第三千八十八話 雷光対烈火(二)
(これでこそ、烈火のゼクシス)
シドは、中空にあって、フレイムコーラーとの距離を見定めた。先程の牽制攻撃は、フレイムコーラーの足止めに成功したかに見えるが、実際はそうではない。わざとだ。わざと足を止め、雷球を切り払って見せたのだ。それこそ、フレイムコーラーの、ゼクシスの牽制だ。
小雷球程度など、容易く切り落としてみせるという実演による、牽制。
それにより、小雷球による牽制攻撃を封じられる、などとは思ってもいないだろうが。
シドは、多少なりとも考慮せざるを得なくなった。ああも易々と切り落とされれば、だ。これが処理に手間取ったりしたのであれば話は別だが、残念ながら、フレイムコーラーは、手慣れた様子で雷球を切り裂いて見せている。微塵の躊躇も動揺もない。
余裕すら感じるほどだ。
そして、いつまでも立ち止まっているゼクシスではない。紅蓮の甲冑を踏み出させ、跳ぶ。まるで燃え盛る炎の塊の如く殺到してきた相手に対し、シドは、迎撃態勢に入っている。雷光の剣を振りかぶり、まっすぐに振り下ろす。すると、刀身に吸い込まれるようにして、紅蓮の太刀がぶつかってきた。
長剣と太刀が激突し、強烈な反動がシドの手に伝わってくる。強大な救力の衝突でもある。爆音が響き、空間が歪んだように見えた。いや、実際に歪んでいる。互いの救力の高まりは、そのまま、攻撃の威力へと転じ、ぶつかり合った瞬間に爆ぜた。電光と火花が散り、熱風が吹き荒れる。
真紅の刀身が燃え上がったかと思うと、その炎がオールラウンドの長剣に移り始めた。まるで炎による侵略だ。
(参式か……!)
その猛然たる炎の勢いを目の当たりにしたシドは、刀身同士で競り合うのを嫌い、光背より雷球を放出した。光背から出現した八つの雷球は、曲線を描いてフレイムコーラーの背後へ回る。雷光の剣が炎に包まれきったところで、フレイムコーラーは、仕方なくといった様子で飛び離れ、雷光球への対処を行った。
焔之太刀・参式は、攻撃の型である壱式、弐式とは異なる防御の型だ。しかし、太刀で受け止めたものに太刀の炎を燃え移らせ、灼き尽くすといういわば攻防一体の型でもあり、攻勢に織り交ぜることも不可能ではない。いま、彼がやって見せたように。
シドは、剣を包む込む紅蓮の炎を見て、その威力を実感として理解した。あのまま、燃やし続けられれば、剣だけでなく腕や体までもがフレイムコーラーの炎に灼かれる羽目になっていただろう。剣を捨て、新たに雷光を手の内に収束させる。そうして剣を作り出したころには、フレイムコーラーは、八つの雷球を切り飛ばし終わっており、向き直り、仕切り直しといった状態になっている。
オールラウンドは空中、フレイムコーラーは地上。
互いに距離を測り、相手の反応を窺っている。
オールラウンドは、あらゆる状況、環境に対応可能な真躯であり、空中戦も問題なくこなす。一方、フレイムコーラーは、どちらかといえば地上戦を得意とし、中でも一対一に重きを置いている。もちろん、フレイムコーラーが複数の相手と戦えないということではない。
得意な戦法の話だ。
オールラウンドが一対一も一対多も多対多もすべてそつなくこなすのと同じ程度の基準で、フレイムコーラーは一対一を得意としている、というだけの話だ。好みの問題、といってもいい。その場合は、フレイムコーラーの能力云々ではなく、ゼクシスという人間の性格や趣向の話になるが、そういうものだろう。
真躯は、神卓騎士の趣味趣向が大きく反映されている。
映し鏡といっていい。
ベインのハイパワードが彼の猪突猛進ぶりを現しているように、ロウファのヘブンズアイが弓の名手としての彼の能力を反映しているように。
フレイムコーラーは、ゼクシスの一対一の戦いを好む性格が大いに影響している。
オールラウンドもまた、シドの性格や趣味、趣向が反映されているのだろう。
どこがどう、とは、本人にはわからないが。
不意に。
「もう、お坊ちゃんとは呼べないな」
「そういっていたのは、昔のことでしょう」
シドは、フレイムコーラーから聞こえてきたゼクシスの声に目を細めた。そういっているのは、ゼクシス本人ではない。それはわかっているが、どうしても、考えてしまう。もはや取り戻せない過去の記憶が、力を持った奔流となって襲ってくるのだ。
ゼクシス・ザン=アームフォートとの想い出は、ベイン、ロウファとのものに比べれば、格段に少ない。しかし、なにもないわけではないのだ。ゼクシスに手解きを受けた記憶は、いままさにまばゆい光を放って脳裏に映し出されている。
「そうだったな」
「ええ」
「もう遠い昔の出来事のようだ」
「本当に……」
「だが、懐かしんでいる場合ではないぞ」
「それは――」
突如として猛然と突っ込んできたフレイムコーラーだったが、その紅蓮の太刀が切り捨てたのは、シドが飛び退き様に残した雷光の塊であり、切り捨てた瞬間、雷光が爆発し、フレイムコーラーを包み込んだ。だが、その程度で怯む相手ではない。爆光さえも吹き飛ばすほどの炎を燃え盛らせながら、真紅の甲冑は突き進む。
シドに向かって、直線を描くように。
シドもまた、それくらい想像していないはずもない。フレイムコーラーの進路上に仕掛けた無数の雷光の刃が、炎となって突っ込んでくる真躯につぎつぎと襲いかかった。連鎖した雷撃の渦がフレイムコーラーを縛り上げ、その猛進を一時的に食い止める。
「こっちの台詞です」
「やはり、やる」
「この程度で満足されては困りますよ、アームフォート卿」
連鎖する雷の刃に絡み取られ、動かなくなったフレイムコーラーだが、無論、これで終わりではない。互いに全力を出し切っていないのだ。シドもゼクシスも余力を残している。
「わたしは、あなたを越えなくてはならない」
「ああ、そうだとも。卿は、わたしを越えなくてはならない」
フレイムコーラーの全身から噴き出した炎が、甲冑に絡みつく雷の刃を容易く吹き飛ばす。あまりにもあっさりと拘束を解かれたものの、シドとしては、驚くに値しないことだった。すべて、予測済みだ。当然、対策も練ってある。
「そうでなくては、わたしがいま、ここに在る意味が失われてしまう」
全身を包み込む真紅の炎が太刀に収斂し、刀身の輝きが増していく。全力を解放した、というところだろう。フレイムコーラーから感じられる圧力が何倍にも膨れ上がっている。
「わたしたちが、いま、ここにこうして存在する意味が、なくなってしまう」
兜の奥、双眸が金色に煌めいた。
「わたしたちの存在意義を見失わせてくれるなよ」
「いわれるまでもない」
断言するとともに、シドは、振りかぶった長剣をフレイムコーラーに向かって投げつけた。雷光の剣は、オールラウンドの右手を離れた瞬間、轟音ととともに稲妻そのものとなって、フレイムコーラーへ殺到する。一瞬にしてその胸元へと到達し、見事直撃した――かと思いきや、フレイムコーラーの胸甲に生まれた空洞を通過して、地上へと落下していった。
すると、フレイムコーラーの全体像が揺らぎ、ぼやけ、虚空に溶けるようにして消えていく。
(消失した……?)
稲妻が丘に激突し、大地を震撼させる中、シドは、全感覚を総動員して周囲を警戒した。
フレイムコーラーの基本戦術こそ知っているものの、能力の全容は知らないのだ。
それは、ゼクシスもまた、同じだ。
ゼクシスは、オールラウンドの全容を知らない。
そこに勝ち目があるはずなのだが、果たして。




