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第三百六話 守護龍(三)

「まさか、ロック軍団長が一緒に来てくださるだなんて……!」

 カインは、自軍部隊の陣地に戻っていくロック=フォックスの背中を目で追いかけながら、ウルの戯れ言を聞いていた。彼女は胸の前で手を組み、目をきらめかせているに違いない。ロックやレノの前では、そういう女を演じているようだ。

「偵察に戦力は不要だがな」

「あら。わたしとしては盾になってくれる人間はひとりでも多いほうがいいわよ」

 ウルの素顔の言葉に、カインは笑みを浮かべるしかなかった。彼女はやはり、本質として魔女なのだ。自軍の兵士ですら、使い捨ての駒としてしか認識していない。

「そうか」

 カインは野営地が整理されていく様を一瞥すると、進路上に降臨したドラゴンに視線を戻した。つい一時間ほど前、ウルに叩き起こされた彼は、寝惚け眼でドラゴンを認識し、驚愕とともに覚醒したものだった。

 ファブルネイアの色彩である群青の鱗に覆われた龍の首。天を衝く光の柱の中から現れたといい、光を放ったともいう。

 それが一体何なのか、ランカイン=ビューネルにもわからない。ランカイン=ビューネルは、ザルワーンの深部に関わっていたわけではない。魔龍窟に落とされ、戦闘術と武装召喚術を学んだだけのことなのだ。魔龍窟を出た後は、ザルワーンの武装召喚師として活動する傍ら、カイル=ヒドラのひとりとして動いていた。

 ザルワーンがドラゴン召喚の秘術を編み出していたとして、ランカイン=ビューネルには知る由もなかった。

「気になるのね」

「ああ」

 カインはうなずきながら、手のひらを握っては開いた。ドラゴンを認識した直後、彼は、火竜娘の召喚を試みている。しかし、武装召喚術は失敗に終わり、火竜娘の召喚はなされなかった。火竜娘だけではない。地竜父も、魔竜公も、双竜人、光竜僧さえも、彼の召喚に応じなかった。カイン以外の武装召喚師に召喚されたまま、召喚者が死んだという可能性も捨てきれない。

 魔龍窟の武装召喚師は、同じ術式を学ぶ。同じ呪文、同じ術式、同じ召喚武装を使いこなせるように訓練を受ける。火竜娘、地竜父、魔竜公、天竜童、双竜人、光竜僧、幻竜卿――数多くの召喚武装の扱い方を学ぶのだが、そのうち得意とする召喚武装しか使わなくなるのが人間というものかもしれない。カインが火竜娘と地竜父を召喚するのも、ほかの召喚武装とはなんとなく合わなかったからだ。感覚的な問題でしかない。

(なにが起きている……?)

 カインは、ドラゴンを睨みながら思考を巡らせていた。

 北進軍に入ってきた情報では、中央軍がふたりの武装召喚師を撃破している。ジナーヴィ=ライバーンとフェイ=ヴリディア。ふたりはワイバーンを名乗ったそうだが、どうでもいいことではある。ともかく、ふたりのうち、ジナーヴィの召喚武装は白金の鎧であったらしく、それが天竜童だということは察しがついたし、ジナーヴィの死後、中央軍によって回収されたという話も聞いている。天竜童は召喚されたまま、この世界に取り残されたということだ。つまり、天竜童が召喚できないのは道理だ。

 一方、フェイが召喚した武装は、二本の小刀だったらしい。擬体を生み出すという能力は、間違いなく双竜人のものだ。しかし、フェイの死体は双竜人を手にしていなかったようで、どうやら死ぬ間際に送還したらしいことが窺える。

(律儀なものだ)

 双竜人という凶悪な性能を秘めた召喚武装がガンディア軍の手に渡るのを防ぐには、どんな状況にあったとしても送還するしかないのも事実だが。

 つまり、双竜人は元の世界に還ったのだ。

 ならば、カインの召喚にだって応じるはずだった。しかし、カインがいくら呪文を紡いでも、双竜人の召喚は果たされなかった。呪文を間違えて覚えているという可能性は無いとは言い切れないが、極端に低いといっていいだろう。血反吐を吐きながら覚えた呪文だ。それこそ、脳髄に刻みつけていると言っても過言ではない。

 では、ほかのだれかが召喚しているのか、召喚したまま死んだという可能性も捨てきれないのだが、カインは妙な引っ掛かりを覚えていた。

 そもそも、魔龍窟の武装召喚師が、同じ召喚武装を使い回しているということ自体が普通ではない。魔龍窟の武装召喚術たちにとっては師であるオリアン=リバイエンによれば、本来、ひとつの召喚武装と契約を交わすことができるのはひとりの武装召喚師だけなのだ。つまり、だれかが火竜娘を召喚したことによって契約を交わすと、ほかの人間には召喚することなどできないのが本来のあるべき姿なのだ。しかし、オリアンはある方法によって契約を欺瞞し、呪文さえ知っていればだれでも召喚できるようにしてしまった。

 それによって、魔龍窟による武装召喚師の育成は加速していったらしい。各人が独自の術式を作り出す必要がなくなったのだから当然の話だったが、それもオリアン=リバイエンという恐ろしいまでの天才がいたからこそ成し遂げられたことなのだろう。

「オリアン……か」

「え?」

「いや、なんでもない」

 ウルに説明するのも面倒だったので適当にはぐらかすと、そそくさと歩き出した。召喚武装が使えないいま、身を守るためには武器が必要だ。現地で戦闘が起きるとは限らないが、念には念を入れて置くべきだろう。いつもならば武器など持ち歩く必要もないのだが。

(術式を考える必要があるな)

 魔龍窟で学んだ術式を改良するだけでは意味がない。カイン=ヴィーヴル専用の召喚武装を呼び出すための呪文を構築するには、そんなものではだめだ。魔龍窟に縛られたままでは意味がない。

 


 西進軍もまた、北進軍、中央軍同様にドラゴンの出現を目の当たりにしていた。

 ビューネル砦南方の森に身を潜めていた西進軍は、漆黒の砦が緑色の輝きに包まれ、光の柱が聳え立つという現象をはっきりと認識している。そして、光の中から黒き龍が出現したことは、西進軍の兵士たちを大いに慌てさせた。

 右眼将軍アスタル=ラナディースは即座に軍儀を開くと、《獅子の尾》隊と西進軍第二軍団による偵察部隊を編成、すぐさま現地に向かわせた。

 セツナを隊長とする偵察部隊が野営地を出発し、ビューネル砦付近に到着したのは、午前十時過ぎのことだ。

 偵察部隊の任務は、ビューネル砦の現状確認であるが、ドラゴンの実態把握も兼ねていた。正体不明のドラゴンについての調査など、どうすればいいのかはわからなかったが、こちらに対して攻撃的なのかどうかといったことはわかるだろう。巨大さは、野営地からでもはっきりと把握できたが。

「ザルワーンの切り札、といったところかしら」

「どうかな」

 ファリアの言葉に半信半疑につぶやいたのは、それがいったいなんなのかということさえ判明していないからだ。ビューネル砦を突如として飲みこんだ光の柱。その中から出現したドラゴン。

 まさにドラゴンだ。東洋の龍ではなく、西洋の神話や伝説に出てくるような化け物であり、セツナは、その漆黒の巨体を目撃したとき、場違いにもわくわくしてしまった。もちろん、すぐさま考えを改めたものの、皇魔とはまったく異なる威容を誇る化け物は、セツナの好奇心を刺激して止まなかった。

 首から上だけのドラゴンには翼もなく、手足も地中に埋まっているかのようなのだが、それでも、数十メートルなどではとても足りないほどの大きさを誇っている。直立していれば、ドラゴンの頭部も見えず、奇妙な柱か塔とでも認識したかもしれない。

 地上十メートル程度の高さにたゆたうドラゴンの頭が、地上を睥睨しているおかげで、セツナたちはそれを龍と認識できるのだ。

「砦は……跡形もなくなってるわね」

 背後から顔を覗かせたのは、ミリュウ=リバイエンだ。彼女は本来、この偵察部隊には入っていなかったのだが(捕虜なのだから当然だ)、セツナたちが彼女を監視する必要がある以上、同行させるしかなかったのだ。もっとも、龍府のみならず、五方防護陣の砦についても詳しいであろう彼女を連れて行くことは必ずしも無意味ではない。

 ミリュウのいった通り、ビューネル砦は跡形もなくなっていた。砦を築くために切り開かれた森の中の空隙には、瓦礫ひとつ残っていない。それどころか、ドラゴンの首が生えており、余韻もなにもあったものではなかった。ドラゴンの出現地点こそビューネル砦のあった場所なのだ。砦を飲みこんだ光の柱が砦を消し飛ばしたのか、ドラゴンが消滅させたのか。

 真実はドラゴンだけが知っているのだろうか。


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