナ、ラムレシアに倣うようにして竜の姿を取っていた。長大な九つの首が絡まることなく伸び、こちらを睨んでいた。
三体の巨大竜との対峙は、さすがのセツナも強烈なまでの興奮を覚え、手に震えが来た。
しかも、だからといってほかの攻撃の手が休む、というわけではない。
交代制ではないのだ。
味方を巻き込まないように配慮はするが、攻撃範囲にいないのであれば遠慮なく攻撃を叩き込んでくるのが、混合軍の面々であり、セツナは、常に多種多様な攻撃を食らっていた。もちろん、常時展開中の防御障壁のおかげで傷ひとつないのだが、それにしたって鬱陶しくはある。
その鬱陶しい攻撃の嵐が止んだのは、三体の巨竜が攻撃態勢に入ったからだろう。
天地を震わす咆哮とともに突貫してきたのはラグナだ。その超巨大質量たる体躯でもって押し潰そうと突っ込んでくるラグナと、それを援護するラムレシアとハサカラウ。竜語魔法がセツナの周囲に光の紋様を生み出し、セツナを防御障壁ごとその場に固定する。そこへ猛然と突っ込んできたのがラグナであり、その狂暴かつ凶悪な姿は、さすがは竜王というほかなかった。
が、セツナが対応できない速度ではない。
矛をマスクオブディスペアの能力で生み出した影の手に握らせると、空いた両手を翳した。ロッドオブエンヴィーの能力“闇撫”を発動すると、巨大な闇の手のひらが、頭から突っ込んでくる巨大竜の頭部に触れた。激突と同時に物凄まじい衝撃が走り、闇の手のひらが粉砕される。
「はっ!」
ラグナの絶大な力を目の当たりにしたセツナは、むしろ歓喜の声を上げた。手のひらのみならず、闇の腕をも打ち砕き、肉薄してきたラグナは、その勢いのまま、セツナの防御障壁に衝突した。そして、そのまま地上へと急転直下だ。防御障壁ごと持って行かれ、碧樹の丘に叩きつけられる。全身に激痛が生じたのは、竜王の力が防御障壁を貫通したからだろう。
だが、セツナにとっては逆に好都合となった。大地に叩きつけられたことで、ラムレシアとハサカラウによる拘束が解けてしまったからだ。ただし、ラグナは、セツナを抑えつけたままであり、ラグナをどうにかしなければこの地面に埋め込まれた状況から抜け出すことはできない。
「やるじゃねえか、ラグナ!」
「ふふん、これくらい容易いぞ!」
褒められて素直に喜んだラグナが見せた一瞬の隙をついて、セツナは、飛んだ。巨大な頭部の真横を通り抜ければ、ラグナが吼える。
「卑怯な!」
「隙を見せるほうが悪いんだよ!」
「その通りだな」
「まったく、竜王ともあろうものが」
飛び立った先では、ラムレシアとハサカラウが待ち構えていた。
蒼白の竜王と九頭龍が大口を開けた。
二体同時の咆哮は、無数の竜語魔法を発動し、無数の力の奔流がセツナに襲いかかった。セツナは、即座に防御に重点を置くと、爆圧に吹き飛ばされるのを認めた。
(この展開、何度目だ!?)
吹き飛ばされた先に待ち受けていた殺気に気づき、彼は、胸中、叫ぶしかなかった。




