第三千八十四話 天弓対絶槍(一)
カーライン・ザン=ローディスを完璧に模倣したそれの真躯もまた、カーラインの真躯ランスフォースを完全無欠に再現していた。
人間時の十数倍を誇る体躯に尖鋭的な甲冑、背に負った装飾的な光背は、多くの真躯に見られるものだが、特徴的な右腕の異形さは、ランスフォースならではのものだ。巨大な槍と融合しているような、そんな形状をしているのだ。長い肘当てのように見える突起は、槍の柄であり、柄頭だ。槍は、腕を貫通しており、手のひらから突き出している。
その槍による近・中距離戦闘を得意とするが、別段、遠距離戦闘が苦手なわけではないのは、カーライン本体のときと同じだ。光の槍を撃ち出すことで、遠距離の敵にも対応可能なのだ。
一方、ロウファの真躯ヘブンズアイは、ほぼほぼ完全に近いくらい遠距離戦闘に特化しているといっていい。特に、超長距離からの一方的な攻撃を得意としていて、戦場で敵と対峙するのは、性質上、好ましくはなかった。戦えないわけではないが、不得意なのだ。
もちろん、ミヴューラ神の分身たる相手がそれを理解していないわけはなく、また、不得手だからといってこちらに配慮してくれるわけがないのだ。
「これで思う存分戦えるというわけです」
「思う存分……か」
「そうでしょう、セイヴァス卿」
「どうだか」
ロウファは、カーラインを演じ続ける神の分身に多少の理不尽さを感じながら、距離を取るべく後ろに飛んだ。戦場たる盟約の丘は、人間時には広く感じたものだが、真躯ともなれば、狭いと認識するしかない。なにせ、十体もの真躯が一堂に会しているのだ。
どのような戦場であれ、狭く感じるものだろう。
特にロウファのヘブンズアイのように遠距離攻撃を主体とする真躯ならば、尚更だ。
ヘブンズアイが真価を発揮するには、相手との距離を取らなければならず、この狭い戦場は、ただでさえ不利な現状をさらに悪化させるものだった。
だから、思う存分戦えるなどというカーラインの主張には、一切同調できない。
そもそも、ヘブンズアイが本領を発揮するのは、一対一の戦いではないのだから、当然といえば当然だが。
「おや? 納得できませんか」
ランスフォースが、地を蹴るようにして、跳んだ。低い軌道の跳躍は、一瞬にして間合いを詰めるためのものであり、実際、ランスフォースは、あっという間にヘブンズアイを間合いに捉えている。掲げられた右腕の手のひらの下部、突き出た穂先がまばゆい光を帯びると、つぎの瞬間、物凄まじい勢いでもって飛び出してきた。
「当たり前だ」
ロウファは、言い返しつつ、両腕を目の前で交差させた。自身を庇うように、だ。当然、救力を最大限に展開し、防御障壁としたのだが、しかし、ランスフォースの光の槍は、爆音とともにヘブンズアイの防御を突き破り、閃光を発しながら左腕を貫く。救力が炸裂し、左の前腕がものの見事に吹き飛ばされたのを激痛とともに認識しながら、ロウファは飛び退る。
右腕は、無事だ。
吹き飛ばされたのは左前腕だけで、それ以外にはなんの問題もない。痛みもすぐさま意識の外に追いやってしまえば、それで済む話だった。問題は、距離を離せるかどうかであり、ロウファの得意とする戦法に持って行けるかどうか、というところだ。
そしてそれが極めて難しいことは、ランスフォースの得意戦術を理解していれば、明白だろう。
ランスフォースは、遠距離にも対応可能なだけで、得意とするのは近・中距離戦闘だ。槍の間合いがランスフォースにとって最良かつ最高の距離であり、それ以上に距離を取ろうとすれば、当然、詰めようとする。その際、ランスフォースは最大速度で迫ってくるものだから、距離など開こうはずもない。
しかも、戦場が狭いと来ている。
広大な戦場ならば、全速力で飛び退れば、それなりの距離を稼ぐこともできるだろうが、この丘の上だけが戦場ということであれば、どうしようもない。
丘の麓まで、戦場の限界まで後退するということは、追い詰められるということなのだ。
それでは、駄目だ。
追い詰められた先に未来はない。
勝利の筋道が見えなくなる。
ロウファは、視界を埋める爆煙の中を突き破るように姿を見せたランスフォースに対し、なんともいえない苦々しさを感じながら、右手に救力を集中させた。救力の塊を作り出し、ランスフォースに向かって撃ち放つ。すると、ランスフォースは左に跳んだ。立ち止まるでも、飛び退くでもなく、斜め前方に跳ぶことで、距離を詰めながら回避して見せたのだ。
「わたしにとっては不利以外のなにものでもないのだからな」
「戦場で有利不利を語るのは、愚行ですな」
「知っているさ」
左に回り込む相手真躯を見つめながら、ロウファは右に向かって大きく跳躍した。二体の真躯が反時計回りの円を描く。距離は、急速に縮まっていたが。
「そんなことはな」
ロウファは、先程、ランスフォースに吹き飛ばされた左前腕を拾うと、目前に迫ったランスフォースに向かって投げつけた。ランスフォースは、再び左前方に向かって跳躍する。先程よりも早く、鋭い反応は、こちらの行動を見越していたからだろう。
(ああ、それでいい)
ロウファもまた、ランスフォースの反応は見越していた。むしろ、左腕を叩き落とされた場合のほうが厄介だった。なぜならば、左前腕は、先程ロウファが拾ったことで息を吹き返したからだ。
「ならば、覚悟を決めて戦うべきでしょう。卿が騎士ならば」
「覚悟など」
猛然と突っ込んでくるランスフォースに対し、ロウファは、回避行動を取ろうとはしなかった。その場に立ち止まり、迎え撃つ。掲げた右腕から救力の防御障壁を展開し、それによってランスフォースの突撃に対応しようとしたのだ。
「疾うに決めているさ」
カーラインは、多少なりとも疑問を持ったかもしれない。
遠距離戦闘を得意とし、これまで散々逃げ回っていたロウファが突如として動きを止めたのだ。いくら防御障壁を展開しようと、ランスフォースの渾身の一撃の前では意味がないことは、つい先程証明されたばかりだ。ロウファが戦闘中、なにも考えない愚か者でもない限り、正面から受けて立とうとするはずもない。
故に、カーラインは、ロウファがなにがしかの策を打ったのではないか、と、考え出したとしても不思議はなかった。が、ランスフォースは止まらない。いや、止まれないのだ。彼が、ロウファの左腕を避けたときには、つぎの行動は決まっていた。
回避しつつ前進し、その勢いのまま、突貫する。
それこそ、ランスフォースの基本的な戦法であり、彼の戦い方のすべては、そこからの応用だった。真躯の中でも最大最強の貫通力を誇る突きが武器なのだから、それを活かすには、槍の間合いに突っ込む以外にはない。
だからこそ、ロウファにも相手の動きが読めたのだ。
ロウファに向かって真っ直ぐに突っ込んできたランスフォースが、その勢いのままに右腕を突き出そうとしたそのときだ。ランスフォースの側頭部に光の矢が突き刺さり、強烈な爆発を引き起こした。閃光と爆音、衝撃波が戦場を揺らし、ランスフォースの巨躯を揺らす。
光の矢は、先程投げつけた左腕から放たれたものだ。
ロウファは、左腕を拾ったとき、そこに救力を込めた。そして投げつけたものだから、カーラインは、左腕を救力の爆弾と認識したに違いない。故に跳んでかわした。
が、ロウファの狙いはそこにはなかった。