第三千八十九話 雷光対烈火(三)
不意に殺気が閃くように出現したのは、シドの左後方だった。
振り向き様、シドは、両手から雷光を迸らせることで不意打ちへの対処とするとともに、フレイムコーラーの姿を視界に捉えた。真紅の太刀を振りかぶり、猛然と突っ込んでくる様は、まさに烈火そのものというほかない。
だが、フレイムコーラーの斬撃がシドに届くことはなかった。オールラウンドの両手から迸る無数の雷光がフレイムコーラーに絡みつき、強烈な電熱を浴びせたからだ。それによって、フレイムコーラーの姿は、またしても陽炎のように溶けて消えた。
再び、フレイムコーラーを見失ったシドは、警戒を怠らない。全周囲に無数の雷球を放出して設置し、どの方角に現れ、どの角度から攻撃してきても対処できるように準備した。
殺気は、真下から――。
「見え透いている!」
「それはよかった」
ゼクシスは、不敵に笑いながら突っ込んでくる。
当然、シドは、全力で対処した。それがたとえ、ゼクシスの戦術上の布石だとしても、無視も黙殺もできない。対処に手を抜くこともだ。これが本命である可能性を排除することができないからだ。
周囲に配置した雷球のうち、いくつかを殺到させ、フレイムコーラーを集中攻撃する。それだけで、真紅の甲冑は揺らめき、虚空に溶けて消えた。
また、だ。
ゼクシスの狙いは、わかっている。
陽炎の分身でシドの集中力を掻き乱しつつ疲弊させ、消耗しきったところを本体が全力を叩きつけてくるに違いない。
三度、気配。
(これは)
シドが不思議に思ったのは、気配が同時に三つも出現したからであり、それらは、彼の頭上、後方、左方から一斉に迫ってきた。
シドは、雷光を集めて剣を作ると、左方の気配に向かって飛んだ。視界には、フレイムコーラーの姿が映り込む。本体か、分身か。見ただけで判別することはできなさそうだった。
真躯の膨大な力を備えた本体と、本体の救力によって作り出された分身では、内包する力の総量が大きく異なるはずなのだが、どういうわけか、フレイムコーラーの場合、それが当てはまらなかった。分身も、本体と等しく力を内包しているようなのだ。
だが、分身は、本体ほど手強くはない。
シドは、雷光剣でもって左方のフレイムコーラーを切り伏せ、その全身が陽炎となって消える様を見届けた。そのころには、残る二体も、雷球の直撃を受けて消滅している。
おかげで周囲に配置していた雷球の数が随分と減ってしまったが、問題はない。
シドは、透かさず雷球を再配置したが、ただ再配置しただけではない。さらに数多くの雷球を配置し、雷球同士を雷光で結びつけた。シドのオールラウンドを中心として、全周囲に配置された無数の雷球が上下前後左右に雷光を伸ばして連結し、雷光の結界とでもいうべきものを形成したのだ。
「なるほど」
ゼクシスの声が聞こえたかと思うと、爆音が響いた。
見れば、雷光結界の一角がわずかに削り取られており、その空間に陽炎が揺らめき、消えた。フレイムコーラーの分身が現れ、結界にぶつかったようだ。雷光結界は、雷球と、雷球を結ぶ雷光に触れるものを爆殺する攻撃的防御手段なのだ。
フレイムコーラーの本体ならばまだしも、一撃で斃せるような分身に突破できる代物ではない。
「つまり、だ」
ゼクシスが、なにかを閃いたようだった。
すると、またしても爆音が響き渡った。それも立て続けにだ。上下左右、ありとあらゆる方向から、つぎつぎと爆音が聞こえ、大気が震撼した。
そしてそれは、止まらない。
(そうだろう)
シドは、鳴り止まない全周囲の爆音を聞きながら、ゼクシスの目論見を察した。爆音が発生しているのは、爆発が起こっているからだ。そして、爆発が起こっているのは、雷光結界になにかが衝突しているからであり、それは、フレイムコーラーの分身だった。フレイムコーラーの分身が無数に出現し、つぎつぎと結界への突入を試み、爆散しているのだ。
ただし、分身だけが爆散しているだけではない。
爆散するのは、雷光結界の一部も同じだ。分身と接触した雷球、雷光の周囲が分身を吹き飛ばすに足るだけの爆発を起こしている。その結果、爆発が起きるたびに雷光結界は削り取られていくのであり、まさに連鎖的といっても過言ではない爆発の連続は、雷光結界をあっという間に小さくしていっていた。
が、それもシドにとっては想定の範囲内の出来事であり、驚くに値しないことだった。
シドが雷光結界を形成したのは、ゼクシスを消耗させるためだ。
ゼクシスがシドの消耗を目論むのであれば、それを逆手に取り、ゼクシスの消耗を計ろうというのが、シドの算段であり、現状、彼の思惑通りに運んでいた。ゼクシスが分身を無尽蔵に生み出せるというのであれば話は別だが、まさか、彼にそのような力あろうはずもない。
真躯は、神の力の顕現だ。
救世神ミヴューラの偉大なる力を借りているに過ぎない。ミヴューラ神は、救いの声を力に転じることで無尽蔵に近くその力を発揮することができるというが、借り物の真躯は、そういうわけにはいかないのだ。限界があり、消耗し尽くせば、真躯を維持することもできなくなる。
そのためにゼクシスが消耗戦を仕掛けてきたのであり、シドが消耗戦を仕返したのだ。
案の定、ゼクシスは、フレイムコーラーの分身を大量に用いることで、シドの雷光結界を強引に突破する方法を取った。全周囲からの分身による爆撃。結界は、すべての分身に反応し、つぎつぎと爆発、分身を吹き飛ばしていきながら、その範囲を狭めていく。
ただ結界を破り、シドの元へ到達するだけならば、そのような真似をする必要はないのではないか、とは、当然、ゼクシスも考えたはずだ。一カ所、一方向から分身を連続的に突入させればいいだけのことだ。そうすれば、もっとも早くシドの元に到達することもできたのではないか。
だが、ゼクシスはそうしなかった。
単純な理由だ。
分身の突撃によって生じた結界の空隙は、隣り合う雷球や雷光によって埋められてしまうからだ。
ならば、と、ゼクシスは無数の分身による飽和攻撃を思いつき、実行に移したのだろう。そして、それによって結界は、急速にその勢力を弱め、小さくなっていく一方だった。
やがて分身と結界の衝突による爆発が、シドのすぐ目の前で起こると、鳴り止まなかった爆音が途絶えた。
「さすがはオールラウンド。防戦もお手の物、といったところか」
ゼクシスの声が幾重にも響いて聞こえたのは、実際に、それだけの数のフレイムコーラーが存在していたからだ。
シドは、呆れるような気持ちで、周囲を見回していた。
シドのオールラウンドとわずかばかりの結界を包囲するようにして、無数のフレイムコーラーが立ち並んでいる。すべてが分身なのか、それとも、どこかに本物が紛れ込んでいるのか。いずれにせよ、笑ってしまいたくなるような光景ではあった。
何百体もの真紅の騎士が太刀を構え、立ち並ぶ様は、圧巻といえば圧巻としか言い様がないのだが。
それにしたって、馬鹿げている。
「だが、これならばどうだ?」
ゼクシスの問いは、大攻勢の合図だった。
何百体ものフレイムコーラーが一斉に動き出し、シドへと殺到した。
まず最初に雷光結界が反応して、数体を爆発によって吹き飛ばしたものの、残る数百体は、シドがみずから相手をしなければならなかった。




