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第三千七十八話 狂乱対神武(三)

「まったくだな。ラナコート卿」

 ディヴァインドレッドは、空中で静止した状態で大剣を変形させた。二刀一対の双剣の柄頭を接合させたような弓。両端の切っ先から救力の弦が伸び、右手に収束した救力が矢を形成する。

 十三騎士の中で弓の名手といえば、ロウファであり、ロウファの真躯ヘブンズアイは、弓術の延長上のような能力を持っているが、ドレイクは、本人がロウファに次ぐ、あるいは並ぶほどの弓の使い手であるとともに、真躯も同様の能力を実現しているのだ。

 さらにいえば、槍の技量は、騎士団一のカーラインに並ぶし、剣術もまた、並み居る剣士たちの中でも最高峰の腕の持ち主だ。あらゆる武器を使いこなすだけでなく、体術もまた優れている。彼が“神武”の異名を持つのは、神の如き武の化身であるからであり、騎士団騎士は、だれもが彼の戦闘能力を畏怖し、尊敬した。

 騎士団幹部の中でも頭ひとつ飛び抜けているのが、ドレイクなのだ。

「卿の力は、こんなものではないはずだ」

 弓に救力の矢を番えたディヴァインドレッドを睨み据え、ベインは、右腕に力を集めた。距離を取ったがために相手が優勢のまま、一方的な展開になるのでは笑い話にもならない。

「そうだろう?」

 矢が放たれた瞬間、ベインは、ハイパワードを加速させた。最大出力で前進することで、超高速で飛来する矢の真下を潜り抜け、ディヴァインドレッドの真下へと到達する。爆音が大気を揺らし、震動が大地を揺らす。一瞬で形成された救力の矢だが、ディヴァインドレッドの攻撃手段なのだ。生半可な威力であるはずがない。

 視線の先では、ディヴァインドレッドがつぎの矢を形成したところだった。飛びかかり、距離を詰めようとした瞬間、矢が放たれる。そのときには、ベインは右手を翳していた。手のひらを広げ、矢を受け止める。救力同士の衝突によって爆発が起き、衝撃が右手から腕を貫き、全身に伝わっていった。

 強烈な痛みの中で、それでも、ベインは上昇を続ける。最高速度で急上昇し、ディヴァインドレッドを眼前に捉えることに成功した。ディヴァインドレッドの三射目は、ハイパワードの頭からの突貫によって阻止された。腕が動かないから頭から突っ込んだのだが、それが功を奏した。弓ごと腕を跳ね上げ、兜の面に頭突きを叩き込めたのだ。

 衝撃が兜から伝わってきたが、それは紛れもない直撃を食らわせることに成功した証であり、ベインは、内心歓喜に包まれた。

(どうだっ!)

 あのドレイクに直撃を叩き込むことができたという事実に対する喜びは、騎士団騎士にしかわからないだろう。それも、ドレイクが真躯ディヴァインドレッドを持ち出し、全身全霊で臨んでいるという状況なのだ。これが、ただの訓練や組み手だというのであれば、話は別だ。多少喜びこそすれ、翌日には忘れているだろう。

 だが、今回ばかりは違う。

 相手は、本気なのだ。

 あのドレイクが全力でもってベインを叩き潰そうとしている。

「そうだ。これだ」

 ドレイクの声が聞こえたときには、ベインの視界は空転していた。なにが起こったのか、咄嗟にはわからなかった。自分が空中で一回転していることに気づいたとき、投げ飛ばされたのだと悟った。それくらいの早業であり、ベインは、ドレイクの冷静な対応に舌を巻いた。

 直後、爆音とともに激痛が右足に走った。矢だ。救力の矢が突き刺さり、炸裂したのだ。足が装甲もとろもに吹き飛び、右足の膝から下がなくなっていた。

「これなのだ」

 見れば、ディヴァインドレッドは、平然とした様子で弓を構えていた。投げ飛ばしたベインの真躯を瞬時に狙い撃ち、命中させる辺り、見事というほかない。

「これが戦いというものだ」

「はっ」

 ベインは、乾いた笑い声を上げながら、地に叩きつけられる衝撃に備えた。だが、地面に落着するよりも早く、さらなる一射がハイパワードを襲った。今度は左足が狙い撃たれ、爆散した。そして、地面に落着したときには、左腕に両脚を失った無惨な状態に成り果てていた。右腕も、救力の矢を受け止めてぼろぼろだ。

 立ち上がることもできない。

 一方、ディヴァインドレッドは、頭突きを受けた兜の表面以外に傷ひとつなかった。その兜の損傷も、容易く修復されるのは目に見えている。

「こんな一方的なものがかよ」

「卿の戦いも、基本的には一方的なものだっただろう」

(……言い返せねえなあ、おい)

 騎士団としての活動において、ベインたちが本格的に苦戦するような戦いというのは、ほとんどなかった、と、いっていい。相手が武装召喚師を雇っていたり、武装召喚師そのものであれば話は別だが、その場合でも、幻装を用いれば大抵、たやすく片付いたものだ。

 騎士団が苦戦した相手といえば、セツナの所属するガンディアくらいではないだろうか。

 それ以外の戦いの大半が、騎士団の一方的なものだった。蹂躙とさえいえるような戦いさえあったが、それもこれも、救いのためならば、致し方のないことだろう。

「もっとも、わたしがいっているのはそういうことではないがな」

「なんだよ」

「卿も気づいているのだろう? 自分がこれまで、どんな相手でも全力になれなかったことくらい、わかっているのだろう」

「なんだそりゃ」

 ベインは、素っ頓狂な声を上げた。上げざるを得なかった。ドレイクがなにをいっているのか、皆目見当もつかない。

「俺ァ、いつだって本気だぜ? どんな相手にだって、本気で……」

 脳裏に無数の戦場が過ぎった。相手がどれほど弱くとも、手を抜いたことはなかったはずだ。常に本気で戦場に挑み、敵を蹴散らし、今日まで生きてきた。それが自分という人間だった。

「本気で戦ってきた」

「そう、本気では戦ってきたのだろう。それが卿だ。卿という、ベイン・ベルバイル・ザン=ラナコートという人間だ」

「まるで俺のことをなにからなにまで知っているみたいにいいやがって」

「知っているとも」

 ディヴァインドレッドの兜の奥で、双眸が金色に輝いていた。

「わたしはミヴューラだよ」

 その瞬間だけ、彼の声がミヴューラ神そのもののように聞こえたのは、気のせいなどではあるまい。

「正確には分霊だが……まあ、大きな違いはない」

「ミヴューラ様には、俺のことはお見通しだってか」

「そうとも。だからこそ、わたしが卿に当たるのだ。卿の力を、全力を引き出すのは、わたしでなければならない」

 泰然と、それはいう。もはやミヴューラ神の声には聞こえなくなっていたが、神々しい気配は、神のそれそのものだ。魂が震えるのはそのためだろう。自分はいま、神と対峙している。神の分霊たるディヴァインドレッドと、向かい合っている。

 その事実がベインを震わせる。

 それは恐怖ではない。

 歓喜。

「騎士団最強たる“神武”のドレイクでなければ、このディヴァインドレッドでなければならないのだから」

「……はっ」

 吐き捨てたのは、そうしなければ言い返せそうになかったからだ。みずからを奮い立たせるために、悪態をつく。それは昔からの彼のやり方だった。

「さっきから全力全力ってよぉ、まるで俺がいまのいままで全力じゃなかったみてえだろが!」

「そうだろう。卿は、全力を出せない」

「なにを……」

 ディヴァインドレッドの断言は、冷ややかで、どうにも絶対的だ。抗しがたい力が働いていて、ベインでさえ、言葉を飲み込まざるを得ない。

「全力を出せば、周囲を巻き込んでしまうから。“狂乱”の果てに、すべてを台無しにしてしまうから。卿は、全力を発揮することができない」

 


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