第三千百二話 受け継ぐもの(三)
フェイルリング・ザン=クリュース。
ベノアガルド騎士団における先代騎士団長である彼は、ベノアガルドの腐敗を一掃した革命の旗手であり首謀者として、知られる。
この丘において、同志たちと魂の盟約を結び、革命を果たすことだけがベノアガルドを滅亡の運命から救う道であると断じ、行動に移した。
革命には、血を伴う。
なにせ、当時のベノアガルドは、国を安んじ、民を導くべき為政者たちが腐りきっていただけでなく、軍や騎士団までもが腐敗と汚職に塗れていた。このままでは近い将来近隣諸国に攻め滅ぼされるだろう、と、フェイルリングが危機感を持つのは当然だったし、若い騎士の多くは、フェイルリングの鳴らす警鐘に耳を傾けた。
だが、騎士団の実権を握る騎士団長や幹部たち、あるいは王侯貴族は、フェイルリングの警鐘を黙殺し、自分たちにとって都合の良い情報にばかり目を通し、耳を傾けていた。民が貧困に喘ぎ、国が財政難に苦しんでいても、国の中心にいるものたちには、まったく見えず、聞こえなかったのだ。
根幹が腐りきっていた。
だれかが行動を起こさなければならない。
革命を。
たとえ極悪人として後世に語り継がれようとも、血が流れても。
血みどろの革命は、そうして起こされ、成った。
革命によって多くの騎士、軍人が倒れ、ベノアガルド王家そのものが滅ぼされた。
フェイルリングは、みずからの手を血に汚しながら、それが民のため、国のためならば、と、大いに喜び、また、嘆き悲しんだ。
だれだって、昨日まで同僚だった人間を手にかけたくはないし、話し合いで解決できるのであれば、それに越したことはない。
武力を用いるのは、最終手段なのだ。
最終手段に頼るしかなかった結末ほど、フェイルリングの心を苦しめたものはないだろう。
オズフェルトは、革命前後の彼の心中を想うたび、途方もない苦痛に苛まれたものだ。
オズフェルトは、フェイルリング本人ではない。だが、フェイルリングとは、長い時間をともに過ごしていたし、ほかの幹部とすら一対一で話し合うことのできないフェイルリングには、オズフェルトだけが話し相手だったのだから、とにかく話し合うことが多かった。
そうするうちに、オズフェルトは、フェイルリングがどういう人間なのか、それまで以上によく知ることができたのであり、心より尊敬に値し、命を捧げるに相応しい人物であるという確信を得た。
だから、彼が世界を救うため、“約束の地”に向かうと決めたとき、オズフェルトは、自分こそが道行きの供となると想っていたのだ。
しかし、オズフェルトは、ベノアガルドに残された。
そのときには荒れ狂いそうになったものの、冷静になって考えれば、当然の判断だ。
オズフェルトは、フェイルリングに次ぐ立場である副団長だ。騎士団長が不在の間を任せられるのは、副団長をおいてほかにはいない。もし、騎士団長の身になにか重大な異変が起こったのであれば、代わりに騎士団長を務めるのも副団長の役割だ。
心苦しくても、送り出さなければならない。
それが今生の別れになるかもしれないとわかっていても、だ。
そして、遙か遠方の地でフェイルリングたちの命の火が消えたことを知ったとき、オズフェルトは、いままでにないほど心を乱した。オズフェルトだけではない。ベノアガルドを任された騎士団幹部のだれもが、絶望の淵に立たされたのだ。
だが、それでも今日まで生きてこられたのは、やはり、騎士団騎士としての誇りと意地、覚悟と決意があったからだろう。
それもまた、
「わたしに、できるでしょうか」
「できるとも」
ミヴューラ神は、力強くいった。確信に満ちた言葉の響きに、オズフェルトの心が軽くなる。
「汝は、我が試練に打ち勝ったのだからな」
そういわれると、納得するしかなかった。
なにせ、フェイルリングの真躯ワールドガーディアンを打ち破ったのだ。それがどういう原理であれ、どういう理屈であれ、結果は結果だ。そしてなにより、ミヴューラ神が認めてくれているのだから、否定する必要はない。
自信を持つべきだ。
オズフェルトは、自分に言い聞かせるように想った。
「汝だけではない」
ミヴューラ神は、そういうと、ルヴェリスに視線を向けた。
「ルヴェリス・ザン=フィンライト」
「はい」
「汝には、デュアルブレイドの力を」
つぎは、シド。
「シド・ザン=ルーファウス」
「はい」
「汝には、フレイムコーラーの力を」
ベイン。
「ベイン・ベルバイル・ザン=ラナコート」
「はい」
「汝には、ディヴァインドレッドの力を」
ロウファという順に見つめていく救世神のまなざしには、柔らかな光が宿っていた。
「ロウファ・ザン=セイヴァス」
「はい」
「汝には、ランスフォースの力を、それぞれ受け継いだはずだ」
ミヴューラ神が断定すると、神に名を呼ばれた四人は、茫然とするほかなかったようだった。実感がないのだろうが、オズフェルトには、わかっている。
オズフェルトの四騎士として出現した四体の真躯こそが、ミヴューラ神のいったことだ。ルヴェリスたち四人の真躯は、試練で相対した真躯と融合を果たし、大いなる力を得たのだ。
では、オズフェルトの真躯は、どうなったのか。
ワールドガーディアンそのものとなったのか。
それとも、ライトブライトとワールドガーディアンが融合したのか。
四人の真躯を見るに、後者である可能性が高く、そうであればなんの不安もない。ライトブライトが大幅に強化されたと考えればいいのだから。
「いまや十三騎士は五人ばかりの集団となったが、その力は、以前にも増して強大化したといっていい」
ミヴューラ神の声音が神妙かつ威厳に満ちたものとなった。それだけで場の空気が変わる。
「聞こえるだろう。この世に救いを求める声が溢れ、天地の狭間に満ちている。だれもが、この世界の有り様に恐れ、怯え、震え、嘆き、苦しんでいる。だれもが、救いを求めている」
オズフェルトは、ミヴューラ神のいっていることが手に取るようにわかる自分に気づいた。確かに、聞こえてくる。耳を澄まさずとも、ただ立っているだけで、遙か彼方の地より、風に乗って運ばれてくるのだ。数多の声。救いを求める嘆き、悲鳴、慟哭、絶叫が。
そういった声のひとつひとつが心に突き刺さり、奮起させる。
「なればこそ、我らが立たねばならぬ」
ミヴューラ神は、騎士たちを見回して、告げた。
「我は救世神ミヴューラ。異世界の神なれど、このイルス・ヴァレに召喚された以上、己の全存在を賭けて、役割を果たすのみ。汝らは、我とともに在れ。神卓の騎士よ」
『御意』
オズフェルトたちは、ミヴューラ神の宣言を受けて、その場に傅き、異口同音に応えた。ルヴェリスも、シドも、ベインも、ロウファも。だれひとりとして異論を唱えない。
救世神とともに在って、世界を救うために戦い続けるもの。
それこそ、神卓騎士の本懐だからだ。
それ以上でも、それ以下でもない。
ミヴューラ神とともにこの地獄のような世界を駆け抜け、戦い抜くのだ。そして、ひとびとを救い、世界を救う。そのためならば、この身を惜しむことはない。
そうして、フェイルリングたちが逝ったというのであれば、後を継いだオズフェルトたちが立ち尽くすことなどあってはならないし、ありえないことだった。
やるべきことをやる。
そのために、今日まで生き抜いてきたのだ。
そんな確信が、オズフェルトの中に生まれていた。




