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第三千六十八話 盟約の丘で(十)


「わたしがわたしでないという君の主張には無理がある。なぜならば、わたしはわたしだからだ。わたしはフェイルリング・ザン=クリュース。それ以外の何者でもない」

 偽フェイルリングの双眸は、ますます輝きを増幅させていく。それはまるで本物のフェイルリング自身が感情を昂ぶらせたときのようであり、ミヴューラ神との同調を高めているときのようだった。だが、そう見えるだけだ。そう感じるだけだ。そこに本当はない。真実はない。

 あるのは、彼が偽者だという現実だけだ。

 だから、オズフェルトは、光の剣を構え直した。覚悟は、決まった。

「もう、聞き飽きた」

「なに?」

「貴様は紛れもない偽者なのだ。我々が尊び、敬い、信じ、忠を尽くしてきた閣下は、もういない」

 なにがなんでも認めたくないことを認めるということは、みずからの心を殺すということに似ている。

 実際、オズフェルトたちは、フェイルリングたちの死を認めることにとてつもなく苦悩し、精神的にも消耗しきったものだった。その結果、騎士団幹部の結束が強くなりもした一方で、歪みが生まれ、ハルベルトのような悲劇が起きもした。

 ハルベルトとシヴュラを失ったことは、フェイルリングたちの死にさらなる痛みを塗り重ねることであり、オズフェルトたちは、その重く苦しい痛みの中で喘ぐようにして、今日まで生きてきた。騎士団騎士として、騎士団幹部として、神卓騎士として、恥じることのない道を歩んできたのだ。

 偽者がオズフェルト率いる騎士団が積み上げてきたものを揺らすというのであれば、全力で立ち向かうべきだ。

 それこそ、本物のフェイルリングの恩義に報いるということだろう。

「貴様は、閣下を愚弄し、侮辱し、嘲笑するだけの存在。我々にとってもっとも忌むべき、斃すべき敵」

 告げ、地を蹴った。偽者に向かって一直線に飛ぶ。間合いを詰め、肉薄する。

「それがすべて!」

「遅い!」

 偽フェイルリングの大剣が水平に空を薙ぎ、オズフェルトは、刀身の腹でもって受け止めた。幻想に漲る救力がぶつかり合い、爆ぜた。凄まじい反動がオズフェルトを襲う。が、辛くも堪え、その場を飛び離れた。後ろに下がるのではなく、左前方へ、飛ぶ。

(早いっ)

 オズフェルトは、内心、口惜しくてたまらなかった。偽者のくせに、フェイルリング本人と同等の力を発揮しているのだ。フェイルリングを尊敬するオズフェルトにとって、これほど悔しいことはなかったし、許しがたいことはなかった。しかも、偽者は、どういうわけか救力を用いている。

 偽者なのに、なぜ、ミヴューラ神の力を使うのか。

 そこが最大の疑問なのだが、オズフェルトは、ミヴューラ神が偽者たちを操っているとは考えなかった。ミヴューラ神がそのようなことをするとは到底想えないからだ。

 召喚に応じながら、聖皇ミエンディアの目的がこの世界のひとびとにとって善くないものだと知れば、たとえ自分の身が危うかろうと、逆らい、結果封印されたのがミヴューラ神なのだ。信義に重きを置き、苦しむものに救いの手を差し伸べることこそ存在意義といってのける神様が、オズフェルトたちにフェイルリングたちの偽者を差し向けるとは考えがたい。

 ならばなぜ、彼らが皆、救力を用いるのか。

(ミヴューラ様の力を利用している何者かがいると考えるのが自然か)

 偽フェイルリングの後ろを取ったオズフェルトは、光剣の切っ先をその雄大な大地を思わせる背中に向けた。どんなことが起ころうとも決して揺らぐことのない大地。そんな想像を働かせるのは、フェイルリングの背中だけだった。偽者に同じような感覚を抱くことなど、あってはならない。

 歯噛みして、剣先より一条の光芒を撃ち放つ。救力の光が奔流となって偽者の背中に殺到するが、しかし、偽フェイルリングは、こちらを振り向き様に大剣を振り上げ、剣風だけで光芒を掻き消してしまった。

「では、この力はなんだ?」

 偽フェイルリングは、大剣をおもむろに構え直しながら、問うてきた。

「我々が扱うこの力は、救世神ミヴューラによって授けられた救うための力、救力だ。救力を用いることができるのは、ミヴューラに選ばれたものだけだということは、君も知っているはずだぞ、オズフェルト」

「それもまがい物ならば、辻褄は合う」

 とはいいながらも、彼自身、そんなことがあるとは思っていない。救力の真贋くらい、オズフェルトにわからないはずがなかった。本物の救力を使っているのだ。偽者の救力を見抜くことなど、わけはない。

 偽者たちの救力は、紛れもない本物であり、故にこそ、疑問が湧くのだ。

 なぜ偽者が本物の救力を用いることが出来るというのか。

 もしかしたら、偽者たちは本当は本人で、自分たちが勝手に思い違いをしているだけなのではないか。

 そう、考えてしまいたくもない。

(違う)

 そんなことはありえない、と、彼は頭の中で首を横に振る。

 フェイルリングたちが魂の絆から消失して、三年。その間、一切の音沙汰がなかった以上、フェイルリングたちが生き延びていたという可能性を考えるのは、愚かなことだ。

 そもそも、生き延びていたというのであれば、すぐさまベノアに戻ってくるべきだろう。

 そして、オズフェルトたちを安心させてくれればいい。

 それがなかったのだ。

 彼らが本物のフェイルリングたちであるはずがない。

「まがい物ではないことくらい、君もわかっているはずだ」

「だとしても、貴様が偽者の閣下だということもまた、疑いようのない事実だ」

「まだ、言うか」

「何度でもいうさ」

 そして、何度でも攻めかかる。一足飛びに間合いを詰め、斬りかかれば、偽ものの大剣が唸りを上げた。刀身より迸る救力が渦を巻き、小さな竜巻となって偽者の周囲に破壊を呼ぶ。一撃一撃が重いだけでなく、救力による余波が二重、三重の攻撃となるものだから、オズフェルトは慎重にならざるを得ない。

 飛び退き様に光波を放つことで牽制しつつ、彼はいった。

「閣下は死んだ。この世界を救うための犠牲となって、命を失い、魂の絆から消えてなくなった。生き延びたというのであれば、魂の絆に復帰しないのはどういうことだ? それに、閣下ならば、ミヴューラ様と一緒のはずだ。ミヴューラ様はどこにおられる?」

「ミヴューラ……ミヴューラか」

 偽者がまるでフェイルリングのように振る舞う様が癪に障る。表情の変化ひとつ取ってもフェイルリングそのものだから、余計に神経を逆撫でにした。光波を続け様に撃ち放つが、いずれも、偽者の大剣によって防がれている。

「ふむ……?」

 偽フェイルリングが眉間に皺を寄せた。威厳に満ちた顔に歪みが生まれる。しかし、それがどういった類の感情なのかは、わからない。

「わたしは、生き延びた」

 偽者は、オズフェルトの攻撃を軽く受け流しながら、しかし、一方で深刻そうな表情で考え込んでいる。

「そう、あのとき、わたしは生き延びたのだ。わたしたちは、生き延びることができたはずだ。死んでなどいないはずだ。だからこうしてここにいる。だから、戦い続けてこられた」

(なんだ……?)

 そこで初めて、オズフェルトは、偽フェイルリングの様子を訝しんだ。

「ではなぜ、魂の絆から外れたのだ?」

「それはこちらの質問だ」

「わからない。わからないのだ、オズフェルト」

 偽フェイルリングの表情には、凄まじい苦痛があった。


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