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第三千七十五話 救世への道(七)

「いったい、なにをしているんですか!?」

 セツナは、喉が張り裂けんばかりの大音声を上げた。

 十体の真躯は、丘の一カ所に集まっているわけではなく、様々な場所に散らばり、一対一といった様子で対峙していたからだ。全員に聞こえるように、声を張り上げた。のだが、よくよく考えてみれば、真躯に対し、大声を上げる必要などなかったのではないか、と、想ったりもした。

 真躯は、いわば神の力であり、彼らはミヴューラの使徒といっても過言ではないのだ。その身体能力や五感は、常人とは比べものにならないほどに強化されており、セツナが普通の音量で話すだけでも十二分に聞き取れたのではないか。

「見ればわかるでしょう? 戦っているのよ」

「まったくだぜ、名誉騎士殿。見りゃあわかることを聞くのは、野暮ってもんだ」

「たまにはいいことをいうな」

「たまには? 俺ァ、いつだって名言しか吐かないぜ」

「よくいう」

 ルヴェリス、ベイン、ロウファ、三者三様の返答は、それぞれの真躯から聞こえてきたものだった。色鮮やかで流麗な甲冑を纏う真躯はルヴェリスのフルカラーズだろう。見るからに堅牢で厳めしい真躯はベインのハイパワード、一見華奢だが光背が特徴的な真躯はロウファのヘブンズアイで、その両者に関しては見覚えがあった。

 そして、もっとも記憶に残っている真躯であるシドのオールラウンドが、こちらを見た。雷神を想起させる甲冑と光背は、まばゆいくらいに輝いている。

「……ということです、セツナ殿。手出し、口出し、無用に願います」

「そんな……シドさんまで!?」

「ルーファウス卿のいうとおりです、名誉騎士殿」

 そういってきたのは、オズフェルトだった。見れば、その真躯は、眩むような輝きに満ちていた。オズフェルトの異名“光剣”は、真躯ライトブライトにも現れているのかもしれない。

「これは、わたしたちの戦いです」

「オズフェルトさん……どうして……? ミヴューラ様と戦う必要がどこにあるんですか?」

「これは、わたしたちにとっての試練ですから」

「試練……」

 力強く断言されて、セツナは、茫然とした。試練。そう言われてしまえば、なにも言い返せなくなる。

(試練……)

 セツナだって、何度となく試練を乗り越え、いまの力を得た。それに、いままさに、ファリアたちは異世界でそれぞれ愛用する召喚武装相手に試練を受けているのだ。オズフェルトたちが、ミヴューラ神を相手に戦うことが試練というのであれば、それを否定する道理はない。

 とはいえ、ミヴューラ神の意見を聞かなければ、結論は出せない。

 だから、セツナは、オズフェルトが対峙する真躯に問うた。ワールドガーディアン。もっとも偉大でもっとも荘厳で、もっとも強力な真躯は、フェイルリングの真躯だが、おそらく、ミヴューラ神が操っているに違いなかった。

「そうなんですか……? ミヴューラ様……」

「彼らの言の通りなり。これは試練。我が課す最後にして最大の試練なり。故に、何者にも邪魔はさせぬ」

 ミヴューラ神の声が響くと、ワールドガーディアンが動いた。地に突き立てられた極大剣から神威が迸り、丘の地表を走り抜けたかと思うと、セツナの眼前へと至り、立ち上った。そして、障壁となってセツナたちを取り囲んだのだ。

「これは……」

「神威による障壁じゃな。あくまでわしらに手出しをさせまいとしておるのじゃ」

 ラグナがセツナの頭の上で、冷静にいってきた。

「それに、わしらを巻き込むまい、としてもおるのじゃろう」

 それは、いわれずともわかることだった。

 神威の障壁からは、害意は伝わってこず、むしろ、セツナを優しく包み込むように柔らかな光を発している。その光の向こう側で、十体の真躯が動き出していた。大地が鳴動し、激しく揺れ始める。人間の何倍もの巨躯を誇る巨人たちが一斉に動き出せば、そうもなろう。

 ワールドガーディアンの極大剣とライトブライトの光剣が激突し、空間を歪めるほどの力の爆発を起こさせる。

「見守るしか……ないんだな」

 セツナは、障壁の向こう側で繰り広げられる激戦を見つめながら、そうつぶやくしかなかった。

 障壁を破ることは、不可能ではあるまい。完全武装を用いれば、いくら救世神の障壁といえど、こじ開けることは難しくないはずだ。

 だが、そんなことをして、いったいなんの意味があるのか。

 オズフェルトもミヴューラ神も、試練といったのだ。

 試練は、当事者たちの問題であり、彼らが乗り越えなければならいものなのだ。

 部外者が手出ししていいものではない。

 ファリアたちがそれぞれたったひとりで試練に挑んでいるように。

 セツナが、ただひとりで試練を乗り越えてきたように。

 オズフェルトたちも、それぞれの試練を乗り越えなければならないのだ。

 その先にこそ、彼らの輝かしい将来へと通じる道が切り開かれる。

 

(まったく、お人好しだよ、あんたは)

 ベイン・ベルバイル・ザン=ラナコートは、思わず苦笑した。

 この緊張感に充ち満ちた戦場に突如として現れたのは、ベノアガルドの大恩人たる名誉騎士だった。セツナ=カミヤ。ベノアガルドの窮地を救った英雄がなにをしに現れたのかと思えば、ベインたちの様子を見て、大慌てに慌てた様子を見せたものがから、彼は、苦笑するほかなかったのだ。

 おそらく、セツナは、真躯同士の対峙を見て、仲違いや内部抗争でも想像したのだろう。それで、狼狽え、仲裁しようとした。

 それは紛れもなくセツナのひとの良さから出たものだ。

 名誉騎士とはいえ、彼は騎士団の人間ではないし、騎士団内部でどのようなことが起きようと、関係がなかった。わざわざ、面倒ごとに首を突っ込む理由はない。しかし、セツナならばそうするだろう、という説得力は、大いにあった。彼がネア・ベノアガルドとの戦いに参戦したのだって、結局のところ、彼のひとの良さが理由なのだ。

 いくらマリア=スコールがベノアで世話になっていたからといって、レムがテリウスに助けられたからといって、戦争に力を貸す道理はない。

 ひとが良すぎるのだ。

 困っているひとを見ると、放っては置けない。

(まるでミヴューラ様の理念を体現しているような)

 そんな人間だからこそ、自分のような人間すら好感を抱いてしまう。

 頼めば、彼は即座に手を貸してくれるだろうし、全力で間を取り持とうとしてくれるだろう。そういう人間だ。どこまでも優しくて、際限がない。

 故に、彼の周囲にはひとが集まるのだ。

 だが、それはそれ、これはこれだ。

 こればかりは、今回ばかりは、彼の手を借りるわけにはいかない。

「名誉騎士……か」

 ドレイクがセツナを一瞥して、つぶやいた。真躯の兜の奥に輝く双眸は、なにを想うのか、ベインには想像もつかない。

「百年ぶりのな」

「ふむ。彼に相応しい称号といえよう」

「ああ、そうとも」

 力強く肯定しながら想うのは、ドレイクのことではない。ドレイクを演じている神のことだ。

(当然、あなたにもわかるか。ミヴューラ様よ)

 偽者は、偽者だった。

 だが、その正体がミヴューラ神であると判明し、理由もわかったいまとなっては、偽者騒動への様々な感情は消え失せている。

 あるのは、ミヴューラ神への熱い想いだ。

 彼がいまこうして、騎士らしく振る舞っていられるのも、ミヴューラ神との邂逅を経たからこそなのだ。

 だから、ここは自分の手で勝利を掴み取らなければならない。

 ベインは、ハイパワードの拳を握り締め、構えた。

 真躯対真躯の戦闘は、激しいものにならざるを得ない。



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