第三千九十一話 雷光対烈火(五)
およそ半数にまで減ったフレイムコーラーの分身たちは、最初のころに比べると、圧倒的な速度で動き回るだけでなく、強力な攻撃を繰り出すようになっていた。一撃一撃が重く、凶悪なものになっている。
それだけではない。
当初、八体の雷の化身による攻撃一発で破壊できていたはずが、いまや一撃を耐え凌ぎ、反撃を叩き込んでくるほどに強化されていたのだ。
一撃で破壊できないということは、そこに大きな隙が生まれるということであり、他の分身たちの猛攻が、雷の化身たちに殺到するということにほかならない。
八体の雷の化身たち。
剣を持つ雷騎に槍を持つ雷公、戟の雷爵、斧の雷卿、杖の雷伯、太刀の雷臣、棍の雷候、そして鎚の雷将。
いずれも小型のオールラウンドといっても過言ではない能力を持っており、これまで、フレイムコーラーの分身たちを相手にほぼ一方的な戦いを繰り広げていたのだが、それもいまとなっては過去の話だ。現状、決して一方的とはいえない戦いぶりとなっている。
勝ってはいるのだ。
こちらの攻撃の威力のほうが遙かに高く、攻撃を二度ほども叩き込むことさえできれば、フレイムコーラーの分身たちは音を立てて爆発し、炎を撒き散らしながら、消える。だが、いままでの一撃必殺戦法でさえ、こちらの損傷を考慮しなければならないものだったというのに、撃破するのに二度の攻撃が必要となると、これまでとはまったく異なる戦術に変更しなければならなくなる。
圧倒的な攻撃力で一方的に蹂躙していくということが、できなくなったのだ。
フレイムコーラーの分身の隙を見つける。攻撃を叩き込む。直撃したとしても、それでは撃破できない。当然、反撃がくる。攻撃対象の反撃だけならばまだしも、周囲の分身たちも反応し、猛然と攻撃してくるものだから、化身たちに痛撃が蓄積していくのだ。
(このままでは……)
まずい。
まずいが、ほかに方法がない。
たとえば、オールラウンドに戻ったところで、同じことだ。確かに八雷の化身よりも打たれ強くはなるし、攻撃の威力も上がるだろう。完全体なのだから、当然だ。しかし、その分、受ける攻撃も多くなる。シドがオールラウンドのままではなく、八雷の化身となったのは、オールラウンドの巨躯では、フレイムコーラーの分身攻撃を捌ききれないと踏んだからだ。
大きな的以外のなにものでもない。
もちろん、オールラウンドは鈍重ではないし、最高速度においてほかに並ぶものがいないほどだが、しかし、フレイムコーラーの分身による包囲網を突破するには、その巨大さが徒となる。故に、彼は八雷の化身となり、フレイムコーラーの分身戦術を凌ぎきろうとしたのだが、甘かった。
フレイムコーラーの分身は、数が減れば経るほど、力が増している。いずれ同じ数になったときには、疲弊しきったシドと、余力を残したゼクシスとで、明暗がはっきりとわかれることになるだろう。
「分身には分身で対抗とはよく考えた。しかし、少々、考えが足りなかったようだな」
「ああ、そうかもしれない」
シドは、ゼクシスの挑発を受けて、素直に認めた。
フレイムコーラーの分身戦術は、シドを斃すためではなく、シドを疲弊させ、消耗させるためだけのものだ。そのため、分身の力は弱く、たとえ撃破されたとしても、ゼクシスにとって痛手にならないようになっている。その上で、減った分だけ強くなる、という仕組みが実に嫌らしく、効果的に機能しているのだから、脱帽ものだ。
シドは、じりじりと消耗している自分に気づいていたが、だからといって、分身たちへの攻撃の手を止めるわけにもいかなかった。
未だ、フレイムコーラーの分身の数は百体以上いて、それらがこちらを包囲することは容易い。攻撃の手を止めたとき、敗北が始まるのだ。だから、手を止めるわけにはいかない。攻勢を解くわけにはいかないのだ。
分身を攻撃し、反撃を食らい、損傷しながら撃破する。
損傷の蓄積は消耗の蓄積にほかならず、シドは、血反吐を吐くような想いで空を飛んだ。八つの雷光となって盟約の丘上空を飛び回り、炎と踊る。燃え盛る紅蓮の炎、その化身ともいうべきフレイムコーラーの分身と、猛々しい雷光の化身たるシド。
盟約の丘上空は、炎と雷の乱舞によって物凄まじい熱気に包まれていた。大気は焼け焦げ、黒煙が舞い踊っている。
「随分と素直なものだ。負けを認めるか」
「そういうわけにはいかないさ」
「だろうな。だろうとも」
フレイムコーラーたちから聞こえるゼクシスの声は、どこか喜びに満ちていた。
その声に応えたわけではないが、シドは、全身全霊の力を込めた。八雷の化身を全力で加速させ、フレイムコーラーの分身たち、その間を飛び回っていく。駆け抜けながら、その側を通過した瞬間に攻撃を叩き込み、瞬時に飛び離れる。相手の反撃が空を切ったところを別の化身が追撃を叩き込み、それでも撃破できないならば、三度目の攻撃を打ちつける。
まさに天を駆け抜ける雷光そのものとなってフレイムコーラーたちの間を駆け巡りながら、つぎつぎと攻撃と離脱を繰り返していると、分身の数があっという間に減っていった。百体以上いたのが、百体を切り、九十、八十、七十と、急激に減っていく。
もちろん、分身の数が減ることで、個々の能力は強化されていくのだが、同様に八雷の攻撃速度も上がっている上、そもそも、既に攻撃済みの分身ばかりだということもあり、追撃回数を増やすだけで撃破できた。
つぎつぎとフレイムコーラーの分身が爆散していく中、八雷の化身は、ひたすらに速度を上げて、分身間を飛び回り、攻撃を繰り返す。
それは、シドの全身全霊を込めた攻撃であり、余力を残さない、力の限りを振り絞った戦術だ。状況を不利と断定したからこその猛攻であり、失敗に終われば敗北も必至である以上、最初からできることではなかった。
そして、すべての分身を撃破したとき、シドは、八雷の化身状態を維持できなくなり、オールラウンドに戻った。凄まじい疲労感と消耗ぶりに意識が飛びそうになる。すべての力を使い切ったのだ。そうもなろう。
だが、それにより、フレイムコーラーの分身は、一体残らず消滅した。
残ったのは、オールラウンドだ。
「よくやった。本当に、よくやったよ」
拍手が響いたのは、背後からだった。
「だが、残念だった」
振り向けば、フレイムコーラーの本体が、太刀を構えるところだった。紅蓮に輝く太刀が、燃え盛る炎そのものようだ。
「わたしはここだ。最初からな」
絶望的な事実を告げてくると、フレイムコーラーは、虚空を蹴るように突っ込んできた。シドは、救力を束ね、剣を作ろうとした。が、間に合わないどころか、雷光の剣を作ることすらできなかった。力を使い切っている。
真紅の甲冑が陽炎のように揺らめき、猛火のように燃え上がったかと思えば、つぎの瞬間、シドは、オールラウンドの腹を貫かれていることに気づいた。急速接近からの突き。傷口から炎が燃え広がり、全身を包み込んでいくのがわかる。さらなる激痛は、フレイムコーラーが太刀を振り抜いたからだ。腹の真ん中から右脇腹を切り裂き、さらに炎上させながら、飛び離れる。
「わたしを失望させるな、といったはずだ」
「ああ、そのつもりだよ」
対等だからこその宣言とともに、シドは、フレイムコーラーの真紅の甲冑を一条の雷光が貫く様を見届けた。
フレイムコーラーに避けられ、丘に刺さったままの剣へと落ちた雷光は、オールラウンドがいまのいままで発散した救力の集合体であり、つまるところ、シドが消耗した全力がいまの一撃に込められていた。
数百体の分身を作ることに力を費やしたフレイムコーラーが耐えきれるものではない。