第三千九十話 雷光対烈火(四)
数百体ものフレイムコーラーによる包囲攻撃への対抗手段は、シドの、オールラウンドの切り札ともいえるものだった。
シヴュラ・ザン=スオールの真躯エクステンペストとの戦いでも決定打となった戦法。
轟然と殺到する無数の真躯、その圧力を全身に感じながら、シドは、オールラウンドの全救力を解き放った。救力は雷光となって四方八方に飛び散り、フレイムコーラー集団の真っ只中を貫いていく。八つの雷光。それは、八体の雷の化身となり、周囲のフレイムコーラーを攻撃した。
八体の雷の化身たち。
オールラウンドを稲光で装飾したような、そんな姿をしたそれらは、剣、槍、斧、戟、杖、太刀、棍、鎚をそれぞれに手にしており、フレイムコーラーの分身たちを相手に大いに力を発揮した。
数だけならば、フレイムコーラーの分身のほうが遙かに多い。
だが、一体一体の質は、シドのオールラウンドのほうが圧倒的に上なのだ。
数か、質か。
常識的に考えれば、数が多い方が有利だ。どのような戦いであれ、数的優位を取った側のほうが戦闘を有利に進められるというのは、基本にして本質だ。だが、ときには、戦術や策によって数的不利をひっくり返すこともあるし、そういった事実は、古今、往々にしてあるものだ。
武装召喚術が誕生し、《大陸召喚師協会》が武装召喚師を傭兵として派遣するようになってからというもの、数だけが有利不利を決定する要因ではなくなったのも、事実だ。有能な武装召喚師を揃えることができれば、たとえ数字上では圧倒的な不利であっても、大勝利を掴み取ることだって不可能ではなかった。
もっとも、武装召喚師を上手く運用し、国土拡大に成功した国は、大陸小国家群でも極めて少ない部類だったが。
シドとゼクシスの場合は、どうか。
どちらも救世神ミヴューラの使徒たる十三騎士だ。十三騎士の中でもっとも大きな力を持つのは、初代騎士団長たるフェイルリング・ザン=クリュースであり、副団長オズフェルト・ザン=ウォード以下十二名の間に力の序列はない。つまり、力量の差はないということだ。
ミヴューラ神から与えられる力に限っては、だ。
そこからどのように能力を伸ばしていくかは、個々の鍛錬、研鑽にかかっているのであり、フェイルリングを含め、十三騎士は、日々、自身を鍛え、技を磨き、研鑽することに余念がなかった。騎士団長ですら、そうだ。
でなければ、世界を救うという大願を果たすことなど、永遠にできない。
神卓騎士団は、救済という理念を掲げていたが、その理念に対し、十三騎士のだれもが真摯に向き合っていたし、本気で実現させるつもりでいた。だからこそ、だれもが修練に熱を入れ、救済活動に全力を注いだ。
あのベインですらそうだったのだから、騎士団がいかに純粋な組織なのか、わかろうというものだろう。
十三騎士たちは、ミヴューラ神から与えられた力をただ漫然と使っていたわけではなかった。それぞれが鍛錬や研鑽の中で、自分に適した使い方を見つけ、磨き上げていった結果、各人の救力の使用法、幻装、真躯が誕生したのだ。
ただの借り物の力ではない。
借り物の力ではあるが、それを自分流に改良を加え、より強力に仕上げたものなのだ。
つまるところ、シドとゼクシスの間には、明確な力の差がある、ということだ。
シドは、八体の雷の化身となったオールラウンドのすべてを操りながら、フレイムコーラーの数に押され始めている事実を認めた。
フレイムコーラーの大量の分身は、一体一体がオールラウンドの分身より遙かに脆弱にできている。オールラウンドの分身、雷の化身が得物を振るえば、その一撃で破壊できるのだ。だが、その一撃を叩き込んだ瞬間には、別方向から飛来した分身がオールラウンドを攻撃した。
フレイムコーラーの分身は、確かに弱い。だが、決して質が低いわけではない。少なくとも数百分の一、という代物ではなかった。
なにせ、攻撃が痛いのだ。もしかすると、攻撃に特化した分身であり、故に防御能力が皆無に等しいのではないか。
そして、分身を撃破するたびに一撃、二撃と攻撃を受けるのだから、すべての分身を打ち破るころには、こちらの化身は全滅しているかもしれない。
(それでは、駄目だ)
相打ちでは、意味がない。
これは試練なのだ。
(試練)
シドは、その言葉を噛みしめるようにして、胸中でつぶやいた。
ミヴューラ神からの最終最後の試練。
この試練に打ち勝たなくては、神卓騎士を名乗ることもできないだろう。それどころか、未来を勝ち取ることすらできないのではないか。
だれもが死闘の中にいた。
ベインは、真躯ハイパワードを駆り、最強の真躯ディヴァインドレッドを駆るドレイクに挑んでいる。
ロウファは、真躯ヘブンズアイでもって、カーラインの真躯ランスフォースと激闘を繰り広げている。
ルヴェリスも、だ。真躯フルカラーズは、フィエンネルの真躯デュアルブレイドとの戦いの中に身を置いている。
そして、オズフェルト。二代目となる神卓騎士団長に任命された彼は、真躯ライトブライトとなり、先代騎士団長フェイルリングが真躯ワールドガーディアンと対峙していた。
だれもが、試練に身を置いている。
苦難の中に。
それに打ち勝ったものだけが、救済者としての道を歩むことができる、というのだ。
無論、ミヴューラ神のことだ。
たとえ、試練に敗れ去ったからといって、救いの手を差し伸べてくれないわけではないだろう。が、これより先の道へ進む手立ては失ってしまうかもしれない。
しかしそれは、考えようによっては、救いでもあるのだ。
道は、これより先、困難を極めたものになるに違いない。
世界を救うということは、これまで以上の大難に立ち向かうということにほかならない。
生半可な気持ちでは、半端な力では、足りないのだ。
覚悟がいる。
決意がいる。
そしてなにより、力が必要だ。
(力)
幾重もの熱波となって襲いかかってくるフレイムコーラーの分身たち。シドは、八体の雷の化身となって、その間隙を縫うように飛び回っていく。猛烈な熱風は、雷の化身の表面を掠るだけで痛痒を感じさせた。電熱の化身が光熱に痛みを覚えるのも不思議な話だが、互いに救力であり、救力同士が衝突しているだけのことなのだから、なにもおかしなことではない。
より強力な救力が打ち勝つ、それだけのことだ。
そして、それまで掠る程度では痛痒すら感じなかったはずのシドが、いままさに痛みを感じているということはつまり、フレイムコーラーの分身たちが救力の出力を上げた、ということにほかならない。
(いや、違う)
シドは、フレイムコーラーの分身たちが、先程までとは比べものにならない力を発揮しているという現実から、ある事実を導き出した。
(これは……)
フレイムコーラーの分身は、既に二百体ほどが雷の化身によって撃破されている。残っているのは、二百体ほど。
要するに最大四百体ほどの分身がいたということになるのだが、分身の総数が半減したことでなにが起こったのかといえば、シドが優勢に立ったわけではないということだ。。
フレイムコーラーの分身たちは、どうやら、数が減れば減るほど、一体一体の力が増すという仕組みになっているようなのだ。
一体撃破した程度では、全体に与える影響は微々たるものだが、百体ともなればその影響は増し、半分の二百体となると、動きが目に見えて違っていた。
個々の力が、倍増している。