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第三千八十七話 雷光対烈火(一)

 ゼクシス・ザン=アームフォート。

 “烈火”のゼクシスの異名を持つ彼は、革命以降の新生騎士団では、即座に幹部に取り立てられたひとりだ。フェイルリング・ザン=クリュースが中心となって起こした革命は、ベノアに血の雨を降らせたが、その際、積極的に剣を振るったのがゼクシスであることは、シドもよく知っている。

 腐敗した国と同様に汚れきった騎士団から膿を取り除くには、腫瘍を切除するには、革命のような強行手段を取らざるを得ず、そのためには、数多の犠牲が要った。膨大な血を流す必要があった。必要な犠牲。必要な殺戮。必要な儀式。

 しかし、どのように正当化したところで、殺戮は殺戮。

 決して褒められることではない。

 故に、ゼクシスは、率先して剣を手に取り、敵対者を手にかけていった。ほかの騎士が少しでも血に汚れぬよう、手を汚すことのないよう、率先して、汚れ役を買って出た。

 そういう話を知ったのは、シドが新生騎士団の一員となり、幹部となって以降のことだ。新生騎士団の一員となったばかりのころは、彼らのことを知ろうともしなかった。なぜならば、復讐のことで頭がいっぱいだったからだ。

 父と兄を目の前で失ったことは、シドを絶望のどん底に突き落とした。救いのない無明の闇の中で、彼が見ていたのは、復讐という暗澹たる道程であり、そのために力を蓄え、刃を磨いた。

 結局、復讐は失敗に終わり、その上、復讐心さえも救われてしまったのだから、なにもいうことはない。

 終わったことだ。

 そう、終わったことなのだ。

 だから、だろう。

「シド・ザン=ルーファウス」

 彼は、そんな風に呼んできた。

 真躯フレイムコーラーに身を包む彼の姿は、ほかの騎士たちとは一味違うように見えた。まさに燃え盛る炎のような真紅の甲冑は、他の真躯と大きく異なる意匠なのだ。真躯は、騎士が身に纏う甲冑を元にしている、といっても過言ではないのだが、彼のフレイムコーラーだけは、元となった甲冑が想像できなかった。

 異国の甲冑、とでもいうべきか。

 少なくとも、ベノアガルドや近隣諸国には見ない類の甲冑であり、そのことは、騎士団幹部の間で共通の疑問となっていた。

 なぜ、ゼクシスのフレイムコーラーだけが、ほかの真躯と異なるのか。

『皆一緒じゃ、味気ないだろう』

 とは、ゼクシスの回答だが、答えになっているようで、なっていないものだった。

 要するに、彼が独自の変更を加えた、ということなのだろうが、シドたちが知りたかったのは、その発想の源だ。

 セツナ曰く、鎧武者のようだ、という話だが。

「卿とこうして、真躯で相見えることになるとはな」

「望むところ、でしょう」

「ああ、まったくだ」

 フレイムコーラーの肩が震えた。笑っているらしい。

「まったく、これほど嬉しいことはない」

 フレイムコーラーが腰に帯びた太刀を抜き、構える。その一連の流れるような動作は、ゼクシス一流のものであり、彼に学ぶ騎士たちも体得し得なかった。刀身は長く、紅い。垂直に構えられれば、さながら天を灼く烈火のようだ。

 対して、シドは、真躯オールラウンドとして、その場に立っている。盟約の丘の一角。決して狭いとはいえないはずの丘は、十体の真躯が同時に出現したことで、一気に手狭な場所と成り果てた。真躯を用いる決戦の場には不釣り合いだが、神卓騎士の試練の場には相応しいという、不思議な領域だった。

「卿も、そうだろう」

「いいえ」

 頭を振る。

「わたしは――」

 そのような気分ではない、と、いいたかった。

 そもそも、彼と戦う意味がないということがわかりきってしまったのだ。

 ただの偽者ならば、無関係の敵対者ならば、全力で叩き潰すこともできた。全身全霊の力を込めて、捻り潰し、跡形もなく消し去ることもできた。偽者ならば。敵ならば。

 だが、偽者は偽者でも、救世神ミヴューラとその分身たちだということであれば、話は別だ。

 怒りは消え去り、むしろ、同情が湧いた。

 ミヴューラ神の想いが、痛いほど伝わってきたからであり、また、ミヴューラ神との再会を待ち望んでいたからだ。 

 ミヴューラ神とは、騎士団の神であり、導き手なのだ。なくてはならない存在であり、信仰対象であり、指導者であり、力の源でもある。

 すべて、と、言い換えてもいい。

 そんなミヴューラ神がフェイルリングを失ったことで我を忘れ、フェイルリングを演じ続けていたことの痛ましさがわからないシドではないのだ。

 戦う意味など、あろうはずもない。

 だが、それでも、戦わなければならない、ということも理解している。

 これは試練だ。

 救世神ミヴューラから、シドたちへの最終最後の試練。

「ならば、散るがいい」

 だんっ、と、踏み込む音が聴覚を刺激したかと思うと、フレイムコーラーが猛然と突っ込んでくる様が見えた。一拍の間もなく、肉薄される。目の前にフレイムコーラーの巨躯を捉えたとき、シドは、無意識のうちに剣を翳していた。大上段から振り下ろされた真紅の太刀を受け止め、刀身が燃え上がる様を目の当たりにする。

 それは、焔之太刀・壱式と名付けられた技だ。。

「そういうわけにもいきませんよ」

 シドは、フレイムコーラーの太刀が燃え上がりながら勢いを増すのを認めて、刀身を擦り上げるようにしてずらしていき、切っ先を逸らしていった。そして、フレイムコーラーの太刀が空を切り、地に切り込むのを見て取ったときには、その背後に移動している。

 雷光のように。

 だが、フレイムコーラーの背後を取って繰り出した突きも、標的の巨躯が陽炎のように揺らめき、空振りに終わる。

 フレイムコーラーは、直線上の離れた位置に立っている。太刀を構え、こちらを見据えていた。

 仕切り直しだ。

「いいぞ、ルーファウス卿。それでこそだ」

 再び、踏み込んでくる。一足飛びに間合いを詰めると、今度は、真横に太刀を薙いできた。シドは、後ろに跳んでかわし、フレイムコーラーの頭部に剣を突き出す。しかし、フレイムコーラーは軽く屈んでこちらの突きを回避すると、低い姿勢のまま突っ込んできた。シドは、オールラウンドの巨体を電光の如き速度で飛ばし、相手の頭上に至る。すると、フレイムコーラーは読み切っていたとばかりにこちらを振り仰ぎ、太刀を振るった。

 雷光の剣と炎の太刀が激突し、火花が散る。

「それでこそ、“雷光”のシド」

 ゼクシスの賞賛を聞きながら、シドは、空中で跳んだ。雷光となって距離を取れば、炎の如く距離を詰めてくるのがゼクシスだ。紅蓮の甲冑が燃え盛る火の玉のようだった。シドは、牽制に雷球を放った。救力の集合体たる雷光の玉が三つ、様々な軌道を描きながらフレイムコーラーに殺到する。フレイムコーラーは、急停止すると、雷球をすべて切り落として見せた。

 救力同士が衝突し、小爆発を起こす。

(それはこちらの台詞だな)

 シドは、内心、ゼクシスを賞賛しながらも呆れる想いがした。

 彼は、本物のゼクシスではない。そんなことはわかっているが、しかし、ミヴューラ神がただゼクシスに似せるわけもない。完璧に再現された偽者は、本物以上に本物であり、本人そのものといっても差し支えがないほどの完成度を誇っていた。

 故に、シドは、彼をゼクシスと認識して、物事を考えてしまう。

 それもこれも、フェイルリングだったものがミヴューラ神だったという事実が大きく影響しているのは、間違いない。


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