第三千九十八話 光剣対騎神(七)
オズフェルトと十二体の真躯の戦闘は、結局、彼の敗北に終わった。
力を消耗した状態のオズフェルトでは、敵の真躯一体ともまともな戦闘にならなかったのだ。その上で、相手のほうが数が多いとなれば、一方的な展開にならざるを得ない。どれだけ力を振り絞り、頭を働かせ、策を練ろうとも、圧倒的な力の差、決定的な数の差を覆すことはできなかった。
十二体の真躯、その強大な力に蹂躙され、打ちのめされた。
オズフェルトは、立っていることすらできなくなっていた。剣を支えに、なんとか起き上がろうとしているのだが、それすらもままならない。
全身に生じる痛みは耐えられるが、消耗ばかりはどうしようもない。
「そのような様では、もはや戦えぬな」
「まだ……です」
オズフェルトは、叫ぶようにいった。声が掠れていた。
「まだ……戦える……!」
だから、彼は、最後の力を振り絞って、立ち上がる。支えにしていた剣を抜き、構えると、それだけで体がふらついたが、なんとか堪える。
「言葉だけではなんとでもいえよう。だが、もはや意地だけでどうにかできる段階ではないのだ」
フェイルリングの声には、深い慈しみがあった。哀れみでも同情でもない。ただ、優しく、諭すような口振りだった。
「見よ、ウォード卿」
ワールドガーディアンの前に十二体の真躯が整列した。まるで騎士団本部に十三騎士が勢揃いしたときのような壮観さと荘厳さがそこにあり、眩むような輝きがあった。神々しく、威厳に満ち、幻想的ですらあった。思わず見惚れるのは、それが夢にまで見た光景だからだろう。
十三騎士が一堂に会し、真躯を披露する――そんな夢想めいた光景。
心奪われる。
茫然と、する。
「我が十二騎士は、いまもなお健在だ。卿が我に刃を届かせんとするならば、まずは、十二騎士を破ることから始めなければならぬ。それすらもかなわぬのが、卿の現状だ」
オズフェルトを夢想から現実に引き戻すのは、フェイルリングの声の冷厳な響きだった。
「だが、それも当然のことだ」
「当然……」
そう、当然だ。
そんなことは、わかりきったことだった。
最初からいまに至るまで徹頭徹尾、そうだった。
ワールドガーディアン一体すら、オズフェルトの手に余るのだ。そして、その手に余る敵を相手に無謀な戦いを挑み、敗れ続けてきた。その結果、立って剣を構えることすらままならないほどに消耗し尽くしてしまった。
力尽きる寸前。
それでも立っていられるのは、意地があるからだ。
騎士団騎士としての誇りと信念が、オズフェルトを奮い立たせている。
もし、オズフェルトが騎士でもなんでもなければ、そうそうに心折れ、地に倒れ伏しているに違いない。そんな確信がある。
そして、意地だけでどうにかなるわけもない。
相手は、ワールドガーディアンであり、ワールドガーディアンが用意した十二体の真躯なのだ。十二騎士をすべて撃破した先に、ようやく、ワールドガーディアンとの再戦がかなうのだが、まず、その十二騎士を斃すことが困難を極める。
立っているのがやっとのオズフェルトには、戦う力など残っていない。
「卿は、ひとりで戦っている」
「……ひとりで?」
「そう、ひとり。卿はいま、卿ひとりで戦っている」
ワールドガーディアンより響くのは、フェイルリングの声だ。尊大にして威厳に満ち、冷徹極まりない声。聞いているだけで心が震えるのは、オズフェルト自身がそれだけ弱まっているからだろう。
「それが現状という結果に結びついていることを知るべきだ」
(ひとり……?)
オズフェルトは、フェイルリングの声を通して、ミヴューラ神がなにを伝えようとしているのかを知ろうとした。それはきっと、なんの意味もない妄言などではない。この試練を突破するための重大な手がかりであり、ワールドガーディアンを打倒するために必要不可欠なことに違いないのだ。
そう、それは救いだ。
救世神ミヴューラによる救いの道標。
だから、彼は考える。考えながら、聞く。耳を傾ける。
「オズフェルト・ザン=ウォード。卿は、何者だ?」
「……わたしは、ベノアガルド騎士団騎士にして、騎士団長を務めるもの」
「ならばなぜ、ひとりで戦う?」
「え……」
予期せぬ問いかけに、オズフェルトは絶句した。
「騎士団の長たるもの、ひとりで戦うことなどあるべきではない。騎士たちは、だれもが団長の下知を待っている。団長の命令ひとつで馳せ参じ、団長の指示ひとつで命を燃やす。それが、我が友が作り上げた騎士団だったはずだ」
ミヴューラ神は、フェイルリングへの敬意の念を込めて、いった。暗に、フェイルリングによる革命以前の騎士団はそうではなかった、といっているのだろうが、実際その通りであり、反論の余地はない。ベノアガルドの腐敗は、騎士団にも及んでいたのだ。
だからこそ、フェイルリングは立ち上がり、革命を起こした。騎士団を生まれ変わらせた。
騎士団の騎士ひとりひとりが、己が使命に真摯に向き合い、全身全霊で任務を全うする、そんな組織へと造り替えて見せたのが、フェイルリングなのだ。そして、その理念の中心となっているのが、救世神ミヴューラだった。
「卿は、忘れてしまったのか?」
「……まさか」
そんなこと、あるわけがない、と、オズフェルトは叫びたかった。忘れてなどいない。忘れるはずがない。騎士団の理念、騎士団騎士の本懐、騎士団長としての在り様――すべて、彼を構成する血肉として息づき、脈打っている。
「ならば、卿にも見えるはずだ。卿自身の十二騎士が」
「わたしの……十二騎士……」
オズフェルトは、ミヴューラ神の言葉を反芻した瞬間、はたと気づいた。視界がぼやけているのは、疲労からではなく、なにかが目の前にいたからのようだ。
それは、オズフェルトの視界を塞ぐように立っていて、オズフェルトが気がついたからなのか、それとも別の理由からなのか、姿が明らかになっていく。
彼の目の前に立っていたのは、色鮮やかにして流麗たる甲冑を纏う真躯だった。ルヴェリスの真躯フルカラーズによく似ていて、大きく違っている。なにせ、二本一対の戟を背負っているのだ。両端に刃を持つ戟は、フィエンネルの真躯デュアルブレイドの双戟そのもののように思えた。
その隣に白金色の甲冑を纏う真躯が現れた。それは、シドの真躯オールラウンドに似た別物であり、雷光の意匠に猛火を象徴するような意匠が組み合わさっていた。まるでオールラウンドとゼクシスの真躯フレイムコーラーがひとつになったかのような姿だ。
さらに、ロウファのヘブンズアイ、ベインのハイパワードによく似た真躯が、オズフェルトの目の前に現れている。ヘブンズアイの右腕が槍と一体化しているのは、カーラインの真躯ランスフォースのようであり、ハイパワードが重武装化しているのはドレイクの真躯ディヴァインドレッドのようだった。
それら四体の真躯は、オズフェルトに背を向けていて、ワールドガーディアンと対峙していた。
「これは……」
「ふむ……」
ミヴューラ神がどこか満足げな声を発した。
「卿の場合は、四騎士と呼ぶべきか」
「四騎士……」
四体の真躯は、当然ながら、ルヴェリスやシド本人ではない。ルヴェリスたちは皆、試練を突破したあと、真躯を解いていた。オズフェルトの試練に飛び込んでくるような、野暮な真似をする騎士は、ひとりとしていないのだ。
それに、だ。
彼らの真躯であれば、まるで対戦相手を取り込んだような姿のはずがない。
では、一体、なにが起こっているというのか。
オズフェルトには、皆目見当もつかない。




