第三千九十三話 光剣対騎神(二)
(いまのは……なんだ?)
中空で反転し、態勢を立て直して着地すると、オズフェルトは、先程のワールドガーディアンの攻撃について考えた。
意識が吹き飛びそうなほどの衝撃が、ライトブライトに叩き込まれている。
ワールドガーディアンは、まるで拳の裏で殴りつけたような姿勢を取っていたが、しかし、実際には殴られてはいない。拳が届く距離ではなかった。では、どういうことかといえば、簡単なことだった。救力を叩きつけられたのだ。
凝縮した高密度の救力による打撃は、武器で殴りつけるよりも遙かに強力で凶悪な結果を残す。
いま、オズフェルトが頭を押さえるようにしているのだって、そういうことだ。凝縮した救力の直撃が、兜を破損させるだけの威力を発揮し、オズフェルトの意識にさえ痛撃を叩き込んでいる。
真躯でありながらこれほどの痛みを覚えるのは、受けた攻撃の威力が物凄まじいからにほかならない。
オズフェルトは、ライトブライトの破損部位を修復しながら、剣を構えた。
(近づけば、殴られる)
それだけならば、いい。
一撃の威力は物凄まじく、意識が震撼するほどだが、しかし、まだなんとかなる。修復も可能だ。
極大剣を抜かれれば、それどころではないのだ。一刀両断。オズフェルトが対応する間もなく真っ二つに切り裂かれるに違いない。
では、先程、ワールドガーディアンが極大剣を抜かず、救力で以て殴りつけてきたのはどういうことか。抜けなかったわけではあるまい。抜かなかったのだ。
(試している……か)
これは、ミヴューラ神の試練であり、試練の壁として、ワールドガーディアンは立っている。乗り越えるべき壁、踏破するべき道であるワールドガーディアンにしてみれば、最初から全力を出す理由はない、ということなのかもしれない。
ワールドガーディアンは、両手を極大剣の柄に戻している。こちらに背を向けたまま、微動だにしない。背中から見ても、難攻不落の城塞が巨人となったような、そんな印象を受ける上、隙を見つけることができない。ワールドガーディアンが現在取っている不動の構えは、最小の動作きで最大の結果を導き出すための構えであり、迎撃に特化した構えだ。
フェイルリングが得意とする戦法であり、それがそのままワールドガーディアンに適応されている。
近接攻撃特化のハイパワードがベインの性質を再現しているように、遠距離攻撃特化のヘブンズアイがロウファの才能を表現しているように。
ライトブライトも、オズフェルトの在り様を映し出している。
(では、存分に試されよう)
彼は、光剣を掲げ、四方に光刃を発射した。光刃が様々な軌道を描いてワールドガーディアンに向かう中、オズフェルト自身も、飛ぶ。光そのものとなって、ワールドガーディアンの頭上を目指す。光刃が鋭角的な軌跡を描き、同時にワールドガーディアンへと到達した。四方からの同時攻撃。ワールドガーディアンは、反応すら見せない。直撃し、炸裂すると、光の乱舞が起こった。
救力の爆発が光の花となって咲き乱れる様を上空から見下ろし、それがまったくの無意味であることを悟る。ワールドガーディアンが傷つくどころか、防御障壁を突破することすらできていない。
ワールドガーディアンの防御障壁は、オズフェルトのそれとは比較できないほどに強力で圧倒的だ。その防御障壁を突破しなければ話にならないのは当然のことであり、ワールドガーディアンが極大剣を抜かないのも、そこにあるのかもしれない。
防御障壁を突破できない相手に本気でぶつかる理由はない、と。
(ならば)
オズフェルトは、周囲に放出した救力を無数の光球に変え、眼下、ワールドガーディアンに向かって降り注がせた。自分自身も、光の雨に混じり、ワールドガーディアンへと殺到する。光の雨がワールドガーディアンの防御障壁に直撃し、つぎつぎと爆発を起こす中、ライトブライトそのものが光となってワールドガーディアンの防御障壁に取り付かんとする。
その瞬間、ワールドガーディアンが動いた。拳を振り上げたのだ。ただそれだけのことで、衝撃がライトブライトの腹を貫き、オズフェルトは、またしても意識が激震するほどの激痛とともに吹き飛ばされた。上空に、ではなく、水平に、だ。だが、今度はただでは吹き飛ばされない。
オズフェルトは、拳を振り上げたままのワールドガーディアンが遠ざかっていく中、その周囲に散らばるライトブライトの装甲を確認した。腹に大穴が空くほどの一撃を食らったのだ。装甲の破片が散乱するのは当然であり、それが光を帯びて輝いているのもまた、当然だった。
なぜならば、オズフェルトは、反撃を食らうことを前提に動いたからであり、装甲に力を込めていたからだ。
装甲の破片から閃光が生じ、音もなく、爆発した。ワールドガーディアンの周囲に散らばる無数の破片、それらが同時に爆発したのだ。救力の爆発。天地が震撼し、爆発の光が視界を白く塗り潰す。衝撃波がライトブライトをさらに吹き飛ばそうとしたが、なんとか地面に着地して、態勢を立て直す。
腹に空いた大穴は、背中まで貫通していた。兜が破損したときよりも時間はかかるが、修復が不可能な損傷ではない。そもそも、真躯は、救力の結晶のようなものなのだ。救力さえあれば、どのような状態からでも修復可能であり、救力が尽きない限り、戦い続けられる。
破片の爆発が止むと、膨大な爆煙がワールドガーディアンの巨躯を包み込んでいた。
ワールドガーディアンが無事であることは、明らかだ。圧倒的な救力を肌で感じる。ライトブライトなど手も足も出ないのではないか、と、思うほどの膨大な量の救力が、爆煙の中に立っている。いまの爆発を受けても、傷ひとつ負っていないに違いない。
他の真躯ならば致命傷を受けてもおかしくはないだけの威力はあったはずだが。
(どうだ……?)
防御障壁すら破れていないとなると、絶望的だが、たとえ突破することができたのだとしても、絶望的であるという事実に変わりはない。
ライトブライトとワールドガーディアンの戦力差に希望を見出すものがあるとすれば、それは、途方もない楽観主義者か、現実を見ない愚か者だけだろう。
オズフェルトは、そのどちらでもない。
「中々、やるようになった」
フェイルリングの声が聞こえて、救力の風が吹いた。爆煙を吹き飛ばすためだけの風だ。そして、それによってワールドガーディアンの無事な姿を見せつけようというのだろうし、その姿を目の当たりにした瞬間、オズフェルトは、眉間に皺が寄る感覚を持った。
爆煙が消えると、無傷のワールドガーディアンがそこにいた。爆撃によって周辺の地面は陥没し、大穴が開いているのだが、ワールドガーディアンとその周囲だけはまったくの無傷だった。つまり、防御障壁を突破することはかなわなかった、ということだ。
あれだけの威力の爆発を連続的に叩き込んでも、ワールドガーディアンを負傷させるどころか、防御障壁を突破することができなかったのだ。
ライトブライトの最大威力の攻撃ではないとはいえ、オズフェルトが絶望的な気分になるのも当然だった。
いまの爆撃には、多大な救力を込めていた。
それが一切、効かなかった。
防御障壁は以前、ワールドガーディアンを護っていて、ワールドガーディアンは微動だにしていない。極大剣に手を置いたまま、こちらを見ている。
「だが、足りぬな」
「足りませんか」
「ああ、足りぬ」
フェイルリングの断言に、オズフェルトは、柄を握り締める手に力を込めた。




