第三千百二十二話 合同訓練(一)
アガタラのウィレドたちがリョハンにて武装召喚術を学び、早々に体得したことは、セツナたちにとって予期せぬ重大事であるとともに、戦力の拡充という願ってもいない出来事でもあった。
皇魔の中でも頭抜けた知性を持つウィレドが武装召喚師となって力を貸してくれるというのだ。
これほど頼もしく、心強いことはない、と、セツナは前言を撤回したものだった。
ウィレド自体、人間とは比較にならない運動能力を持ち、強固な肉体を持つ。さらに魔法を駆使することができるのだから、通常ならば十分過ぎるほどの戦力といっていい。ただ、ネア・ガンディア軍との戦いとなれば、ウィレドというだけでは力不足かもしれないと考えてしまうの無理からぬことだったのだ。
それが、武装召喚術を学び、体得したということで解消された。
武装召喚術を使うよりも魔法を使うほうが強いのではないか、と、考えてしまうのが普通だし、実際、そういう部分もあるのは否めない。
召喚武装を呼び出していない武装召喚師と、素のままのウィレドが戦った場合、即座に魔法を発動できるウィレドに軍配が上がるだろう。
さらにいえば、熟練のウィレドは、召喚武装を呼び出した武装召喚師を相手にしても、引けを取らない戦いぶりを見せるものだ。
そんなウィレドが召喚武装を呼び出すことに利点があるのか、といえば、十二分にある、と断言できる。
召喚武装は、装備するだけで使用者の身体能力を高め、あらゆる感覚を強化するという副作用があるからだ。元々、人間以上に発達した感覚器官を持つウィレドのことだ。人間の武装召喚師以上に強力な戦力となってくれること間違いない。
そんなウィレドたちは現在、“竜の庭”での合同訓練に参加しており、リョハンにはいないということだった。
「合同訓練?」
「シーラちゃんにエスクちゃん、それにエリルちゃんが“剣聖”様の特訓を終えたそうなの。それで、全員で訓練を行うようになって。レムちゃんもいまはそっちにかかり切りでね」
「なるほど」
と、セツナが推察し、納得したのは、エリナがレオナの世話係を任されるようになった経緯だ。十中八九、レムが合同訓練に駆り出され、レオナの側についていられなくなったことが原因なのだろう。レムの能力は、多人数を相手取って訓練するにはちょうどいい。レムならば、相手に合わせて手加減することも、力を入れることもできるだろう。
合同訓練は、“竜の庭”南西端に近い碧樹の丘で行われていた。
当初東ヴァシュタリア大陸北部の小さな領域でしかなかった“竜の庭”は、現在、大陸の北半分を覆うほどにまで広がっており、いまもなお、その勢力を拡大し続けている。それは、銀衣の霊帝ラングウィン=シルフェ・ドラースの慈悲の心の現れであり、ラングウィンがこの大陸に住むものたちを残らず護ろうという意思の表明でもあった。
“竜の庭”とは、ラングウィンの膨大な力によって守護された領域のことなのだ。
そのいまもなお広がり続ける結界の南西端に程近く横たわる丘は、上空から見下ろすと碧い大樹のように見えなくもなかった。故に碧樹の丘と名付けられたとのことであり、命名したのは、ラングウィンの眷属の飛竜だという。
戯れにつけた名が、数百年に渡ってこの大陸に住むひとびとの間に浸透し、暦とした地名として知られているのだ。
そんな長い歴史を感じさせる話はともかくとして、碧い葉の草で覆われた丘の上では、様々な種族が入り乱れるようにして激戦を繰り広げていた。
人間、皇魔、竜。
その光景だけを見れば、それぞれの生存権を賭け、相争っているようにしか思えないのだが、彼らが本気で殺し合っているわけではないことは、よく見れば把握できるだろう。
だれもが武器を持ち、防具を身につけているし、いずれも実戦用のものばかりだ。召喚武装を手にしているものも少なくなかったし、竜属など、全身が凶器のようなものだ。それでぶつかり合えば、たとえ訓練という前提があったとしても大怪我に繋がるのは目に見えている。
しかし、問題はないようだった。
だれかが不意に怪我をしても、どこからともなく治癒魔法が飛び、瞬く間に治してしまうからだ。
それにより、人間も皇魔も竜たちも、思う存分全力で戦うことができている。
無論、負傷には痛みが伴うものであり、望んで傷つきたがるものはいない。
戦闘による負傷と魔法による治癒を繰り返しながら戦い続けることにより、恐怖心を消し去り、戦闘技術を向上させるというのが、この合同訓練の目的だという。
「こういうとき、魔法の使い手がいるっていうのは有り難いだろうな」
セツナたちは、魔晶船の機関室にて、映写光幕によって碧樹の丘の様子を窺っていた。
魔晶船は、碧樹の丘の遙か上空を飛んでおり、合同訓練中のだれひとりとして気づいている気配はない。
「おぬしも、何度となく魔法に救われておるじゃろ」
「だから、そういったんだよ」
セツナは、頭の上でふんぞり返りっぱなしの小飛竜に向かってぼやいた。すると、
「そうなのか? セツナ」
大きな目を丸くしたのは、レオナだった。王女は、セツナが抱え上げている。
合同訓練の様子を見に行くという話になると、レオナも一緒に見に行きたい言い出したのだ。これがリョハンや“竜の庭”を離れるということになれば、セツナも猛反対したのだが、合同訓練は霊帝の結界の中で行われている。それならば、レオナが同行しても問題はないし、ただ見学するだけならば、常にセツナが側にいればよかった。
ちなみに、レオナの守護者たる銀獅子レイオーンも一緒であり、レイオーンはセツナの足下で丸くなっていた。合同訓練など興味はない、とでもいいたげな態度だった。
セツナは、レオナのまっすぐすぎる視線に気圧されながら、うなずいた。
「え、ええ、まあ。俺だって、負傷しますし、危うく死にそうになったことだって――」
「ふふん、冗談ばかりだな」
「冗談?」
「英雄セツナが然様な目に遭うはずがなかろう」
「え? いや、レオナ様……?」
「謙遜せずともよいのだぞ、セツナ」
「は……ははは……はあ……」
セツナは、レオナの自分への信頼が一切揺らぐ様子がなく、絶対的なものでさえあるのを感じ取って、なにもいえなくなったのだった。レオナのそういった反応を見るたびに、ナージュやグレイシア、リノンクレアら周囲の人間が、彼女をどのように教育したのか、と頭を抱えたくなるし、いまやレオナの頭の中では、セツナはどういった存在になっているのか、気になって仕方がなかった。
完全無欠の究極超人にでもなっているのではないだろうか。
(だとすれば、いくらなんでも誇張しすぎですよ……)
だれとはなしに文句のひとつでもいいたくなって、セツナは、小さく肩を落とした。
ウルクが小首を傾げ、ラグナが大笑いする中、船が、ゆっくりと地上へ降下していく。
すると、碧樹の丘で巻き起こっていた大混戦がぴたりと静まり返った。飛竜たちが一斉に飛び立てば、飛行能力を有する皇魔たちも丘の上空を目指す。武装召喚師たちもだ。それだけではない。遠距離攻撃を得意とするものたちもまた、魔晶船への迎撃態勢を取った。
魔晶船を、突如現れた敵と見做したのだ。
「いわぬことではないな」
それ見たことか、とでもいわんばかりに、マユリ神がつぶやいた。
そのとき、巨大化した映写光幕の大画面に映し出されたのは、咆哮する無数の飛竜、その猛々しく凶悪な姿だった。




