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第三千六十七話 盟約の丘で(九)

「わたしはわたしだよ、オズフェルト」

 偽フェイルリングは、穏やかな口調で告げてきた。

「わたしはフェイルリング・ザン=クリュース。それ以外の何者でもない」

 幻装化した大剣を構えるのではなく、足下の地面に突き立てて佇む彼の姿に戦う意思は見当たらない。その悠然としながらも厳粛な雰囲気を纏う立ち姿は、紛れもなくフェイルリングそのものといってもいいのだが、しかし、オズフェルトには解せない。納得できない。

「君もよく知っているクリュース家のフェイルリングだ」

 そう、偽者は、いう。

 君。

 フェイルリングがオズフェルトをそのように呼ぶのは、騎士団長としての役割から離れているときが多い。騎士団長フェイルリングは、常に威厳を持っていなければならず、ときには威圧的と受け取られても致し方のない立ち居振る舞いをしなければならなかった。

 でなければ、新生騎士団を纏め上げることは困難だったし、革命直後の混乱を収めるには、厳格な騎士団がいなければならなかったのだ。

 フェイルリングは、そのころのまま、騎士団長を勤め上げた。

 とはいえ、彼も人間だ。時折、息抜きをする。そういうときには、多少なりとも砕けた口調となって、オズフェルトと談笑したりもした。

 そのことを思い起こさせる偽者の姿に、オズフェルトは、柄を握る力を込めるほかなかった。いま目の前にいるのは、紛れもない偽者なのだ。断じて、許しがたい。

「わたしの知っているフェイルリング様は、とうに亡くなられた……! “約束の地”で、犠牲となった!」

「生き延びることができた、としたら?」

「それは……」

「実際、わたしたちは死を覚悟していた。世界を造り替えるほどの力を持った聖皇、その復活の儀式に集まる力は途方もなく膨大だ。しかも、復活の儀式を執り行っていた神々による妨害も考えられた。在るべき世界への帰還を熱望する神々にとって、わたしたちの行動ほど邪魔なものはないのだからな」

 偽者が語るそれは、本物のフェイルリングが覚悟していたことではあった。聖皇復活の儀式を切望する神々が、儀式を阻止しようとするものたちを直接的に攻撃してくる可能性は、大いにあることだった。だからこそ、クオン=カミヤは、騎士団に協力を求めた。《白き盾》だけでは、神々の妨害に対抗しきれず、儀式を阻止できない可能性があるからだ。

 フェイルリングがクオンの協力要請を承諾したのは、騎士団騎士ならばだれもが納得するところだ。仮にオズフェルトが団長だったとしても、クオンに協力を約束し、そのために全力を注いだだろう。

 騎士団は、救済を掲げる。ただ掲げるだけではなく、実際に行動し、数々の実績を残している。救いの声を聞き、駆けつけて、手を差し伸べ、剣となり盾となる。それこそ、ベノアガルドの神卓騎士団の存在意義なのだ。

 世界を滅亡の窮地から救おうというのであれば、協力しない手はないのだ。

 ミヴューラ神も、一も二もなく賛同し、そして、フェイルリングによって同行者が選抜された。

 オズフェルトを始め、ベノアガルドに残された騎士団幹部たちは、なぜ自分たちが選ばれなかったのかと苦悩した。だれもが、神卓騎士として覚悟と信念を持っていたからだ。

「わたしたちは、だれもが決死の覚悟だった。わたしたち騎士たちも、クオン殿率いる《白き盾》のだれもかれも、かつての聖皇六将たちも――だれもが、自分の命を擲ってでも、この世界を護ろうとした。この世界を護るため、聖皇復活を阻止しようとしたのだ」

 知っている。

 そんなことは知っているのだ。

 だが、それは、偽者に語られる言葉ではない。語っていい言葉ではない。

「そして、聖皇復活の儀式は失敗に終わった。聖皇そのものの復活はならず、神々の悲願は果たされなかった。だが、聖皇の力の召喚が起こってしまった」

「聖皇の力の召喚……」

「それが“大破壊”の原因であり、わたしたちの同胞の多くが命を落とした理由だ。聖皇ミエンディアの力だけがこの世界に降臨してしまった。そして、その力は大陸を引き裂き、世界を蹂躙した」

 偽者の苦渋に満ちた表情は、本物のフェイルリングのように、世界中の苦痛を引き受けたもののようだった。まるで彼がフェイルリング本人であるかのような錯覚を受ける。ありえないことだと断定しても、目の前にいる男の一挙手一投足が過去に重なってしまう。

「だが、わたしたちは、生き延びた」

 彼は、周囲を見回した。その視線が見たものは、盟約の丘で激闘を繰り広げる騎士たちであり、彼とともにこの丘で待ち受けていた偽者たちなのだろう。

 偽者たち。

 幻装化した得物を構える彼らは、いずれもが、本物そっくりだった。カーライン・ザン=ローディス、ゼクシス・ザン=アームフォート、フィエンネル・ザン=クローナ、ドレイク・ザン=エーテリア。だれもかれも、本物の彼らとまったく同じ戦い方をしていた。そこに一切の間違いはなく、だからこそ、おかしい。

 だからこそ、不可解なのだ。

 なにものかがなんらかの力によって再現した偽者であれば、どこかに綻びのひとつでもあるはずだが、それがない。

 こんな世界だ。

 百万の神々が存在し、神秘と幻想が狂い咲く世界にあって、騎士団幹部を再現した偽者を送り込んでくるような酔狂な存在がいたとしても、なんら不思議ではない。

 事実、かつて、ハルベルト・ザン=ベノアガルドを陥れた邪神アシュトラのような神がほかにいたとして、なにひとつおかしくはないのだ。

 だとしても、理解できないことはある。

 救力の存在だ。

 姿形を似せることはできたとして、言動や仕草まで完璧に再現することができたとしても、救力だけは、ほかの神々に真似できないはずなのだ。

 それだけは、ミヴューラ神独自の力であるはずなのだ。

 ならば、彼らは一体、なんなのか。

「辛くも、生き延びたのだ」

「……その話が真実としましょう」

 オズフェルトは、偽フェイルリングの金色に輝く瞳を見据えた。天に輝く太陽のように威厳に満ち、雄大な大地のような包容力を併せ持つ、フェイルリング・ザン=クリュースそのものの如く、それは振る舞っている。ともすれば本人と錯覚しないほどに完璧な、偽者。

「ではなぜ、閣下や皆の魂を感じ取れないのです?」

「なに?」

「あの日、あのときを境に、わたしたちは、閣下や皆の魂を感じられなくなった。ミヴューラ様の御業によって結ばれた魂の絆、その中に閣下や皆の魂が存在しないのは、どういう理由なのです。ミヴューラ様が閣下や皆の存在をわたしたちから隠匿する理由もなく、必要もない」

 つまり、フェイルリングたちは、確実に死んだとしか言い様がないのだ。

 オズフェルトたちは、その事実を否定するため、様々な仮定をした。フェイルリングたちの死という現実から目を背けるようにして、あらゆる想定を積み上げては、生きている可能性を考察した。だが、どうしたところで、ミヴューラ神の存在が絶対的な壁となって立ちはだかるのだ。

 ミヴューラ神が、フェイルリングたちを生かすための最善の努力をしたとしよう。いや、間違いなくそうしたはずだ。ミヴューラ神は、フェイルリングを己が半身の如く信を置き、故に力のすべてを託していた。しかし、そのために、一時的にでも魂の絆からフェイルリングを外すようなことがあったとしても、だ。そのまま放って置くはずがないのだ。

 フェイルリングたちが生きているということをオズフェルトたちに伝えるには、魂の絆によって結ばれることがもっとも単純であり、効果的な方法なのだから。

「あなたは、閣下ではない」

 だからこそ、彼は、否定する。

「断じて、違う」

 徹底的に否定して、断じる。

「偽者だ」

 そう告げたとき、フェイルリングの双眸が燃えるように輝いた。



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