第三千百二十五話 合同訓練(四)
「さて」
セツナが口を開いたのは、休憩が終わり、合同訓練が再会の動きを見せ始めたときだった。
合同訓練は、二つの軍勢に分かれ、激突する形で行われていたのだが、訓練再開に際し、両軍の首脳陣が集まり、なにやら話し込んでいるところにセツナも居合わせていた。
ふたつの軍勢とは、トラン=カルギリウスを主将とする“竜の庭”軍と、グロリア=オウレリアを主将とするリョハン軍だ。
“竜の庭”軍は、竜騎士を主力とし、多数の飛竜、地竜、そして皇魔たちを戦力とする。
対するリョハン軍は、リョハンの武装召喚師を主力とし、シーラたちが加わっている。龍神ハサカラウも、竜王ラムレシアこちらだ。
兵力だけをみれば“竜の庭”軍が圧倒的だが、総合的に見れば、戦力差はないといっていいだろう。リョハン軍には、龍神と竜王が参戦しているのだ。ハサカラウ神とラムレシアが全身全霊の力を発揮すれば、それだけで兵力差を覆すことも難しくはあるまい。
「ひとつ、提案があるんだが」
セツナは、両軍の首脳陣を見回しながら、いった。
リョハン軍の首脳陣とは、グロリア=オウレリアを筆頭とし、アスラ=ビューネル、カート=タリスマ、シーラ、エスクに、ハサカラウ神とラムレシアを加えた面々だ。ちなみに、ハサカラウ神は人間態であり、その雄々しい姿は、普段の小竜態とは大きく異なる印象を受けた。
“竜の庭”軍の首脳陣は、トラン=カルギリウスにアニャン=リヨン、クユン=ベセリアスを始めとする竜騎士たちであり、その守護竜たちだ。
両軍の首脳陣が集まってなんの話をしていたのかといえば、午後の訓練をどのようなものにするかについての話し合いであり、午前以上に激しいものにするべきではないか、という流れになっていた。
そんなところにセツナが首を突っ込んだものだから、その場にいた全員がセツナに視線を向けた。
「提案ですか?」
「そう、提案」
「またよからぬことを企んでるんじゃないでしょうな」
「またってなんだよまたって。いつ俺がよからぬことを企んだんだ」
「言葉の綾って奴でさあ」
「どこだが」
「それで、そのよからぬことを企んだことのない主殿の提案とは?」
「棘のある言い方だな」
シーラに目を向ければ、彼女はどこか楽しそうに笑った。久々のやり取りが彼女には嬉しいのだろう。それが、セツナには嬉しい。
「提案ってのはほかでもない」
セツナは、一同を見回して、告げた。
「全軍で俺と戦ってみないか?」
セツナとしてみれば、会心の提案だったのだが、両軍首脳陣の反応はいまいちだった。というより、なにをいっているのかがわからない、とでもいいたげな様子であり、戸惑いと疑問が沸き上がっていた。
「は?」
「いま、なんて?」
「どういうことです?」
「全軍で、といわれましたか?」
「たったおひとりで、この全軍と戦う、と?」
「訓練とはいえ、いくらなんでもそれは……」
「どうかと思うだろうが、俺は本気なんだ」
各々の反応を見て、セツナはいった。
「やっぱりよからぬことじゃないですか」
「そうか? 俺はよきことだと思うけどな」
エスクのどこかあきれたような、それでいて面白そうな反応を受けて、セツナは、真っ正直に言い切った。
セツナにはセツナの考えがあり、考えに考え抜いた末に出した結論がいまの提案なのだ。
決戦を控えているいま、セツナは、自分自身をできる限り鍛え上げたいと考えていた。戦力の拡充を図るのも大事だが、セツナ自身がより強くなるのも重要なことだ。どう足掻いたところで黒き矛を持つセツナが主戦力であり、勝利の鍵であることは明らかなのだ。こればかりは揺るぎようのない事実であり、セツナは、負けることが許されない。
セツナは、なんとしてでも勝ち続け、勝利を掴み取らなければならないのだ。
そのための鍛錬として、この合同訓練ほど利用価値のあるものはなかった。
ネア・ガンディアの総戦力は、この碧樹の丘に集まった戦力の比ではないのだ。これで音を上げるようでは、勝利を掴み取ることもままならない。
無論、彼らを下に見ているわけでもなんでもない。
彼らの実力を理解しているからこそだ。だからこそ、彼ら全員を相手に戦って見るべきなのだ。そこで打ちのめされるようであれば、ネア・ガンディアに打ち勝つのは不可能に近い。
ネア・ガンディアの軍勢を相手にひとりで戦うわけではないにせよ、それくらいの覚悟は必要だろう。
「そういうことならば、わかりましたが……手加減はしませんぞ」
トラン=カルギリウスが渋い顔でセツナの提案を受け入れれば、ほかの面々も同調を示した。シーラたち、グロリアたちもだ。
「それならば、わしも参加するとしようかのう」
「ああ、そうだな、それがいい。ウルク、イル、エルも、敵に回ってくれ」
「セツナがそう命令するのであれば、致し方在りません」
乗り気なラグナに対し、ウルクは渋々といった様子だった。イルとエルは、俄然やる気を出しているように見えるが。
「では、わたしもおまえを試すとしよう」
「ふふ、これは楽しみだ」
「え……?」
頭上を仰げば、船にいたはずのマユリ神のみならず、マユラ神までもが姿を見せていた。神々しく輝く二柱の神の姿を目の当たりにすれば、多少の気後れを感じずにはいられない。これで、神と同等の力を持つ相手は、、五体に増えたのだ。イルス・ヴァレの古の神たる竜王たちにハサカラウ神、そして、マユラ神とマユリ神だ。合同訓練軍の戦力は大幅に増強したといっていい。
とはいえ、言い出したのはセツナ自身だ。いまさら引けるわけもない。
「取り下げるならいまのうちですよ、大将」
「そうだぜ、大怪我しないうちにさ」
「大怪我しても、すぐに治してくれるだろ?」
「まあ、そうだな」
「うむ、わしがだれよりも早く癒やしてやるぞ」
ラグナは、セツナの頭の上から飛び離れると、人間態に変身して見せた。見目麗しい翡翠色の髪の美女の出現に息を呑んだのは、エスクだけではない。レムやシーラ、エリルアルムたちも見慣れぬラグナの人間態を目の当たりにして、幾ばくかの衝撃を受けたようだった。
もちろん、裸ではない。さすがのラグナも場所を弁えることを覚えたようだった。翡翠色の龍鱗を思わせる装束を身につけたその姿は、控えめにいって美しい。
そんなラグナに見取れている場合ではなく、セツナは、側の銀獅子に目を向けた。抱えたままだったレオナ姫を彼の背中に預ける。
「レイオーン、レオナ様を頼む」
「うむ」
「セツナよ」
「はい」
セツナは、レオナの前に跪いた。レオナは主筋であり、セツナはガンディア王家の家臣なのだ。ガンディアという国が亡びたといっても過言ではないいまでも、その事実に変わりはない。この戦いが終わった暁には、ガンディア再興のために尽力するつもりでもいるのだ。
「英雄の戦いぶり、期待しておるぞ」
「はっ」
セツナが負ける可能性すらも微塵にも感じていないようなレオナの発言は、セツナを奮い立たせるには十分過ぎる力を持っていた。
(英雄……英雄か)
レオナにとって、セツナとは、物語の中の英雄そのものといっても過言ではないのだろう。その絶対的な信頼を裏切るような真似はできない。
裏切るつもりもない。
セツナは、立ち上がると、一同を見回した。
「というわけで、手加減抜きでよろしく頼む」
セツナの一言に全員がうなずいた。




