第三千百一話 受け継ぐもの(二)
決着は、一瞬だった。
オズフェルトは、虚空を蹴って、飛んだ。真躯ライトブライトは、その一瞬で最高速度に達すると、光となって光を超え、限界を超え、ワールドガーディアンに肉薄した。ワールドガーディアンが極大剣を振り下ろしたのは、そのときだ。ワールドガーディアンの最高速度の斬撃は、やはり超光速であり、ライトブライトを捉えていた。だが、ライトブライトが真っ二つに切り裂かれることはなかった。
ライトブライトがみずから体を千々に裂いたからだ。無数の光となってワールドガーディアンの巨躯へと突貫し、防御障壁ごとその装甲を貫いたのだ。
ワールドガーディアンの巨躯を貫通した無数の光は、その背後で収束してライトブライトの姿へと戻ると、ワールドガーディアンが反応するよりも疾く、その背中に光剣を突き刺していた。光剣の刀身は、極大の光となり、莫大なまでの力がワールドガーディアンの装甲内部に注ぎ込まれた。難攻不落の城塞も、内部から破壊されてはかなわない。
ワールドガーディアンが力を全周囲に向かって解き放ち、力の爆発を起こそうとしたが、それはかなわなかった。オズフェルトの四騎士が結界を構築し、拡散する力を抑え込んだからだ。
そう、四騎士は、十二騎士を打倒し終えていたのだ。
オズフェルトは、さらに四騎士の力を束ね、ワールドガーディアンが解き放った力さえも利用し、光の剣とした。
天を貫くほどに巨大な光の剣は、ワールドガーディアンの巨躯をも真っ二つに切り裂き、盟約の丘にさらなる致命傷を刻みつけた。
ワールドガーディアンの一閃とライトブライトの一撃によって、十字に切り裂かれた形になる。
が、盟約が破られたわけではない。
むしろ、この丘で結ばれた盟約は、未来永劫、騎士団に語り継がれることになるだろう。
オズフェルトは、そんな確信とともに、崩れ落ちていくワールドガーディアンの巨躯を見ていた。
ライトブライトの数倍の巨躯を誇るワールドガーディアンも、それ以上の巨大質量の前には為す術もなかったのだ。ライトブライトの全身全霊の力のみならず、ワールドガーディアンの渾身の攻撃すらも利用した一撃だ。その威力足るや、盟約の丘が根こそぎ吹き飛ばなかっただけ、ましというものだろう。
ひとの形をした難攻不落の城塞は、それ自体が内包する力を利用されて破壊された。
もはやひとの形を留めてはおらず、あとは崩壊を待つのみだった。
とはいえ、それはライトブライトも同じだ。オズフェルトは、いまの一連の行動で力を使い果たし、真躯を維持していることすらもできなくなっていた。
人間の姿に戻れば、全身がばらばらに砕け散りそうな痛みが襲ってきた。全身全霊の力を使い尽くした反動だ。そうでもしなければ勝ち目はなかったのだから致し方ないことだが、それにしても、と、オズフェルトは、顔をしかめた。凄まじい痛みで途切れることなく全身を駆け抜けているのだ。気を失わずにいるのが奇跡のように思えた。
「これで、良い」
ミヴューラ神は、いった。
崩れゆくワールドガーディアンの中から、確かな声で。
「汝は見事、我が試練を乗り越えた」
火を噴きながら崩壊するワールドガーディアンの巨躯、その中から抜け出すようにして、光が溢れた。それは次第にひとの形を成していき、ミヴューラ神の姿になった。そのときには、ワールドガーディアンの姿は残骸すら残さず消え失せている。ミヴューラ神の力によって作られていたのだ。ミヴューラ神が不要と判断すれば、消えるのも当然だった。
「これで、汝は名実ともに騎士団長となったのだ」
ミヴューラ神の姿は、以前となにひとつ変わらなかった。人間に似て非なる、神々しい存在。全身が淡く輝き、金色の双眸が異様なまでに光を放っている。存在そのものが神秘といってよく、幻想的といっていい。
オズフェルトは、ミヴューラ神の発言を受けて、ようやく実感として理解する。
「いや、違うな」
ミヴューラ神が頭を振った。
「元より汝は騎士団長であった。騎士団の長に相応しい人物であり、実績があった。故に、汝は我が試練を乗り越えることができたのだ」
「ミヴューラ様……」
オズフェルトは、なにをどう話していいものか、迷いながら、言葉を探した。
「あのとき、わたしの身になにが起こったのでしょうか? わたしは、ただ、意地を貫き通しただけのように想いますが」
「それは、その通りなのであろう」
ミヴューラ神が微笑みかけてくる。その柔らかな表情ひとつとっても、信仰するに足る神であると思わざるを得ない。慈しみと愛に満ちているだけではない。オズフェルトたちを理解し、尊重し、敬意さえ払ってくれている。そのような神がほかにいるだろうか。
いないと断言することはできないにしても、ミヴューラ神ほど、この世界の人間への理解力と同情心が深い神は少ないだろう。
だからこそ、騎士団は、ミヴューラ神の下で団結し、救済活動に専心してこられたのだ。
これがもし、多少なりとも疑いを持ってしまうような神であれば、こうはならなかったはずだ。
「汝は、意地を貫き、意気を示した。それこそが汝の力の源、魂の顕現だったのだ。我が友とは違うやり方だが、それでよい。方法など、どうでもよいのだ。汝が我が試練に打ち勝ち、ここにその覚悟と決意を示した」
ミヴューラ神が周囲を見回す。ワールドガーディアンとライトブライトによって十字に切り裂かれた丘の中央付近には、ミヴューラとオズフェルトだけでなく、皆が集まっている。ルヴェリス、シド、ベイン、ロウファの四人はもちろんのこと、セツナ一行もだ。
だれもが安堵の表情を浮かべている。
中でもセツナは、オズフェルトたちが無事に試練を終えることができて、心底ほっとしているようだった。彼がそこまで心配してくれていることに驚きを禁じ得ないが、彼のひとの良さを考えれば、さもありなん、というところかもしれない。
「そして、それにより汝は継承することができた」
「継承……?」
オズフェルトは、こちらに視線を戻した神のまなざしを受け止めて、戸惑った。継承という言葉。その力に、心が震えるようだった。
「いまよりここは、盟約と継承の丘となろう」
「盟約と継承……」
「我が友が汝らとの盟約を果たしたこの地は、騎士団にとっての聖地。なればこそ、汝がワールドガーディアンを継承する地に相応しかろう」
「ワールドガーディアンを継承……」
ミヴューラの発言を繰り返すようにつぶやいて、彼は、息を呑んだ。
予期せぬことであり、想像だにできないことだった。
「ワールドガーディアンは、我が友フェイルリングの真躯であって、フェイルリングだけのものではない。ワールドガーディアンは、いわば、我が化身であり、我が力の発露といっても過言ではないのだ。汝が騎士団長として、フェイルリングのすべてを継承するのであれば、当然、ワールドガーディアンをも受け継ぐべきだ」
厳かに、神はいった。
「受け継ぎ、進むのだ」
重い言葉だった。
先人の遺志を受け継ぐということは、そういうことだ。
フェイルリングがいかに偉大な人間であるかということは、副団長を務めてきたオズフェルトが一番よく知っていることだ。騎士団幹部ならばだれもが知っている。騎士団騎士のほとんども知っている。フェイルリングがいたからこそ、ベノアガルドは破滅の運命を免れ得た。世界を滅亡の未来から救う一助を担ったのだって、そうだろう。
フェイルリングは、その生き様で、新生騎士団の理念を体現して見せた。
故にこそ、救世神ミヴューラは、彼そのものとなって活動していたに違いない。
そのすべてを受け継がなければならない、という。
「救いの道を」
オズフェルトは、救世神の黄金色の瞳を見つめた。
曇りなく輝く神の目は、オズフェルトになにを見ているのか。
考えるのは、そこだ。
自分は、受け継ぐのに相応しい人間なのかどうか。。




