第三千七十七話 狂乱対神武(二)
「卿の真髄、そんなものではあるまい」
「ああ、もちろん」
売り言葉に買い言葉でいってのけたものの、ベインは、さすがはディヴァインドレッドだと認識を改めざるを得ない状況にあった。
ディヴァインドレッドは、大剣を主要武器とするが、それだけではない。大剣は、分割することで二刀一対の双剣となり、双剣は弓となる。また、大剣の柄を伸ばすことで槍に変化させることも可能であり、つまり、近・中・遠――あらゆる距離に対応できるのだ。
近接戦闘特化のハイパワードとは、決して相性がいいとはいえない相手だ。
(そもそも、だ)
ハイパワードと相性がいい真躯といえば、近接戦闘を得意とするデュアルブレイドくらいのものではないか。ほかの真躯は、近接戦闘型であっても、中距離、遠距離に対する攻撃手段を持っているはずであり、デュアルブレイドだって、なんなら中距離攻撃くらい可能ではなかったか。
ここまで近接戦闘に特化した真躯は、ベインのハイパワードをおいてほかにはなく、そういう意味では唯一無二といっても過言ではないだろう。
それがいいか悪いかどうかの判断は、できかねるが。
(現状、悪いとしか思えねえが)
もっとも、相手が相手なのだ。
たとえ、ベインの真躯が中距離、遠距離に対応可能であったとしても、一方的な展開になったかもしれない。
ドレイクのディヴァインドレッドは、無尽蔵の力を誇るワールドガーディアンに次ぐ力を持つのだから。
負けたとしても、なんら恥じることはない。
「はっ」
ベインは、自嘲するように笑った。
「負けを恥とも思わないなら、終わりだっての」
そうつぶやいたのは、自分を鼓舞するためだ。負けることを視野に入れている自分自身の弱さに反吐が出そうだった。そんなことでは、シドと並び立つことなどできるわけがない。シドならば、どんな逆境であっても、諦めないはずだ。敗北を視野に入れることなど、あるわけがない。
シドは、常に前を向いている。
どのような状況であっても諦めず、光を見ている。
その光を一緒に見ていたいから、彼と歩む決意をし、ここに立っている。
(そうだろう? ベイン)
「ベイン・ベルバイル・ザン=ラナコートさんよぉ!」
猛るようにして、吼えた。同時に全身全霊の力を解き放つ。
「狂ったか」
「ああ、そうさ」
呆れたような相手の言葉を否定せず、彼は嗤った。いつものように。
「俺は狂ってるんだよ」
だからこそ、“狂乱”などという二つ名をつけられ、恐れられるようになったのだ。
騎士団の騎士のだれからも恐怖の対象として見られ、ほかの十三騎士のように尊敬の目を向けられることは少なかった。だが、それでよかった。騎士団の騎士であり、幹部であり、十三騎士のひとりだったが、彼は、常に孤独だったからだ。
ドレイクのような孤高ではない。
孤独。
決してだれとも理解し合えない孤独が、彼にあり、その寂しさを忘れるべく、戦いに明け暮れた。闘争だけが、孤独を埋めてくれた。
シドと出逢うまでは、それがすべてだった。
いや、いまでもそうかもしれない。
ただ違うことがあるとすればそれは、闘争の先にシドがいるということだ。シドと並び立つという目標があるということだ。シドが掴み取るであろう輝かしい未来。その様を側で見ていたいという望みがある。
それは、大きな違いだ。
もはや、孤独ではない。
そして、その事実が彼を奮い立たせるのだ。
自分のためではなく、誰かのために。
それは、騎士団の理念であり、救世神ミヴューラの本願だった。
「けどよ、これじゃあ足りない。足りないんだよ」
ベインは、ディヴァインドレッドを睨み据え、踏み込んだ。大剣の間合いに飛び込めば、当然、斬撃が襲いかかってくる。わかりきった、猛然たる斬撃。右からだ。右腕を潰そうというのだろうが、そうはいかない。ベインは上体を捻り、左手で大剣を受け止めて見せた。その瞬間、強烈な衝撃が左手を突き抜け、手のひらから肘の辺りまでが吹き飛んだが、大剣の勢いは殺せた。
その隙に、ディヴァインドレッドの懐に潜り込めば、相手は隙だらけだ。
「そうか」
ドレイクの冷厳な声が響いた瞬間、ベインは、脳が発した警告を信じて飛び退いた。直後、ディヴァインドレッドを中心とする救力の爆発が起きた。閃光がベインの視界を白く塗り潰し、衝撃がハイパワードの全身を貫く。凄まじい痛みが体中を駆け抜けたかと思うと、地面に叩きつけられた。咄嗟に跳ね起き、ディヴァインドレッドを見遣る。
爆発は既に収まっていた。
爆心地の地面は、半球形に大きく抉れていて、その中心にディヴァインドレッドの姿があった。無事だ。なにひとつ損なわれていない。ハイパワードに蹴りつけられた腹部装甲も、殴られ、ひしゃげたはずの兜も、なにもかも元通りに戻っている。
(はっ……)
ベインは、笑いたくなった。
いまの救力の爆発は、ディヴァインドレッドが全力を解放したことの証だ。膨大な救力の解放が、救力によって構成される真躯の損傷箇所を瞬時に修復し、元通りにしてしまったのだろう。そして、充溢した力は、ディヴァンドレッドの全身から溢れ、周囲の空間すら歪めて見せてしまうほどだった。
「足りないのだろう? こればならば、どうだ」
大剣を無造作に構えるディヴァインドレッドの姿に威圧感を覚えずにはいられず、ベインは、苦笑した。力の差は、あまりにも歴然としている。
「そういうとっておきは、いざというときのために置いておくもんだぜ」
「いまが、いざ、というときだ、ラナコート卿」
「そうかい」
地を蹴り、加速する。一足飛びに間合いを詰めれば、ディヴァインドレッドもまた、唸るようにして飛び込んでくる。
「そいつぁあ、嬉しいねえ!」
「それはよかった」
ディヴァインドレッドの大剣が閃き、ハイパワードは、勢いよく吹き飛ばされた。ただ吹き飛ばされただけだ。斬られてはいない。防御が間に合っている。もっとも、だからといって状況が好転するはずもない。吹き飛ばされた状態で、追撃を受けざるを得ないのだ。ディヴァインドレッドには、情けや容赦という言葉が存在しないようだった。猛然とベインに追いつけば、全力で大剣を叩きつけてくる。
ベインは、後方に下がるのではなく、むしろ前方に向かって全力で加速することで、全体重を乗せた体当たりを相手にぶつけた。十分すぎるほどの手応えがあった。だが、ディヴァインドレッドは、微動だにしない。
「そんなものか?」
「冗談!」
理不尽なまでに強い相手に対し、しかし、ベインの闘争心は折れることがなかった。むしろ、燃え盛っている。
相手が強ければ強いほど燃えるのが、本来のベインなのだ。
敗北を前提に考えるような、そんな柔な人間ではなかった。
「こんなものっ!」
まったく効果のない体当たりの態勢のまま、ベインは、右手で相手の頭を掴んだ。兜の奥、ディヴァインドレッドの双眸がこちらを見据えている。冷静に、状況を分析している。だが、ベインは止まらない。勢いをつけて、振り上げる。
「本気でもなんでもないっつーのっ!」
全霊を込め、ベインは、右腕の力だけでディヴァインドレッドの巨躯を投げ飛ばした。
もっとも、ディヴァインドレッドは、当然のように空中で静止し、態勢を立て直してこちらを見下ろしてきたが。
距離と時間は、稼げた。
(そんなものに意味はねえがな)
彼は、自嘲するでもなく、笑った。
闘争心が、満たされていく。