第三千七十四話 救世への道(六)
「これは……いったい……」
セツナが思わず唸ったのは、映写光幕に投影されている光景が想像していたものとはまったく異なっていたからだ。
ベノアの西の小高い丘、その上に十体の巨人がいた。甲冑を纏った巨人たちにははっきりと見覚えがあり、それらが真躯であることは瞬時にわかった。そしてそれらが対峙していて、一触即発といった様子に見えたものだから、セツナは愕然としたのだ。
「なにやら揉め事かのう」
「内部抗争……でしょうか」
「そのようだな」
「そんな馬鹿な」
セツナは、映写光幕に張り付きながら、叫ぶようにいった。
丘の上で対峙しているのは、魔晶城での戦いの後、ベノア島に向かったフェイルリングたちと、ベノアガルドにいただろうオズフェルトたちなのだが、両者が争う理由などあろうはずもなかった。オズフェルトたちは救世神ミヴューラによって選ばれた騎士であり、フェイルリングは、ミヴューラそのものだというのだから、なおさらだ。
「じゃが、あやつらの内部抗争に巻き込まれたという話だったではないか」
「あれは……!」
説明するのももどかしかった。
確かにラグナのいうことも一理ある。確かにそういう側面もあったかもしれない。だが、真実は違った。ハルベルト・ザン=ベノアガルドは、邪神アシュトラに欺かれ、操られていたのであり、内部抗争と呼べるものではなかった。邪神による破壊工作以外のなにものでもなかったのだ。
“大破壊”によって心に傷を負ったものが、邪神の謀略に巻き込まれてしまった。それだけのことだ。
無論、それによってベノアガルドが被った損害、失った人命の数を考えれば、簡単に許されていいものではないのも事実だが、ベノアガルドの騎士団は、ハルベルトを赦している。赦すこと。それこそ、騎士団の騎士団たる所以であるとでもいわんばかりに。
「あれはなんじゃ?」
「アシュトラのせいだろ!」
「まあ、そうじゃな」
ラグナが驚いたのは、セツナの剣幕に、だろう。セツナ自身、なぜそこまで声を荒げたのか、自分でもよくわかっていなかった。そこまで騎士団に入れ込む道理はないはずだが、どうやら、セツナは知らず知らずのうちにベノアガルドの騎士たちに並々ならぬ好感を抱いていたらしい。
だからこそ、その騎士たちがぶつかり合っている現状が解せず、混乱が生じている。
「……ともかく、この状況、放っておくのはまずいな」
「……ええ」
マユリ神の言葉にうなずきながら、映写光幕を見据える。
真躯が対峙する丘は、既に半壊しているといっても過言ではなく、そのことから、とっくに戦闘が始まっていて、決着がつかないから互いに真躯を解放した、という風に取れなくもなかった。
だとすれば、なおさらのこと、放っておくわけにはいかない。
セツナたちを乗せた魔晶船がベノア島にいるのは、ミヴューラ神と対話するためだった。
かつてはザルワーン島に現れ、つぎに魔晶城に姿を見せて、セツナに協力してくれた救世騎士団。それは、ベノアガルドの騎士たちによって死亡が確定されていたフェイルリングたちだった。驚くべきことだが、セツナは、彼らが“大破壊”を生き延びたのだと思っていたのだが、どうやらそうではなかったらしい。
フェイルリングも、カーラインたちも、いずれも救世神ミヴューラそのものであり、マユリ神もラグナもその事実に気づいていたという。
なぜ、あのときなにも教えてくれなかったのか、といえば、そのような状況ではなかったから、ということだった。
確かにエベル、窮虚躯体との戦闘中にフェイルリングたちの正体について言及されては、余計に混乱するだけだったのは間違いないだろう。
その点については、マユリ神とラグナの判断は正しく、セツナも、ふたりの説明に納得したものだった。
そして、その事実が判明した直後、即座にベノア島に向かうことにしたのは、ミヴューラ神が、オズフェルトたちと再会した後、またすぐにどこかに旅立つ可能性があり、そうなれば所在地を掴むのも一苦労となるからだ。
ネア・ガンディアとの決戦に備え、戦力の拡充を図らんとするセツナたちにとって、ミヴューラ神との連携は必要不可欠であり、そのためにもミヴューラ神と直接話し合うべきだと考えていた。
ミヴューラ神は、救世騎士団として活動していたことからもわかる通り、数多の皇神とは異なる考え方の持ち主だ。
本来在るべき世界に還ることを望むのは、神属にとっての本能だ。故にそれを否定することはなにものにもできないが、だからといって、そのためにイルス・ヴァレが滅ぶ結果になろうとも構わないという過激な考えに至るのは許しがたく、故にセツナは、これまで神殺しを重ねてきたのだが、そういった神々とは一線を画するのがミヴューラ神なのだ。
ミヴューラ神は、己が在るべき世界に還るよりも、まず、この世界のひとびとを救うことを優先しているようだった。
神卓に封印されたのだって、そうだ。
聖皇に反発したからこそ、神々に封じ込められ、数百年の長きに渡って同調者が現れるのを待ち続けることになった。そして、フェイルリングと邂逅を果たしてからというもの、ミヴューラ神は、騎士団に救済を掲げさせ、その大義の下に活動させるようになった。
騎士団が活動し、名声を高め、評判を得ることは、即ち、ミヴューラ神の力の増大を示しており、ミヴューラ神は、いずれ、その積み重ねによって大いなる力を得、世界を救おうとしていたのだ。
その想いは、いまも変わらないだろう。
だからこそ、救世騎士団として活動していたのであり、セツナの窮地を二度も救ってくれたのだ。
であれば、協力を取り付けることそのものは、難しくはないだろう、と、セツナは楽観的に考えていた。問題は、所在地だ。
拠点を持たず、世界中をさすらう救世騎士団の所在地を掴むのは、困難を極めること間違いない。
ベノアガルドに向かったはずのいまを逃せば、世界中を探し回らなければならない羽目になりかねず、準備もそこそこに魔晶城を飛び立ったのだ。
現在、魔晶船には、魔晶兵器や魔晶人形の類が一切積載されておらず、それらは、ミヴューラ神との交渉を終えた後、魔晶城に戻って積み込む予定になっている。
(急いで良かった)
セツナは、映写光幕に映し出された光景を食い入るように見つめながら、そう思うほかなかった。もし、魔晶船の出発を先延ばしにしていたら、セツナたちがベノア島に辿り着く頃には、騎士たちの戦いは終わっていたことだろう。
そうなれば、どうなっていたか。
いや、そもそもだ。
なぜ、同じ理念を持つものたち同士で対立しているのか。互いに真躯を持ち出すほどの状況になっているのか。
セツナたちには、まったく状況が掴めなかったし、だからこそ、船を急がせた。
ベノアガルド領土北西部の丘へと急行すれば、十体の真躯が対峙したまま、こちらを警戒した。
当然だろう。
飛翔船にせよ、魔晶船にせよ、いずれも騎士たちにとっては馴染みのないものであり、彼らが全力で警戒するのは当たり前のことだった。丘に降り立とうとすれば、迎撃されること間違いない。
そのため、船の高度を保ったまま、セツナは、ラグナ、ウルクだけを伴って、地上に舞い降りた。ラグナの魔法は、こういうとき、大いに活躍する。
丘の上に降り立ったセツナたちを目視した十体の真躯は、どこか困ったような様子を見せた。




