第三千八十三話 極彩対双戟(四)
救世神ミヴューラが現騎士団幹部にして、生き残った神卓騎士たちに課した試練。
その先になにが待っているのか、それはルヴェリスにはわからない。ただ、想像できることはある。妄想といってもいいのかもしれないが。
この試練の先にこそ、ルヴェリスたちが求めていたものが待ち受けているのではないか。
終末に等しいこの時代を切り開き、輝かしい未来へ進むための道標。あるいは、そのためのなにか。
それとも、ただの力試しか。
(だとすれば、落胆を隠せないけれど)
ミヴューラ神は、そのような失望を抱かせる神では、ない。
期待を煽るだけ煽って肩すかしを食らわせるような、そんな薄情な神様ではないのだ。
ミヴューラ神は、これまで騎士団だけでなく、このベノアガルドに数々の恩恵をもたらしてきた。騎士団の力たる救力もそうだし、幻装も、真躯も、ミヴューラ神から授かったものにほかならない。
救いを求めるものに手を差し伸べ、掬い上げるのがミヴューラ神なのだ。
ということは、ルヴェリスたちをこの苦境から掬い上げるためにこそ、斯様な試練を課したのではないか。
それ以外に考えられない。
ルヴェリスは、ミヴューラ神に一切の疑念を持たなかったし、疑問も持たなかった。考えるまでもない。全幅の信頼を寄せ、信仰し、忠誠を誓っている。救世神に疑問を持つのであれば、いまではない。もっと前に。邂逅したそのときにこそ、疑問を持ち、質問をぶつけるべきだろう。
もはや、そのような段階は通り過ぎた。
いまとなれば、信じ抜くだけしか道はないのだ。
(だから、やる)
ヘブンズアイの上空からの超長距離照射攻撃を軽々と耐え抜き、猛然と突っ込んでくるデュアルブレイドに向かって、ルヴェリスは、突剣を差し出して見せた。刀身が黄金色の光を帯びた瞬間、デュアルブレイドが急停止する。粉塵が舞い上がる中、双戟が旋回した。
「オールラウンドか!」
「御名答」
肯定とともに切っ先から迸った雷光は、大気中を駆け抜け、デュアルブレイドの背後へと至る。その背中をルヴェリスは視界に捉えていた。フルカラーズそのものが雷光となったのだ。シド・ザン=ルーファウスの真躯オールラウンドのように。
デュアルブレイドは、雷光を切り伏せるべく、双戟を構えていた。つまり、背中は隙だらけであり、ルヴェリスはその隙を見逃さなかった。振り抜いた刀身から純白の閃光が迸り、流星の雨の如くデュアルブレイドに襲いかかる。だが、閃光の雨が光背を打ち砕いた直後には、デュアルブレイドがこちらを振り向いていた。
「それでこそだ!」
愉悦に満ちたフィエンネルの声が響く中、双戟が降り注ぐ光の雨を尽く跳ね返していく。
「それでこそ、神卓騎士というものだ!」
「いいえ、まだまだ」
ルヴェリスは、デュアルブレイドの双戟がまさに暴風そのものとなって荒れ狂う様を見ていた。二本一対、四刃の双戟は、物凄まじい勢いで回転し、救力の渦を生み出しているのだ。それによって、フルカラーズの攻撃を跳ね返して見せている。
能力頼みのフルカラーズとは違い、純粋に力だけで戦っているのが、デュアルブレイドなのだ。
「こんなものじゃあ、だめよ」
虚空を蹴り、飛び退きながら突剣を振り下ろす。刀身が輝くは赤。紅蓮の炎がデュアルブレイドの真下から噴き出し、その巨躯を持ち上げる。が、即座にデュアルブレイドの全身から放出された救力が炎を吹き飛ばしてしまったため、彼は策の練り直しを迫られた。虚空を蹴るのは、デュアルブレイドも同じだ。救力を用いれば、空中を翔ることくらい容易い。
間合いが詰められ、双戟が唸りを上げた。
ルヴェリスは、咄嗟に突剣で双戟を受け止めようとした。しかし、双戟の交差攻撃を受け止めることかなわず、突剣の刀身は、見事に破壊されてしまった。デュアルブレイドはさらに迫る。双戟が唸る。大気そのものを巻き込みながら、救力の渦が突っ込んでくるようだった。
(だめに決まっている)
このままでは、デュアルブレイドに力負けするのは目に見えている。
それでは、駄目だ。
なぜ、ルヴェリスの相手がフィエンネルで、フルカラーズの相手がデュアルブレイドなのか、わかった気がする。どのような策も技も、能力も、ただの力だけで打ち破り、勝利するのが彼だからだ。
そういう特性は、ベインに似ているが、気のせいではない。
ベインとフィエンネルは、似たもの同士なのだ。技術を持ちながらも、力任せの戦いを得意とし、戦闘狂であるという点において、だ。性格はまるっきり違うし、あまり仲が良いと呼べるような間柄でもなかった。
十三騎士は、救済という大目的のためならばどんな状況であっても一致団結するが、普段は、まったくといっていいほど結束力がなかった。それは、それぞれの個性や考え方、在り様までも縛りたくないというミヴューラ神の方針故だったが、それで良かったのだろう。
仲がどれだけ良かろうと、いざというときに団結できなければ意味がない。
十三騎士は、任務とあらば団結できたし、それだけで十分だった。
十分だったのだ。
(……そうよ。だからって)
ルヴェリスは、脳裏を過ぎった光景に目を細め、そして、戟の一閃がフルカラーズの装甲を断ち切る音を聞いた。凄まじい一撃だったことは、確かだろう。真躯の装甲は、ただの甲冑ではない。ミヴューラ神の力を借りて作り上げた戦闘装備であり、救力の結晶なのだ。並大抵の武器や兵器では傷つけることも能わず、召喚武装でも、簡単には傷つけられないだろう。
それがデュアルブレイドの戟の一撃で破られた。
右の肩口から左脇腹辺りまでをばっさりと断ち切られ、意識が一瞬、遠のくほどの痛みがルヴェリスを襲った。そして、感覚が麻痺していく中で、デュアルブレイドの代名詞たるもう一方の戟が旋回する光景を目の当たりにする。
避けられない。
避けようがない。
既にフルカラーズは中破している上、デュアルブレイドの戟は長く、攻撃範囲は決して狭くはないのだ。後ろに逃れても意味はない。容易く距離を詰められ、切り裂かれるだけだ。
では、右か左に避けるのはどうか。
不可能だ。
どちらに逃れようと、結果は同じだ。目に見えている。
そう、どうしようとも結果は変わらない。
彼が思い描いた通りの結果になるだけのことだ。
(あんまりじゃない)
だれとはなしに毒づいたとき、デュアルブレイドの戟がフルカラーズの左肩に食い込んだ。肩当てを切り裂き、胸甲へ至れば、そのまま真っ直ぐ脇腹まで駆け抜ける。デュアルブレイドの視点から見ることができれば、フルカラーズの装甲には、綺麗な×字が刻まれたことだろう。
そして、その装甲に刻まれた致命的な傷口から極彩色の光が溢れ出す瞬間を目の当たりにすることができたはずだ。
「これは!?」
デュアルブレイドが驚愕の声を上げたときには、もう遅い。双戟は既にフルカラーズが発する光に絡みつかれていたし、そのまま、両方の腕も光に囚われていた。
「知らなかった? 能力を発動するのに、別に剣を用いる必要なんてないのよね」
ルヴェリスは、視界を染め上げる虹色の光の中で、もはや聞こえていないかもしれないフィエンネルに向かって、告げた。虹色の光は、瞬く間にデュアルブレイドの全身を包み込み、捕らえ、拘束し、縛り付け、食い込んでいる。そして、そのまま、破壊していくのだ。
「ただ、この方法は、あんまり使いたくなかっただけなのよ」
とはいえ、この方法、この能力でなければ、デュアルブレイドを越えることはできないことはわかりきっていた。
だからこそ、ルヴェリスは、わざわざ突剣を用い、真躯の能力を模して見せたのだ。突剣が能力発動の鍵であり、フルカラーズの能力の真価が、他の真躯の能力の模倣であると誤認させるために。
その結果、フルカラーズは、立っていられないほどの損傷を負ったが、代償としては増しなほうだろう。
なにせ、勝ったのだ。
目の前には、虹色の光が柱となって聳えていて、徐々に細く、小さくなってる最中だった。
破壊的な虹の光は、デュアルブレイドの双戟ほどではないにせよ、真躯を損傷させるにたるだけの力を持っているのだ。
虹の光が消えるころ、そこにはなにも残ってはいないだろう。
およそ三年前、自分たちを残して去って行った彼らのように。