第三千八十話 極彩対双戟(一)
フィエンネル・ザン=クローナ。
“双戟”の異名を持つ神卓騎士は、その二つ名の通り、二本の戟を同時に扱うことで知られている。
並々ならぬ膂力の持ち主であることは、その一事で明白だ。ミヴューラ神の加護を得る以前、アレウテラスの闘士だったころからそうだったというのだから、彼がどれほど鍛え上げられた肉体を持っていたのかはいうまでもないだろう。
騎士となり、救世神の使徒となってからも、彼の膂力の凄まじさは変わらなかった。いや、より一層、鍛え上げられていったに違いない。
そのフィエンネルの肉体を完全に再現したのが、いままで戦っていた相手であり、その偽者は、救世神ミヴューラの分身だった。分霊ともいうらしいが、呼び名などどうでもいいことだ。
大事なのは、ただの偽者ではない、ということだ。
ミヴューラ神の悲痛な苦悩が生み出した存在だというのであれば、受け入れるだけのことであり、それが試練として立ちはだかるのであれば、戦う以外の道はない。
ルヴェリスは、真躯デュアルブレイドを見据え、想った。
デュアルブレイドは、フィエンネルの駆る真躯だ。人間の平均的身長に比較すると、十数倍の巨躯を誇る完全武装の甲冑、それが真躯であり、形状は、十三体それぞれに異なっている。異名を象徴するような姿態をしているものが多いが、デュアルブレイドもそのひとつだ。
“双戟”の名のままに、二本一対の戟を手にしている。のだが、ただの戟ではなかった。二本の戟は、柄の両端に刃を持っていた。幻装双戟をさらに攻撃的に変化させたものと見ていい。それにより双戟による連続攻撃は、さらに苛烈さを増したのだ。
対するルヴェリスの真躯はフルカラーズという。
色彩もあざやかな甲冑を纏う真躯であり、体格においてはデュアルブレイドよりは華奢だった。全体重をぶつけ合ったら間違いなく力負けするだろう。が、力だけがすべてではない。力だけならば、武器の時点で負ける可能性が高いのだ。得物は当然、突剣だ。細く長い刀身は虹色の光彩を帯びており、それが彼の気に入っている部分でもあった。
ふと、後方を見遣る。
空飛ぶ船から飛び降りてきた闖入者は、セツナ=カミヤそのひとであり、ラグナとレム、それにおそらくは話に聞く魔晶人形のウルクが一緒だった。セツナは、どうやらフェイルリングの正体がミヴューラ神であることを知っていたようであり、だからこそ、ルヴェリスたちとミヴューラ神が対峙していることが納得できなかったようだった。
それはそうだろう。
ルヴェリス自身、いまのこの状況を好ましいとは想っていない。
なぜならば、革命以降の騎士団は、ミヴューラ神とともに救世の道を歩んできたからだ。ミヴューラ神の思想に感化され、理念に同調し、ともに行動してきた。対決する必要など、本来ならばあるはずもない。
(でも……)
致し方のないことだ。
ミヴューラ神自身がそれを望んでいて、その先にこそ未来があるというのであれば、剣を取り、真躯を呼ばざるを得ない。
セツナには悪いが、戦わなければならないのだ。
「救国の英雄殿が見ている以上、格好悪いところは見せられないわね」
「言葉だけでは、どうにもならんぞ」
「そんなこと、わかっているわ」
告げて、ルヴェリスは、突剣を振り回した。軽やかに切っ先で輪を描くと、虚空に赤い輪が生まれた。輪の中へ切っ先を突き入れたつぎの瞬間、切っ先に赤い輪が収束し、膨張して真紅の火球となった。火球は、周囲の大気を灼きながら、敵へ向かう。猛然と、デュアルブレイドに襲いかかったのだ。
「笑止!」
デュアルブレイドは、右手の戟を軽く振り抜いて火球を切り裂いて見せる。火球は、戟に切り裂かれた瞬間に爆散し、熱風を撒き散らしたが、その様を見届けるルヴェリスではなかった。そのときには、つぎの手を打っている。
「でしょうね」
牽制攻撃が一蹴されることくらい、見越していないルヴェリスではないのだ。相手が火球を砕いている間に飛び退いて距離を放し、さらに火球を連発する。突剣が虚空に赤い輪を描き、輪が収束、膨張して火球となる。つぎつぎと飛来する火球に対し、デュアルブレイドは、片方の戟だけで応じた。両端の刃を華麗に振り回し、楽々といった様子で火球を撃ち落としていく。
そのたびに爆発が起こり、デュアルブレイドの威容を赤く照らした。
熱風のただ中で、デュアルブレイドは、むしろ涼しげだ。
「アームフォート卿の炎に比べるまでもないな」
「本格的なのと比べないで欲しいわね」
ルヴェリスは、苦笑を交えつつ、突剣の切っ先で地面を撫でつけた。黒い剣閃が走ったつぎの瞬間、大地が隆起した。爆発的な勢いによる地面の隆起は、デュアルブレイドに向かって岩塊を投擲する行為となる。地面そのものが巨大な岩の塊となって、デュアルブレイドに飛びかかったのだ。
無論、デュアルブレイドは、戟を振り回して岩塊を切り裂いて見せるのだが、そのときには、つぎの攻撃に移行しているのがルヴェリスだ。突剣が黄色い剣閃を走らせると、稲妻が生じた。いくつもの稲妻が様々な軌道を辿ってデュアルブレイドに殺到すると、さすがの彼もついに二本の戟を用いざるを得なかったらしい。
だが、そのせいで、ルヴェリスの雷撃は尽く切り裂かれ、デュアルブレイドは無傷で凌ぎきったのだ。
(さすが……としか、いいようがないわね)
デュアルブレイドと、それを駆るフィエンネルを心から賞賛しながら、ルヴェリスは、さらなる手を打つ。手を打ち続けるしか、ルヴェリスにはない。
相手はフィエンネルの真躯なのだ。正面からまともにぶつかり合って、勝算などあろうはずもなく、故に彼は手数を稼がなければならない。それも、ただの手数では意味がない。
布石を打つのだ。
勝利のための筋道をつけていくのだ。
そのためには、ただ手数を稼ぐだけではいけない。
「温いな」
「だったら、冷やしてあげるわ」
(わかっている)
いったこととは裏腹に、ルヴェリスは、内心で彼の発言を肯定した。デュアルブレイドにしてみれば、現状、ルヴェリスの攻撃は生温く感じられて当然だった。実際、ルヴェリスは全霊の攻撃をしかけているわけではないのだ。むしろ、手を抜いてさえ、いる。
飛び退きながら振り抜いた突剣は白い剣閃を描く。白い剣閃は冷気となり、無数の氷塊が雨の如く降り注いで、デュアルブレイドを襲った。デュアルブレイドは、その場から動くことなく、双戟を掲げて回転させた。高速回転する双戟が救力の渦を生み、迫り来る氷塊の数々を巻き込み、粉砕して見せた。
(わかっているわよ)
続け様に繰り出した斬撃は、透明な剣閃であり、突風が起こった。
突風は、一瞬にしてデュアルブレイドに肉薄したが、やはり戟の一撃に粉砕されてしまう。
ルヴェリスの攻撃は、いずれも救力の塊に過ぎない以上、強固な救力の結晶である武器を打ち砕くには、その強度を上回る威力を持っていなければならないのだ。戟に破壊されるということは、即ち、威力が不足しているということにほかならない。
(そんなことは、いわれなくても)
生温い攻撃をいつまでも続けるわけにはいかない、ということもだ。
そんなことをしていれば、デュアルブレイドに付け入る隙を与えることになる。
いまでこそ大きく距離を取ることができているものの、この程度の距離など、真躯同士の戦いではほとんど意味を為さない。
だからこそ、彼はさらに剣を振り、距離を取るために飛ぶのだ。