第三千八十一話 極彩対双戟(二)
フルカラーズの能力は、見てのとおり色彩に纏わるものだ。
様々な色彩を帯びた剣撃を放つことで、その色彩から連想される性質の攻撃を行うことを可能とする。赤ならば炎や熱を生み、青は水を、白は冷気を操り、黄は雷光、黒は大地を司った。それら多様な性質を持つ、多彩な攻撃手段こそ、フルカラーズの特色であり、フルカラーズ単体で、十三騎士の残り十二体の真躯、その能力を再現することも不可能ではない。
ルヴェリスは、デュアルブレイドに打ち勝つため、それをやろうとしていた。
先程までの牽制攻撃で見せた貧弱な炎ではなく、フレイムコーラーの猛火を再現するのだ。オールラウンドの雷光を。エクステンペストの暴風を。十三騎士が真躯、その能力を完璧に再現し、翻弄する。
それ以外に勝機はない。
デュアルブレイドは、近接戦闘においてディヴァインドレッドに次ぐ、ハイパワードと並び立つ真躯だ。近接戦闘だけを見れば、ライトブライトやオールラウンドよりも優れており、フルカラーズがまともにぶつかり合えば、敗北は必至なのだ。
だからこそ、なにがしかの手を打たなければならない。
それも、並の策では意味がない。
デュアルブレイドの持ち前の膂力を前に破られるような、生半可なものでは、勝ち目など見えない。
故に、ルヴェリスは飛ぶ。飛び退きながら攻撃を繰り出し、距離を稼ぐ。一瞬で詰められる距離を少しでも長く、遠く。
そして、盟約の丘から離れようとしたときだった。
飛び退いたつぎの瞬間、背中に衝撃を受けて、それ以上後退することができなかった。小高い丘の麓、丘と平地の境界、その真上だ。なにが起こったのか、一瞬、わからなかった。だが、すぐに理解する。
(そういうこと!?)
愕然としたものの、納得できないではなかった。
これは、試練だ。
救世神ミヴューラからの、現騎士団幹部たちへの試練。未来を切り開くため、さらなる救世の道を歩むための最終最後の試練。
試練には、なにがしかの掟があって当然だ。たとえば手段であったり、方法であったり、場所であったり――。
この試練の掟は、ただひとつ、だろう。
盟約の丘で行う、ということ。
ただそれだけ。
それだけが掟であり、それさえ護っていればどのような方法を用いようと構わない。
(だったら最初にいって欲しいわね!)
詮無いことではあるが、ルヴェリスがそう叫びたくなる当然だった。ミヴューラ神は、試練の開始に当たって、そういったことを一切いわなかったのだ。
騎士団幹部ならば察しろ、ということなのかもしれないし、よくよく考えれば当然のことのように思わなくもないのだが。
それにしたって、事前に一言あるだけで、大きく異なるというのに。
「言い忘れていたが、戦場は盟約の丘の上だけだぞ」
「遅いわよ」
「だから、待ってやっている」
「……あら、ありがと」
いいつつも、ルヴェリスは、それこそ、フィエンネルという人間を再現するということなのだ、と想った。
フィエンネルは、アレウテラスの元闘士だ。
話に聞く限り、闘士というのは、闘技を見世物として成立させることに心血を注ぐものであり、観客を喜ばせなければならないらしい。そうして観客の人気を得ることができなければ、闘士として一流になることはかなわず、ただくたばっていくだけなのだ、と。
フィエンネルは、一流の闘士だった。
彼にとっての戦闘とは、闘技の延長上にあるものであり、たとえ真剣勝負の場であっても、見世物として成立するかどうか、そこに重点を置いていることが多かった。
いまも、そうだ。
ルヴェリスの牽制攻撃をすべて受けきって見せたのも、演出なのだ。見世物としての演出であり、想像上の観客を沸かせるために捌ききって見せたのだ。
ただ攻撃をかわすだけでは、観客受けは良くないらしい。相手の攻撃を捌き、その上で痛烈な反撃を叩き込むことこそ、観客を沸かせる最良の手段である、というのだ。ときには一方的な試合運びも有効らしいが、たいていの場合は、そうではないらしい。
すべて、フィエンネルから聞いたことではあるが、彼が嘘をいうような人間ではないことは、ルヴェリスが一番よく知っている。真面目で真っ直ぐで、戦いのことしか頭にない。それは騎士団幹部にあるまじきことだが、ベインのような人間が幹部として通用するのだ。問題はない。
それに、救済を掲げる騎士団にとって、もっとも重要なのは、救いの手を差し伸べることであり、そのために力を発揮することができるか否かだ。
フィエンネルは、戦闘を闘技として愉しむ部分があるが、騎士団の理念に同調した人物でもあった。救済のために命を投げ捨てることのできる人間なのだ。
騎士団騎士として、同僚として、尊敬に値するひとり。
ルヴェリスは、そんな人物を完璧に再現した偽者を相手にしなければならないことに多少の重苦しさを感じていた。
感じていたが、だからといって、手を止め、降参するわけにはいかないのだ。
立ち向かわなければ、ならない。
ルヴェリスは現在、戦場の端にいる。盟約の丘を包み込む神の結界、その境界付近。結界を越えて外に出ることはできない以上、ここからさらに距離を離すことはできない。これにより、ルヴェリスの当初の目論見は水泡に帰した。むしろ、端に追い詰められた状況に、みずから追い込んでしまった形になってしまったのだ。
(やんなっちゃうわね)
考えてみれば、ありえない話ではなかった。
ただの戦闘ではない。試練なのだ。救世神の試練。戦場が限定される可能性を考慮しなかった自分が悪いと思わなくもなかった。
そして、いつまでも考え込んでいる場合ではない。
フィエンネルが長考を許してくれるはずもない。闘技の演出を考えているのであれば、なおさらだ。なおさら、こちらが打って出ないというのであれば、積極的に突っ込んでくるだろう。
「……行くぞ!」
(ほらね)
宣言とともに駆けだしたデュアルブレイドの猛然たる勢いを見て、ルヴェリスは、目を細めた。距離はある。だが、この程度の距離など、全力を出さずともあっという間に詰まってしまうのが、真躯の能力だ。ただでさえ巨体であり、歩幅が大きいというのに、速度も出るのだから、多少の距離では稼ぐだけの意味がない。
だが、ルヴェリスは悲観などしていなかった。
突剣を翻し、切っ先を足下の地面に突き刺す。刀身が黒い光彩を放つと、大地が激しく震動し、前方の地盤に無数の亀裂が走った。その直上を駆け抜けてくるのがデュアルブレイドであり、その風を切るような速度は、さすがとしか言い様がなかった。あっという間に、稼いだ距離がなくなってしまう。
と、そのときだった。
デュアルブレイドの姿がルヴェリスの視界から消えたのだ。
あっ、と、いう間もなかったのではないだろうか。
デュアルブレイドは、ルヴェリスが丘に仕組んだ罠を踏み抜き、地盤もろとも落下してしまったのだ。真躯は、その巨躯からも想像できるだけの重量があるのだ。ばらばらになり骨抜き状態となった地盤が耐えきれるわけもなく、彼は、重力に従って、地の底へ落ちていった。
ルヴェリスは、その様を見届けることなく、沈下した地盤の上を飛び越えると、そこから距離を取りながら剣を振るった。
これで終わるわけはない。
こんなもので終わるようでは、十三騎士になどなれはしないのだ。