第三千百六話 再会の街(一)
ミヴューラ神率いる騎士団との協力関係が締結されたことは、セツナたちにとって大きな成果となった。これにより、セツナたちの戦力は大幅に増強したといっていいのだ。
しかも、ただミヴューラ神が協力を約束してくれただけではないのだ。
盟約と継承の丘で行われたミヴューラ神の試練は、神卓騎士たちの力を大きく引き上げるものとなった。
現在の騎士団長オズフェルト・ザン=ウォードは、先代騎士団長フェイルリング・ザン=クリュースの真躯ワールドガーディアンの力を受け継いだように、ルヴェリス、シド、ベイン、ロウファの四人も、それぞれに真躯の力を受け継いだのだ。
ミヴューラ神が、神卓騎士の増員ではなく、神卓騎士個々の力を底上げすることに拘ったのは、神卓に触れ、ミヴューラ神と交感した十三名だけが、彼にとって特別な存在だったからだろう、と、マユリ神は推測していたが、本当のところはわからない。
なんにせよ、ミヴューラ神の試練は、神卓騎士たちの力を高めるためのものであったことが判明したときには、セツナは心底ほっとしたものだったし、全員が無事に試練を乗り越えることができた事実にも安堵したものだった。
それから、ベノアの騎士団本部に移り、会見を行ったのがしばらく前のことだ。
会見が終わる頃には、日は暮れ、空に星が瞬き始めていた。
セツナたちは、ルヴェリスの屋敷で一晩を過ごすこととなり、そのために騎士団を出て、馬車に乗り込んだところだった。馬車は、速やかにフィンライト邸に向かって走り出している。
「ベノアに急いだのは大正解だったな」
セツナは、ミヴューラ神や騎士団幹部との会見を思い返しながら、いった。
「そうかのう。急ぐ必要もなかったように思うが」
「確かにな」
「マユリ様まで」
「我らがいようがいまいが、結果に変わりはなかった。違うか?」
「そりゃあそうですが」
とはいえ、だ。
「こうして協力関係を結ぶことができたんですから、意味は在りましたよ」
「後で来ても同じことだ」
「う……」
そういわれてしまえば、返す言葉もない。
確かにラグナやマユリ神のいうとおりではあった。盟約と継承の丘に辿り着いたセツナたちだったが、ミヴューラ神の試練を受けるオズフェルトたちに対し、なにをしてやることもできなかったのだ。なにをしても、試練の邪魔になるだけだ。オズフェルトたちの援護など、していいはずもない。それは、神の試練を侮辱し、穢す行いにほかならない。
だからこそ、騎士たちのだれもがセツナの干渉を望まなかったのであり、最後まで黙って見届けたことにこそ、感謝をしたのだ。
セツナは、真躯と真躯の激突を見ていることしかできない事実に胸が詰まる想いだったが、結果的に、それでよかったのだから、なにもいうことはない。というより、手を出して、試練を台無しにしていれば、それこそ自己嫌悪に陥っていたことだろう。
そして、ミヴューラ神との会見については、いつでも出来ただろう、というマユリ神の考えにも同意しかなかった。
話によれば、ミヴューラ神がフェイルリングを演じていたのは、友にして半身ともいうべきフェイルリングを失ったことが原因であるらしかった。が、だからといって、その行動理念に変化が生まれるはずもない。フェイルリングもミヴューラ神も、救済にすべてを賭していた。
そんなミヴューラ神は、エベルとの戦いにおいてセツナたちの救援に駆けつけてくれており、全霊を賭して戦ってくれたことは記憶に新しい。
ミヴューラ神がいまもなお、セツナを魔王の杖の護持者として、斃すべき敵として認識しているならば、むしろ、エベルにこそ協力したのではないだろうか。
エベルと敵対し、セツナに味方した時点で、ミヴューラ神との交渉が上手く行く可能性は高かった。いや、元より、この世界を救うことに心血を注いでいるミヴューラ神が、打倒獅子神皇を掲げるセツナたちに協力しないわけはなかったのだ。
つまり、ミヴューラ神との交渉は、後回しでも良かった、という考えも間違いではない。
「しかし、ネア・ガンディアや獅子神皇がいつ動き出すかわからないのであれば、打てる手は打っておく必要があるのではないでしょうか」
「そうだな。それも正しい。ただ、もう少し状況を見てからでも良かったのではないか、とわたしはいっているのだよ」
「状況、ですか?」
「数日待てば、船に多少なりとも魔晶兵器を積み込めたはずだからな」
「なるほど。では、セツナが急ぎすぎたのですね」
「その通りだ、ウルク。良い子だ」
マユリ神は、素直な感想を述べるウルクに対し、極上の笑みを浮かべた。ラグナが頭上から笑いかけてくる。
「だ、そうじゃ」
「そうだよ、俺が焦りすぎたんだよ。悪かったな」
セツナはふて腐れながら、言い返した。
しかし、フェイルリングの正体がミヴューラ神だったということが判明したときのセツナの心境を考えれば当然のことではないか、と、彼は自分を擁護したくなる。ラグナとマユリ神は、フェイルリングの正体に気づいていたというのだが、だったら最初から教えてくれればいいものを、どちらもなにもいわなかった。
それは、セツナが気づいているに違いない、という思い込みからのようだが、なぜ、そのように思い込んだのかはわからない。
買いかぶりすぎなのだ、と、彼は思う。
自分は所詮ただの人間に過ぎないというのに、なんでもかんでもできるわけもなければ、気づくはずもない。オズフェルトたちが、フェイルリングたちは死亡したという確信を持っていたことは知っているし、彼らを疑うことはありえないのだが、だからといって、目の前に当然のように実在する人物たちの正体を悟れ、というのは無理難題ではないか。
無論、正体を知って驚き、すぐさま魔晶城を飛び立とうというのも、おかしな話ではあるのだろうが。
「セツナ、なにを怒っているのですか?」
「怒ってねえよ」
「そうじゃ、ふて腐れておるだけじゃ」
「うるせー」
馬車の窓から覗くベノアの町並みを眺めながら、セツナは、ぼやくほかなかった。
フィンライト邸に到着すると、シャノアが多数の使用人とともにセツナたちを出迎えてくれた。
すっかり本来の自分を取り戻したシャノアは、星明かりを受けて凜と輝く花のように美しかった。
「よくぞ御無事で……」
セツナを前にしたシャノアは、感極まったように目に涙を溜めた。そこまで感激してくれると、こちらのほうが感動してしまう。
なぜそれほどに感激するのかは、大陸の内陸部に生まれ育った人間だからだろう。“大破壊”によってワーグラーン大陸は千々に引き裂かれ、大小無数の陸地が大海原によって隔絶されてしまった。内陸部に住んでいたひとびとにとって、海とは、話に伝え聞くだけの、あるいは書物の中にしか存在しないものであり、一生縁のないものだったのだ。
川や湖を渡るための船はあっても、大海を渡る船や技術はなく、遙か大海原に向かって旅立ったセツナとは生きて再び逢えるかどうかさえわからなかった。
だから、こうして生きて再会できたことに喜びもひとしおなのだ。そして。
「うむ。おぬしこそな」
「え……ああっ、その声は……!?」
シャノアは、セツナの頭の上から飛び立った小飛竜の姿を目の当たりにするなり、歓喜の声を上げた。
ベノア幽閉中、セツナとラグナは、フィンライト邸にて世話になったが、そのとき、シャノアは人間態のラグナを散々に世話し、人間の女性らしい挙措を教え込んだという経緯がある。その中でふたりは仲良くなっていったことは、セツナもよく覚えていた。
騎士団に対してあまりいい記憶のないラグナだが、シャノアに関してだけは、いまもなお良く想っていたのだろう。
小飛竜は、シャノアの両手に包まれると、嬉しそうに目を細めた。




