第三千百二十八話 合同訓練(七)
三体の竜神(といっても過言ではないだろう)は、同時にセツナを攻撃してきた。
ラグナとラムレシア、そしてハサカラウ神が同時に吼えたのだ。しかもハサカラウ神は、体中に生やした八つの竜の口にも雄叫びを上げさせたものだから、合計十二の竜語魔法が極至近距離で同時に炸裂し、セツナに殺到した。
直撃の瞬間、意識が真っ白に染まるほどの衝撃が防御障壁越しに伝わってきており、気がついたときには、セツナは遙か上空に打ち上げられていた。防御障壁は割られていないものの、どのような魔法だったのか考えている暇はなかった。
打ち上げられた先に二柱の神が待ち受けていたからだ。
希望の女神と絶望の男神。その全身がまばゆいばかりに輝いている。
「待ちかねたぞ、このときを」
「戯れ言だ、聞き流せ」
哄笑するマユラ神としかめっ面のマユリ神だが、攻撃の手を緩めるということはなかった。二神は、同時に神威を放ったかと想うと、セツナを防御障壁ごと神威の結界に閉じ込めてしまったのだ。莫大な神威の奔流が渦巻く球体の中で、防御障壁がじわりじわりと削り取られているのがわかる。
しかし、セツナは焦らない。
(やるなあ)
むしろ、敵軍の連携に感心するばかりだった。
混合軍が結成されたのは、つい先程なのだ。
全員が全員、それぞれの手の内を理解しているわけではないし、長々と作戦会議を開いている時間もなかった。ほぼ即席即興の連携攻撃で、これほどまでに戦えるのだから、並大抵のことではない。
とはいえ、この程度でやられていては、自分から全員に喧嘩を売った面目が立たない。
(そうさ、この程度ではなっ)
中心部に向かって急速に圧縮されていく神威の結界に対抗するべく、セツナは、カオスブリンガーの力を解き放った。いわゆる全力攻撃と呼称していた能力で、全周囲に向かって力を放出する技だ。
力の爆発が起き、閃光が視界を染める。セツナの防御障壁ごと、二神の結界を打ち砕き、さらに二神そのものをも吹き飛ばせば、周囲に集まりつつあった飛竜や武装召喚師たちが退避した。巻き添えを食わないようにという判断は素晴らしい。しかし、その一瞬がセツナに好機を生んだ。
瞬時にその場から飛び立ったセツナは、急速に上昇し、制空権を得た。そして、地上に向かって穂先を向け、翼を広げて見せる。エッジオブサーストの羽という羽が震え出し、共鳴が起こると、穂先に集まる力が増大する。矛の切っ先よりも手前の空間に赤黒い円環が生じた。つぎの瞬間、赤黒い力の奔流が無数の光線となって解き放たれ、流星雨の如く降り注いだ。
赤黒く禍々しい流星のひとつひとつが、セツナに迫りつつあった飛竜や皇魔、武装召喚師たちに直撃していく。回避しようにも、雨霰と降り注ぐ流星を避けきることは困難であり、範囲内にいるだれひとりとしてかわせなかった。直撃を受けたものは、ひとり残らず赤黒い光の檻に囚われ、地面に縫い付けられていく。
(なんと名付けようか)
咄嗟に編み出した能力の名について考えている余裕は、やはり、皆無だった。
殺気は、下方、先程の流星雨の爆撃範囲外から迫ってきていた。光の刃。エスクだ。
「これじゃあ届かないぜ、エスク」
セツナは、遙か上空まで瞬く間に届けられてきたソードケインの刃を軽々とかわしながら、決して届かないだろう言葉を発し、同時に頭上に生じた殺気に向かって、尾を伸ばして対応した。猛々しい激突音と反動に顔を上げれば、そこにいたのはレムだった。
「わたくしのは、届きましてございますね?」
「そりゃあそうだろ」
苦笑交じりに告げて、矛の切っ先を彼女に向ける。
レムは、擬似完全武装状態であり、彼女もまた、セツナに向かって闇の矛の切っ先を向けてきていた。闇の軽鎧を纏い、闇の籠手に闇の脚甲、闇の尾に闇の翼、そして闇の仮面と、なにからなにまでセツナそっくりの彼女の姿は、それこそ、彼女の特性であり、最大能力といっても過言ではあるまい。
マスクオブディスペアによって繋がる魂だからこそ可能な、完全武装の再現。
(しかし、ここまでとはな)
完全武装のさらなる段階である深化融合すらも再現して見せるとは、さすがのセツナも想定外のことだったし、それも完璧に近く再現して見せているものだから、油断ならなかった。
「おまえが届かねえで、だれが届くんだか」
「ふふふっ、褒めてもなにも出ませんよ」
殊更に嬉しげに笑うレムの表情は可憐そのものだったが、同時に穂先が白く燃えていることに気づかないセツナではなかった。黒き矛の“破壊光線”を完璧に再現したそれは、やはり破壊的な光の奔流となってセツナに襲いかかってくるのだが、そのときには、セツナもまた、“破壊光線”を撃ち放っている。
破壊の光と破壊の光が衝突し、凄まじい爆発が巻き起こる。天地が震撼し、反動がセツナとレムを引き離す。防御障壁に巨大な亀裂が入ったのは、そのときが初めてだった。
(さすが)
完全武装・深化融合の再現だ、と、思っている側から、別方向からの殺気に対応しなければならなかった。
爆圧に吹き飛ばされる最中のセツナに迫ってきたのは、無数の気配だった。見れば、その先頭を突き進むのはエリルアルムであり、彼女率いる銀蒼天馬騎士団が敢然と向かってきているのだ。
(それでこそさ)
この先待ち受けるのは、絶望的な戦いなのだ。
セツナとの訓練程度で怯んでいるようなものには、最初から用はない。
だからこそ、この激しすぎる訓練が必要だったのだ。
セツナの挑戦、調整のためだけではない。全軍に覚悟を問うものでもあった。
特にただの人間や皇魔には、その必要性を感じずにはいられなかったのだ。
もちろん、彼らがとてつもない覚悟と決意でもって合同訓練に参加していることは、わかっている。疑っているわけでもない。
それでも、問わずにはいられないのだ。
決戦に赴くのだ。
負傷するのは当然だし、命を落とす可能性だってある。いやむしろ、その可能性のほうが高い。極めて、高い。どれだけ万全を期しても、無傷で、一切の犠牲もなく打ち勝てる相手ではないのだ。
これまで戦ってきたどんな敵よりも圧倒的に強く、絶対的に凶悪なのだ。
神々の王とは、獅子神皇とは、そういう存在だ。
聖皇の力、その器なのだから。
だから、彼は、問わずにはいられない。
「生き抜く覚悟はあるか?」
と。
すると、
「生き抜く覚悟、ですか」
エリルアルムが苦笑しながら、騎士たちに散開を命じた。彼女が指揮棒のようにソウルオブバードを振り翳せば、その流麗な動きに合わせて騎士たちが飛び回る。セツナの周囲四方に散開した騎士たちは、それぞれ異なる召喚武装を手にしているようだった。
「死ぬ覚悟ではなく?」
「死ぬことに覚悟なんていらないんだ。死ぬときはあっさり死ぬからな」
どれだけ覚悟していようと、覚悟していまいと、死ぬものは死ぬ。どれだけ強かろうと、どれだけ弱かろうと、関係がない。死は平等であり、絶対的であり、基本的に覆ることはない。だから、死ぬ覚悟をするというのは、無意味だ、と、いまは想う。
死に物狂いで戦い続け、生き抜いてきたいまだからこそ、実感として、理解する。
そんなことに意味はない。
「これから先必要なのは、どんな地獄だって生き抜くための覚悟なのさ」
「地獄なら、散々見てきましたよ」
冷ややかに、しかし、どこか優しげなまなざしは、エリルアルムの持つ包容力の為せるものなのかもしれない。




