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第三千八十六話 天弓対絶槍(三)

「それでこそ」

 ロウファは、カーライン・ザン=ローディスの気概を心の底から賞賛するように、告げた。

「それでこそ、神卓騎士というもの」

 もちろん、彼がカーライン本人でないことは百も承知だ。相手は、ミヴューラ神の分身なのだ。だが、完璧に再現されたカーラインであり、偽者でありながら、カーラインの本質をそのままに映し出していることは、ロウファの目にも明らかだった。

 姿形だけではない。性格、人格、精神性、なにもかもがカーラインなのだ。

 つまり、たとえあの場に立っているのがカーライン当人であったとしても、ずたぼろのまま、立ち上がり、こちらを敢然と睨みつけてきたに違いないのだ。

 そこに疑問を挟む余地はない。

 神卓騎士なのだ。

 それだけで、尊敬に値する人間であることは、明らかだった。

 ミヴューラ神が、ロウファに尊敬のできない人間を選ぶはずもなかった。

 性格的に合う合わないはあったが、それはそれとして、人間として尊敬できる人物ばかりだった。ベインですら、そうだ。

 そして、自身がどのような苦境に置かれても、目的を果たすまで絶対に諦めず、何度だって立ち上がるべきだという、騎士団騎士の在り様を体現するカーラインの姿は、ロウファに忘れかけていた初心を思い起こさせるのだ。

 騎士団騎士たるもの、どうあるべきか。

 入団当初、何度となく教えられ、まさに体に叩き込まれてきた文言。

 革命以前、国と同じように腐敗した組織の中にあって、なお、失われることのなかった理念。

 それは、革命以降の新体制でも、新たな理念である救済とともに騎士団の中核を為し、騎士の本懐として心に刻まれていたはずだ。

 なのに、忘却の彼方に消え去ろうとしていたのだから、ロウファは、自分という人間に対し、多少なりとも呆れるしかない。

 忘れてはならないことだ。

 決して。

 どのようなことがあったとしても、それだけはあってはならない。

(だのに)

 ロウファは、ランスフォースが右腕を掲げる様を見て、自身もまた、対応しなければならない、と、全身に命令した。ぼろぼろの右腕を掲げ、いまにも崩れ落ちそうなところを左腕で支える、そんなランスフォースの姿は、しかし、痛々しいどころか、まばゆいくらいに輝かしい。

 騎士団騎士のあるべき姿が、そこにあるからだ。

 騎士団騎士たるもの、かくあるべし。

 そう、ロウファは叫びたかったし、ランスフォースのその姿をこの場にいるすべての騎士に、いや、ベノアガルドのすべての騎士に見て欲しかった。

 カーラインは、ランスフォースは、決して諦めていないのだ。状態は最悪。ともすれば、風が吹くだけで倒れそうなほどにずたぼろで、瀕死といっても過言ではない。それでも、生きている。生きている以上、諦めない。諦めるわけにはいかない、と、彼はその全身で告げている。表現している。

 まるで、ロウファにそう伝えようとしているかのように。

(ああ、わかったよ)

 ロウファは、心の中で、大きくうなずいた。

 カーラインの伝えようとしている想いを受け取り、故に、彼は全身全霊の力を込めた。展開した光背を弓とし、自分の体に力を集める。先程と同じだ。先程とまったく同じだが、先程以上の力が沸き上がっていた。なぜか。簡単なことだ。

 右腕の槍にあらん限りの力を込めるランスフォースの姿に触発されたのだ。残されたすべての力を一点に集中させるランスフォースは、つぎの一撃に命を賭けているようだった。地上だ。地上に立ち尽くしたまま、遙か高空に浮かぶヘブンズアイに狙いを定めている。

 届くというのか。

 知っている限りでは、現在、ロウファはランスフォースの射程外にいる。ランスフォースは、近・中・遠距離に対応できるとはいえ、超遠距離といっても過言ではないロウファの位置まで届くような攻撃手段を有しているという話は聞いていないのだ。

 しかし、知っている情報だけがすべてではあるまい。

 現実に、ランスフォースは、地上にあって移動する気配を見せないのだ。距離を詰めようとせず、ただ、力を込め、目標を定めることに集中している。手のひらから突き出した槍の穂先が莫大な救力を帯びて、神々しいほどの輝きを帯びていた。

 それほどの力だ。

 なぜ、先程の攻撃の際にそうしなかったのか、瞬時に理解できた。

 全身全霊の一撃だからだ。

 渾身の、すべての力を込めた攻撃は、あらん限りの救力を使い果たすに違いない。故に、一撃必殺の威力を誇るのだろうし、同時に、攻撃が失敗に終われば、すべてが終わる。力を使い果たしたランスフォースはもぬけの殻同然となり、隙だらけ、こちらから攻撃し放題となるだろう。

 ランスフォースにとっての最終手段なのだ。

 だから、ロウファが知らなかったとしても、不思議ではなかったし、むしろ、当然というべきではないか。

 ランスフォースの切り札が、超長距離の射程攻撃だということも、必然のように想えた。近・中・遠距離の各種攻撃手段を取り揃えた真躯の最大攻撃手段なのだ。それ以上の距離を攻撃するものになるというのは、想像もしやすい。

 ロウファは、ランスフォースの全身の救力が槍に収束しきったのを目の当たりにした。ほとんど同時だった。ロウファの救力もまた、一点に凝縮し、攻撃準備が整ったのだ。

 つぎの瞬間、ランスフォースの右掌が閃光を発した。遙か地上の光が、一瞬、視界を塗り潰すほどの膨大な輝きを発したかと思えば、轟音とともに物凄まじい熱量が解き放たれたことを認識する。閃光が収束し、一条の光線となっていく。光芒。それは、光り輝く槍だった。ランスフォースは、右腕の槍を射出したのだ。槍は、光と熱と音を発しながら、凄まじい勢いで空を昇っていく。減速することはなく、むしろ加速し続けるそれがロウファの元へ到達するまで、わずかばかりの時間もない。

 が、そのときには、ロウファもまた、最大の攻撃を解き放っている。

 ヘブンズアイの名に相応しい攻撃手段。天に瞬く目が輝き、あらん限りの救力が光芒となって放出される。破壊的な光の奔流。なにかもが先程よりも激しく、あざやかで、強烈だ。全身全霊を込めている。もう、この後のことはなにも考えていなかった。どうなろうとしったことではない。いまはただ、カーラインの気概に応えることしか頭になかった。

 それが、騎士団騎士というものだ。

 最後まで諦めず、敵を見くびらない。

 どのような状況であっても手を抜かず、油断せず、余裕を見せない。

 騎士団騎士のなんたるかを思い出したロウファは、ランスフォースを消滅し尽くすだけの力を撃ち放っていた。ランスフォースがどのような攻撃をしてくるのか、そんなことはどうでもいい。攻撃ごと飲み込み、破壊し尽くし、消し飛ばすだけのことだ。

 そう、想った。

 視界を埋め尽くす光の奔流は、まっすぐに地上に降り注ぎ、大地に突き刺さった。ランスフォースの立っていた場所を飲み込んだのだ。破壊の音が聞こえる。ランスフォースの巨躯を今度こそ徹底的に破壊していく、音。

 その最中、光の奔流を突き破り、ロウファの視界に現れたものがあった。

 光の槍だ。

 ランスフォースの切り札は、ヘブンズアイの最大威力の攻撃の中を突き進み、突破して見せたのだ。その勢いは、死んでいない。

(さすが――)

 ロウファは、カーラインを褒め称えながら、しかし、残念に想った。

 光の槍が貫いたのは、ヘブンズアイの左肩であり、胸ではなかったからだ。

 心臓ではなかった。

 物凄まじい光と熱、そして轟音を発する槍は、左肩を破壊するだけでなく、全身に激痛を伝えてきたのだが、それだけといえばそれだけだったのだ。

 ランスフォースが全身に負った損傷は、超長距離の対象に狙いを定めることを困難にしてしまったのだろう。

 もっとも、ランスフォースの狙いが定まっていれば、光の槍に貫かれていたのだから、むしろ喜ぶべきだということは、わかっている。

 わかっているが、素直に喜べない自分がいることもまた、事実だった。

 


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