第三千七十三話 救世への道(五)
「焼き尽くせ」
ゼクシス・ザン=アームフォートの全身が救力の光に包まれるのを見て、シドは、目を細めた。その一言がなにを意味し、その膨大な救力がなにを示すのか、瞬時に理解できないシドではない。
それは、十三騎士のみに許された力の発露であり、真躯の解放を示す言葉であり、現象だった。
偽者たちの正体が明らかとなり、終わるかと想えた戦いは、ミヴューラ神の意向によって続行されることとなった。もはや戦う意味はなく、戦意も闘志も失われかけていたシドだったが、ゼクシスが全力で突っ込んでくるものだから、対応するしかなかった。それも、中途半端な対応では、だめだ。全力で応戦しなければならず、その結果、全身が傷だらけになるほどの激闘が繰り広げられた。
そして、これだ。
ゼクシスは、さらなる力を引き出すべく、真躯を解放した。
まさか真躯を持ち出すほどの戦いになるとは、さすがのシドも想定外のことだった。真躯は、まさに神の力といっても過言ではない代物だ。人間対人間の戦いに持ち出すことはなく、たとえ相手が皇魔のような人外であっても、余程のことがなければ使用するものではない。
真躯は、ミヴューラ神の許可があって初めて使用可能となるものだった。
“大破壊”以降、シドたちは真躯を度々使用していたが、それは、ミヴューラ神の許可が降りていたからであり、おそらく、ミヴューラ神は、フェイルリングを演じながらも、どこかでシドたちが真躯を用いることを許可していたのだろう。でなければ、真躯を用いることなどできなかったはずだ。
そしていま、ゼクシスも真躯を用いる許可を得ている。
当然のことだ。いま目の前にいるゼクシスは、本物のゼクシスではない。ミヴューラ神が作り上げた偽者なのだ。ミヴューラ神に許可を取るまでもないのではないか。
救力の光に神威が混じり、それが轟然たる炎となって渦巻くと、巨大な紅蓮の甲冑が具現した。まさに燃え盛る炎の如き威容を誇るのが、ゼクシスの真躯フレイムコーラーであり、その威圧的かつ猛々しい姿は、真躯の中でも一、二を争うくらいに攻撃的といえた。
人間の数倍の巨躯を誇るそれは、やはり、対人間に用いる武装ではあるまい。
「……どうした。なにをしている、ルーファウス卿」
「どうしたもこうしたもありませんよ」
シドは、幻装雷剣を構えながら、なんともいえない顔をした。ゼクシスの気持ちは痛いほどわかる。せっかく真躯を持ち出したのだ。シドも真躯を持ち出してくれなければ、戦いは一方的なものとなり、弱いものいじめになってしまう。それでは、騎士団騎士の名折れにもほどがあるというものであり、いくらこの状況でも、これでは手の出しようがない、というものだろう。
だが、シドには、真躯を解放できない理由があった。
「わたしの真躯はもう――」
「力ならば、既に戻っているはずだ」
「え?」
「我らが神が、見離すわけがないだろう」
当然のようにいわれて、シドは、ミヴューラ神を見遣った。神々しい光に包まれたフェイルリングの姿は、いままさに真躯を解放しようという様子にほかならない。シドは、再びゼクシスに視線を戻し、剣を翳した。
「轟け」
告げ、その瞬間、体の奥底から溢れ出る電流を感じた。莫大な救力が奔流となって溢れだし、あらゆる感覚を貫き、膨張していく。
真躯オールラウンドが顕現する。
盟約の丘を戦場とする戦いは、激化の一途を辿っていた。
幻装同士の激突ですら、丘の形状を一変させかねないほどのものだったのだが、だれもが真躯を解放し始めたいまとなっては、丘のみならず、周辺の地形の将来さえ憂慮しなければならない事態となっていた。
“神武”ドレイク・ザン=エーテリアは、真躯ディヴァインドレッドを駆り、“狂乱”ベイン・ベルバイル・ザン=ラナコートが真躯ハイパワードと対峙している。あらゆる面で最高峰の能力を誇るディヴァインドレッドに対し、ハイパワードは剛力が頼みだ。ぶつかり合えば、どちらが有利かは、一目瞭然といえた。そこをどう突破するのかは、ベインにかかっている。
“絶槍”カーライン・ザン=ローディスの真躯ランスフォースは、“天弓”ロウファ・ザン=セイヴァスの真躯ヘブンズアイと睨み合っていた。中・近距離を得意とするランスフォースに比べ、ヘブンズアイは完全に遠距離特化の真躯だ。距離を取ることさえできれば、一方的な戦いに持ち込むことも不可能ではあるまい。もちろん、それが容易いことではないことくらい、知らないオズフェルトではないが。
“双戟”フィエンネル・ザン=クローナは、真躯デュアルブレイドでもって、“極彩”ルヴェリス・ザン=フィンライトの真躯フルカラーズと激突寸前といった状況だ。長大な二本一対の戟による猛攻を得意とするデュアルブレイドに比べ、多彩な攻撃手段を持つのがフルカラーズだが、その多様な攻撃法法がデュアルブレイドに通用するかはわからない。
“烈火”ゼクシス・ザン=アームフォートの真躯は、フレイムコーラー。“雷光”シド・ザン=ルーファウスの真躯オールラウンドと対決しようとしている。その名の通り猛火を操るフレイムコーラーに対し、雷光を操るオールラウンドがどのような戦いを繰り広げるのかは、未知数だ。
そして、オズフェルト。
救世神ミヴューラそのものたるフェイルリングもまた、真躯を解放していた。
最強無敵の真躯ワールドガーディアン。その威容は、どの真躯よりも巨大にして荘厳であり、神々しくも、美しかった。対峙するオズフェルトも想わず見惚れるほどだ。まさに救世神の名に相応しい姿といってもよければ、そういっていいだけの力を秘めてもいる。
ワールドガーディアンは、真躯の中でも最強であり、オズフェルトの真躯と比べるまでもないのだ。
だが、オズフェルトは、退くわけにはいかなかった。こうなった以上、立ち向かう以外の選択肢はないのだ。ミヴューラ神が話を聞いてくれるのであればまだしも、そうではなく、もはや交渉の余地など存在しないのだから、どうしようもない。
決着をつけなければ、ならない。
「照らせ」
オズフェルトは、その一言によって真躯を解放し、顕現した。
体内から全身を貫くように迸った救力が神威を伴い、仮初めの巨大な肉体を具現する。それは強固な甲冑を纏い、光を帯びた。真躯ライトブライト。“光剣”のオズフェルト・ザン=ウォードに相応しいと散々褒めそやされてきた真躯は、彼の手足そのものとなって動いた。
「そう、それでいい。それでいいのだ、ウォード卿。いや、現騎士団長よ」
フェイルリングの言葉で、ワールドガーディアンは語る。
「卿は、わたしを乗り越えねばならぬ。わたし、フェイルリング・ザン=クリュースを、真躯ワールドガーディアンを乗り越えねば、この混沌たる世に救いの道を示すこともままならぬ」
だからこそ、戦うのだ、と、彼はいわんばかりだった。
「それは、卿もわかっていることだろう」
「ええ」
故に、それ以上、語る言葉はない。
確かに、彼のいう通りだ。
ミヴューラ神の、言葉通りなのだ。
いまのまま満足しているようでは、この先、この世界を救うことなどできはしまい。
たとえ、ミヴューラ神と合流したとして、いままで通りの力を振るうことしかできないだろう。
それでは、駄目だ。
いまさらのようにその事実を理解したのは、フェイルリングとの戦いの中で、自分の実力というものを直視することができたからだ。
ほかの騎士たちもそうだろう。
ミヴューラ神演じる偽者たちは、オズフェルトたちにとって自分を映す鏡のようなものであり、超えるべき壁だったのだ。