第三千九十九話 光剣対騎神(八)
ただひとつ、わかったことがある。
四体の真躯は、オズフェルトの味方である、ということだ。
オズフェルトに背中を見せ、ワールドガーディアンと十二騎士と対峙しているということからも、それは明らかだろう。そしてなにより、まるでオズフェルトの下知を待っているかのように動かない。微動だにしない。騎士団騎士たるものどうあるべきか、を体現しているかのようであり、その頼もしさたるや、オズフェルトを奮い立たせるにたるものだった。
「わたしの……四騎士」
その姿形が現騎士団幹部の真躯にそっくりなのは、彼らをこそ、自分にとって、騎士団にとって必要不可欠な存在と認識しているからに違いない。頼みとしているし、認めているのだ。だから、その想いが形となって表れた。
彼は、そう仮定した。
仮定する以外にはない。説明しようのない現象なのだ。
ふと気づくと、目の前に騎士たちがいた。真躯の姿で、だ。それも当人ではなく、どうやらオズフェルトが呼び出したものであるらしい。
ワールドガーディアンが十二騎士を呼び出したように。
「わたしの力……なのか?」
「そうとも。それが、それこそが騎士団の長に相応しいものの力だ」
ミヴューラ神のその一言で、オズフェルトは、ひとつの回答を得た気分になった。つまり、この騎士たちを呼び出した力は、ミヴューラ神が騎士団を任されたオズフェルトに授けてくれたものであり、彼がいまのいままで気づかなかったのは、使うきっかけがなかったからに違いない。
「だが、それだけでは足りない。それは卿もわかっているはずだ。卿がいまなにを為すべきか」
ミヴューラ神は、厳かに告げてくる。フェイルリングの声で。先代騎士団長の威厳を見せつけるように。
「為すべきはなにか。果たすべきはなにごとか」
「……ええ、もちろん」
肯定し、彼は、剣を構えた。もはや、剣を杖にして、体を支える必要はなくなっていた。失われたはずの力が充溢し、疲労も消耗もどこかに消し飛んでいる。四騎士を認識したときからだ。まるで、四騎士の力がオズフェルトに流れ込んできているようだった。いや、実際に流れ込んできているのだろう。でなければ説明がつかない。
失った力は、時間とともに回復するものだ。が、このほんのわずかな時間で完全に近く回復することなどあろうはずもない。なにかしら、不可思議な力が働いたというのであれば、話は別だが。
そして、その不可思議な力こそ、彼の目の前にいる四体の真躯にほかならない。
それは、まるで本当の真躯のようにそこにあった。
ワールドガーディアンの十二騎士と同じように、だ。
「行け、我が騎士よ。我が前に立ちはだかる敵を討ち果たせ」
オズフェルトは、四騎士に命じるとともに、みずからもまた、踏み出した。足が動く。体が軽い。力が戻ったからだ。これならば戦える。なんの問題もなく。心置きなく。戦い抜くことができる。
確信とともに、四騎士が散開する様を見届ける。
フルカラーズ、オールラウンド、ハイパワード、ヘブンズアイに似た四体の真躯が、十二体の真躯に向かって突っ込んでいく光景は、目にも眩しかった。
眩むような輝きとともに、オールラウンドは雷光と猛火を発しながら敵のライトブライトに向かうと、その進路を二体の真躯が立ちはだかる。エクステンペストとクラウンクラウンだ。
一方、フルカラーズが向かったのは、ディヴァインドレッドであり、その動きに反応して二体の真躯がディヴァインドレッドに合流する。ハイパワードとランスフォース。
ハイパワードは、真っ直ぐに突っ込み、その勢いのまま、ヘブンズアイを吹き飛ばした。デュアルブレイドとフルカラーズがハイパワードを攻撃する。
ヘブンズアイが担当することになったのは、残る三体。オールラウンド、ミラージュプリズム、フレイムコーラーであり、ヘブンズアイの長距離射撃が三体を分散させた。
オズフェルトは、ただ、ワールドガーディアンの相手をすればよかった。
無論、それが最難関であることはいわずもがなであり、ここに至るまでに何度となく思い知り、身を以て証明してきたことだ。
ワールドガーディアンは、不動の構えを解いている。
極大剣を掲げていて、いつ動き出しても不思議ではなかった。そして、動いたが最後、またしてもライトブライトがばらばらにされているのではないか、と、想像しないわけにはいかなかった。何十回どころではない回数を切り刻まれている。
ワールドガーディアンの力の偉大さは、身に染みて理解しているのだ。
それでも立ち向かわなければならないし、打ち勝たなければならない。
でなければ、この試練の意味はなく、騎士団長としての意地も誇りも消えて失せる。
フェイルリングの後継者としての価値も、存在意義も、なにもかも。
(故に、勝つ)
勝たなければならないのだから、勝つしかない。
それ以外に道はなく、彼は、吼えるように飛んだ。
ライトブライトが光となって拡散すると、ワールドガーディアンが動いた。極大剣は光より疾く虚空を切り裂き、散り散りになった光をつぎつぎと切り落としていく。一瞬にしてそれら拡散した光のほとんどを切り裂いたワールドガーディアンだったが、オズフェルトは、まったくの無事だった。
切り落とされた光は、ワールドガーディアンを欺くための囮であり、本体は、もっとも小さく、そしてもっとも無害な光の粒となって、ワールドガーディアンの懐に潜り込んでいたのだ。
オズフェルトはライトブライトを元の姿に戻すなり、ワールドガーディアンの城塞のような甲冑に光の剣を突き刺した。切っ先が分厚く強固な装甲を突き破った瞬間、オズフェルトは、胸中で歓喜の声を上げた。
(届いた……!)
これまで散々、一蹴されてきた相手にようやく攻撃が届いたのだ。感激もひとしおだったが、喜びに浸っている暇はない。彼は、ワールドガーディアンにさらなる攻撃を叩き込もうとして、諦めた。すぐさま飛び離れ、衝撃波に吹き飛ばされる。ワールドガーディアンの拳が生み出した衝撃波だ。
追撃が来る。
ワールドガーディアンの巨躯が、物凄まじい速度と勢いで迫り来るのが見えた。
そう、見えたのだ。
これまで、その速度故に捉えられなかった動きが、オズフェルトの目にも映るようになっていたのだ。
(これは……いったい……?)
自分の身になにか重大な変化が起きている。それも急激な速度で、だ。
ワールドガーディアンの接近を視界に捉えることができたということは、ワールドガーディアンが速度を落としたか、オズフェルトの動体視力が飛躍的に向上したかのどちらかしかない。ワールドガーディアンが速度を落とす理由がない以上、考えられるのは、後者だ。
だが、だとしても原因がわからない。
なぜ、どういった理由で動体視力、いや身体能力が、真躯の力が急激に増強しているのか、オズフェルトには皆目見当もつかなかった。
原因も理由も事情もなにもかも不明だが、しかし、そのおかげで反応できたのは確かだった。
猛然と迫り来るワールドガーディアンに対し、オズフェルトは、的確な回避行動を取ることができたのだ。超光速の斬撃を悠然とかわし、反撃に光弾を叩き込む。無数の光弾は、ワールドガーディアンが振り抜いた極大剣の剣閃、その上と下の空隙を通過し、巨躯に直撃した。
炸裂する光と音が、オズフェルトにある確信を覚えさせる。
戦える、ということだ。




