第三千九十二話 光剣対騎神(一)
オズフェルト・ザン=ウォードは、“光剣”の二つ名で知られる。
だれが言い始めたのかは知らない。
騎士団騎士として活動するうち、だれかが言い出したのだ。
オズフェルトの剣は、まるで光を発しているようだ、と。それは、剣技の冴えもあるが、それ以上に彼が愛用していた剣オーロラフロウの影響が大きい。特殊な製法で鍛え上げられた剣の刀身は、さながら光を発しているようであり、彼の剣技によってより美しく、光芒を放った。
その様を見た同僚が、彼を“光剣”の二つ名で呼ぶようになり、広がっていった。
騎士団騎士の中で二つ名を持つことは、とても名誉なことだ。たとえそれが、自身の実力ではなく、武器の性能によるところが大きくとも、二つ名を持たないよりはいい。それだけひとの印象に残るということであり、記憶されるということなのだから。
そして、彼は、その二つ名を気に入っていた。
“光剣”。
光の剣。
彼の真躯ライトブライトは、まさに“光剣”を体現するものであり、彼がどれほどその二つ名を気に入っていたかがわかるというものだろう。
姿形としては、ほかの真躯同様、人体の十数倍の巨躯を誇りながらも真躯の中では細身の部類に入る。外見は、まさに騎士甲冑がそのまま巨大化したようなものであり、光の輪を背負っているところが特徴的といえば、特徴的だ。
得物は、剣。
光の剣だ。
二つ名の通り。
「真躯ライトブライト。こうして相見える日が来ようとはな」
「それはこちらの台詞ですよ」
オズフェルトは、救世神ミヴューラが発するフェイルリング・ザン=クリュースの声を聞いて、目を細めた。
ライトブライトが対峙するのは、先代騎士団長フェイルリングの真躯ワールドガーディアンだ。
真躯の中でもっとも巨大で、もっとも強大な力を持つのが、ワールドガーディアンだ。
騎士団の理念を体現したといっても過言ではないそれには、フェイルリングの願いやミヴューラ神の想いも込められており、故に最強なのだ。
ワールドガーディアンの体躯は、ライトブライトの数倍はある。まるで城塞がひとの形を成しているかのような威容は、圧倒的としか言い様がない。もちろん、他の真躯と同じく、その体躯に見合わない俊敏さを誇り、軽やかに飛び回ることだって可能だが、ワールドガーディアンがそのような動きをするわけもない。
どっしりと構え、どのような状況にも的確に対応するのが、ワールドガーディアンの基本戦術だ。
得物は、極大剣と称される身の丈以上の大剣であり、その巨大さは、冗談めいていた。その一撃は大地を割り、天を裂く、というが、もちろん、本当のことだ。
ワールドガーディアンは、ただの真躯ではない。
救世神ミヴューラの力を際限なく引き出すことが許された真躯であり、騎神とでもいうべき存在だった。
オズフェルトのライトブライトがまともにぶつかり合って勝てる相手ではない。
だが、真正面から挑む以外、なにか方法があるかというと、首を傾げるほかないのも事実だ。
超巨大かつ圧倒的な存在感を放つワールドガーディアンには、一切の隙はなく、なんとかして隙を作ろうとしようものならば、極大剣の一撃のもとに粉砕されること請け合いだ。
「だが、卿はやらねばならぬ」
フェイルリングの声が、盟約の丘に響き渡る。深く、重く、強く。
オズフェルトは、声に聞き入る自分を認め、柄を握る手に力を込めることで意識を引き戻そうとした。
「わたしを超えねばならぬのだ」
「途方もないことです」
まったく、途方もない、と思わざるを得ない。
相手は、神の化身どころか、神そのものなのだ。
フェイルリングのワールドガーディアンならばまだしも、ミヴューラが演じるフェイルリングのワールドガーディアンなのだ。当然、その力は、ミヴューラ神そのものであり、フェイルリングが駆るワールドガーディアン以上の力を発揮することは、想像に難くない。
ライトブライトで対抗できるのかどうか、という状況ですらないのではないか。
まともな戦闘になるのかどうかすら、わからない。
(だが……)
オズフェルトは、眼前に剣先を掲げるように構え直した。真っ直ぐに伸ばした刀身は、二つ名の“光剣”を再現するかのように光を放っている。いや、光が刀身を形成しているといったほうが、正しい。その光の刀身こそがライトブライトの武器なのだ。
(やらなければ、ならない)
ミヴューラ神がフェイルリングの声で告げてきたように、オズフェルトは、眼前の途方もなく巨大な壁を乗り越えなければならなかった。
これは、試練なのだ。
乗り越えるべき壁であり、踏破するべき道であり、完遂するべき使命なのだ。
ミヴューラ神が示した、未来への道標といっても過言ではない。
勝てるかどうかわからない、通用するかどうかわからないからといって、そこで諦めるわけにはいかないのだ。
ワールドガーディアンは、動かない。どっしりとその場を踏みしめるようにして佇み、微動だにしない。剣を掲げてすらいない。足下の地面に突き立て、柄に両手を置いているだけという格好だ。騎士の神に相応しい威容といっていい。迫力、威圧感、ともに十分すぎるほどにある。
隙は見当たらず、迂闊に近づけば、極大剣の一振りによって両断されるだろう。
かといって、近づかずに攻撃できるかというと、どうか。
(さて、どうか)
オズフェルトは、剣の切っ先をワールドガーディアンに向けた。力を込め、放つ。すると、剣の鍔から刀身そのものが飛び出すようにして、光線がワールドガーディアンに襲いかかった。ワールドガーディアンは、反応すらしない。
光線は、ワールドガーディアンに触れる寸前、なにかに激突したかのように弾け、散った。ワールドガーディアンの巨躯を包み込む巨大な救力の防御障壁が、光線を防いだのだ。
ライトブライトの光線も救力だ。救力と救力が激突したとき、勝敗を分けるのはその質量であり、圧倒的質量を誇るワールドガーディアンの防御障壁を破るのは、いまの一撃ではどう考えても不可能だった。
(予想していたことではあるが)
オズフェルトは、光の刀身を生成しながら、ワールドガーディアンの反応を窺っていた。やはり、動かない。まるでオズフェルトがこの状況をどのように打開するのか、確かめているとでもいわんばかりだ。
実際、試しているのだから、そうもなろう。
これは、試練なのだ。
だが、だとしても、力の差がありすぎて、まともな試練にならないのではないか、という懸念がないわけではなかった。
ルヴェリスやシドたちは、同等の力を持つ真躯と対戦しているから勝負になっているが、オズフェルトの場合は、まったくそんなことはなかった。
勝負になど、なろうはずもない。
それでも、オズフェルトは、挑まなければならなかったし、なんとしてでもこの力の差を乗り越えなければならなかった。
だから、彼は再び光線を放ち、同時に飛んだ。ライトブライトの巨躯が光そのものとなって飛翔し、光線をも追い越してワールドガーディアンの頭上を飛び越える。そして、ワールドガーディアンの背後を取った瞬間、凄まじい衝撃がオズフェルトを襲った。
意識が消し飛びそうなほどの激痛の中、遠ざかる景色を見、その中心で拳を振り抜いたままのワールドガーディアンを把握した。




