第三千百五話 ベノアガルドの救世神(三)
セツナたちとの会見は、濃密なものとなった。
オズフェルトたちは、それまで知ることのできなかったイルス・ヴァレの現状を知り、絶望的な現実を叩きつけられ、思い知らされたといっていい。
世界は滅亡に瀕していて、それもいつ滅びるかわかったものではない、という。
獅子神皇がその気になれば、明日にも世界は滅ぶかもしれないし、そうでなくとも、この世界に明るい未来はない。
たとえ、獅子神皇が手を下すことなくこの世界がこのまま存続したとしても、世界中に満ちた神威によって蝕まれることは避けられないのだ。白化と結晶化によって、生命という生命が造り替えられ、変わり果て、滅び去る。
その場合、世界を滅亡の窮地から救うためには、どうにかしてこの世に満ちた神威を消し去るか、無害化する必要があるのだが、それがまた困難を極めることだった。
神威とは、神々の力だ。神の気と言い換えてもいい。ミヴューラ神もマユリ神も常に発しているものだが、二神の場合、周囲の生物・無生物への影響はほとんどない。というのも、ミヴューラ神もマユリ神も、そのように配慮しているからだ。
つまり、この世界から神威を消し去るには、この世界に存在する神々が二神のように配慮してくれればいいだけのことなのだが、それが難しい。なにせ、神威は、呼吸のように発生するからであり、異世界の神々にとって、イルス・ヴァレの人間たちに配慮する必要がないからだ。自分たちの本来在るべき世界であれば、話は別だ。自分を信仰するひとびとを神威で毒することなど、ありえないという。
だが、異世界ならば、そんな気を遣う必要がない。
故に神々は神威を自由気儘に発し、世界にとっての猛毒を振りまいているのだ。
そんな神々を説得するのは簡単なことではなく、ましてや、ほとんどの神々がネア・ガンディアに属し、獅子神皇に従っている以上、交渉の余地さえない。
では、どうすればいいのか。
「神々を交渉の場に引きずり出せばいい」
と、セツナは、いった。
神々をその支配者から解放することによってこちらの力を見せつけ、強制的にでも交渉の席に着かせるというのだ。そして、力を背景に交渉を行う。獅子神皇に付き従っている神々だ。獅子神皇を討ち斃すことさえできれば、交渉を有利に進めることもできるのではないか。
「要するに、獅子神皇さえ斃すことができりゃあいいんだろ」
長話に飽きたのか、ベインが強引に話を纏めようとすると、ロウファが肩を竦めた。
「ちゃんと話を聞いていたのか? 名誉騎士殿が戦力を必要とするほどの相手なんだぞ」
「だから、俺様たちが協力するんじゃねえか」
「ふむ……やはり、消耗しすぎて頭が働いていないらしい」
「なにがだ!」
「セツナ殿は、それでも困難だといっているんだ!」
「ふたりとも、少しは落ち着いてくれ」
「しかし……!」
「でもよぉ!」
自分を挟んで口論を始めたベインとロウファのふたりに対し、シドが困り果てたような顔をした。いつものことではあるのだが。
「まったく……卿らは変わらぬな」
「本当に……」
困ったものだ、と、オズフェルトは想ったものの、ミヴューラ神がそんなふたりのやり取りを見て、微笑んでいる様子にはなんともいえない柔らかさを感じた。ミヴューラ神にとっては、それだけ懐かしい光景だったのだろう。
神卓の間であっても、ベインとロウファが口論するのは、よくあることだった。意見の食い違いが討論に発展するというのは、それだけ真剣に取り組んでいるということでもある。もっとも、ふたりの場合は、性格が合わないということのほうが大きいようだが。
「実際問題、ラナコート卿のいうとおりです。獅子神皇を討てばいい。それで、この世界がいま直面している問題のいくつかは解決するでしょう」
セツナがいうと、ベインは、それ見たことか、といわんばかりにロウファを見遣った。ロウファが内心の憤慨を隠すように顔を背ける。
「ですが、それは現状の戦力でも不可能でしょう」
セツナが、強くいった。
今度は、ロウファがベインに対して勝ち誇る。ベインが口惜しげに顔をしかめると、そのふたりに挟まれたシドが口を開いた。
「現状の戦力、というのは……どれほどのものなのでしょう?」
「具体的な数字、というのは計算していませんが……」
そう前置きした上で、セツナは、シドの質問に答えた。
それによって明らかとなったセツナ一行の現有戦力は、もはや一行とはいえない規模だった。
まず、中心戦力として、セツナ率いる一団がある。それは、かつてガンディア王立親衛隊《獅子の尾》の名残を感じさせる人員であり、セツナ、ルウファ=バルガザール、ファリア=アスラリア、ミリュウ=リヴァイアといった名前の数々は、騎士団が把握していたガンディアの主要戦力に重なった。
緑衣の女皇ラグナシア=エルム・ドラースだけでなく、蒼白衣の狂女王ラムレシア=ユーファ・ドラース、銀衣の霊帝ラングウィン=シルフェ・ドラースと、三界の竜王が揃い踏みだという話には、驚愕するほかなかった。ラグナシア以外の竜王たちは、それぞれ多数の眷属を従え、セツナと協力関係を結んでいるという。
それに加え、空中都市リョハン、神聖ディール王国がセツナたちに戦力の提供を行っており、ベノアガルドの騎士団もまた、その戦列に加わる予定だ。
騎士団がセツナたちに協力することに関して、オズフェルトたちは、一切の議論を持たなかった。ミヴューラ神の意向だから、とか、そういったことはまったく関係がない。
世界の危機ならば、救済を理念とする騎士団が動かないわけにはいかないのだ。
いまのいままで、国内、島内のことに集中してきたのは、それ以外に道がなかったからだ。大海原によって隔絶されたがために、世界情勢を知る術を持てなかったからこそ、騎士団は国内の安定に注力し、近隣諸国の要請に応じていた。
それもいまや昔となった。
なってしまった。
現実問題として、世界が窮地に立たされていると知れば、動かずにはいられないのだ。
「セツナ軍、とでも改名したら?」
「残念じゃが、マユリ神軍という立派すぎて目が眩みそうな名前があるのじゃ」
ルヴェリスの提案を受けて、セツナの頭の上の小飛竜が大袈裟なまでのため息を浮かべた。
「なんなの? それ」
「こやつを旗印じゃか旗頭にせねばならぬ事情があったのじゃ」
「へえ」
マユリ神を一瞥する小飛竜に対し、ルヴェリスはなんともいえない表情を浮かべた。
ルヴェリスとラグナシアが妙に気安いのは、セツナとラグナシアがベノアに滞在している間の面倒を彼が見ていたからに違いない。
最初のときも、二度目のときも、そうだった。
「なにが不満なのだ?」
「なにもかもじゃ」
「ならば、ラグナシア軍とでもすればよかったのだ」
「おぬしを選んだのは、ミドガルドではないか」
「そうです、先輩。ミドガルドが選んだのです」
「……む、むう」
ウルクの発言内容には抗しがたいものがあったのか、ラグナシアは、低く唸って黙り込んでしまった。
セツナが軽く肩を竦める。
「こいつのいうことは話半分に聞いてください」
「なんじゃと!」
「そういうことだよ」
「なにっ!」
ラグナシアは、セツナの頭の上で騒ぎ立てたが、彼は、疲れ果てたように嘆息すると、小飛竜を両手で掴み取り、手のひらで包み込むことで事なきを得たようだった。
ともかく、会見は、そんな風にして進んでいった。
具体的に決まったことといえば、騎士団がセツナたちに協力することであり、ミヴューラ神みずからがその戦いに参加するということだった。
ネア・ガンディアとの決戦に、だ。




