第三千六十五話 盟約の丘で(七)
「威勢がいいのは最初だけか」
偽ドレイクのつまらなそうな一言が、ベインの感情を昂ぶらせる。
奮い立ち、立ち上がれば、偽ドレイクは、幻装化した大剣を振りかぶっていた。膨大な救力が刀身を走り、刀身以上に巨大な光の刃が形成されている。偽ドレイクは、その極大化した救力の刃でもって、ベインを叩き潰すつもりらしかった。
「はっ、冗談!」
ベインは、咄嗟に救力を帯びさせた大斧を偽ドレイクに向かって投げつけた。大斧は救力によって高速回転しながら偽者に殺到し、その胸元に到達する頃には小さな竜巻となっていた。だが、偽ドレイクは反応さえしなかった。冷厳たるまなざしでこちらを見据えたまま、救力の小竜巻を避けず、受け止めてみせる。
救力による防御障壁を前面に構築していたのだ。救力と救力が衝突し、反発によって爆発が起きたが、偽ドレイクは微動だにしなかった。それどころか、極大化した救力の刃を振り下ろしてきている。避けようがない。というのも、救力の極大剣は、その質量に合わせた速度などではなく、偽ドレイクの剣速そのままだからだ。神速の斬撃に圧倒的攻撃面積が加わり、回避不可能といっても過言ではなかった。
偽ドレイクに情け容赦など、ありはしない。
(そんなところまで似せてんじゃねえっての)
ベインは胸中毒づき、極大化した救力の刃に向かって、両手を掲げた。両手には、全霊を込めている。救力を収束させ、幻装化したのだ。手甲と籠手が一体化したその幻装でもって極大刃を受け止めると、凄まじい圧力がベインの全身を襲った。足が地面に埋まるほどの衝撃と圧力。だが、負けない。負けるわけがない。
「偽者如きが本物の騎士様に勝てるわきゃねえだろが!」
吼え、さらに力を込めて、撃ち出す。籠手の肘側から救力を噴出させたのだ。それによって極大迅を押し返したベインは、その勢いで飛び上がり、空中高くまで偽ドレイクの刃を押し退けていく。そして、ある程度の高度まで持ち上げたところで、左に向かって投げ飛ばした。偽ドレイクは抗わず、速やかに救力の刃を消し去ると、こちらを仰ぎ見た。
「ほう。これは驚いた」
偽ドレイクが幻装大剣を構え直す。その癖のある動きひとつとっても、ドレイク・ザン=エーテリアを思い起こさせるのが、癪に障った。
「我が剣をこうもあっさり処理するとは。さすがは騎士団一の剛力の持ち主、というべきか」
「はっ」
ベインは、地上への落下を偽者への攻撃に変えた。幻装の籠手から噴出させた救力によって推力を得、偽ドレイクに向かって滑空突撃を試みたのだ。両拳を目の前で重ね合わせ、救力を集中させることで破壊力を向上させて、だ。
「偽者に褒められたって、嬉しくもなんともねえ!」
それは、本心だった。
本物のドレイクに褒められることは、嬉しいことなのだ。
“神武”のドレイクは、騎士団においてフェイルリングをも凌ぐ可能性を持つ実力者であり、騎士団の中で高みを目指すものであれば、だれもがドレイクを目標とした。ドレイクを超えることなど不可能だが、ドレイクに少しでも近づくことができれば、それだけで強くなれるはずだ。
実際、ドレイクの薫陶を受けた騎士たちは、だれもが精強であり、ドレイク配下の騎士隊は、騎士団最強の部隊だった。
ベインは、単純な力だけならばドレイクを上回るかもしれない。が、総合力ではドレイクにかなわず、いつも辛酸を舐めさせられていた。
本物ならば。
本物のドレイクならば。
(いまのようなへまはしねえ)
つまり、目の前にいるのは偽者だということだ。
その偽者を撃破することに躊躇はない。
全霊を込めた滑空突撃は、幻装大剣の腹で受け止められ、ふたりの間で救力が爆ぜた。
「どこもかしこも派手にやっているわね」
ルヴェリスは、フィエンネルの双戟による連続攻撃を辛くも捌きながら、いった。
盟約の丘は、いまや救力が飛び交う激戦地となっている。
このような戦場は、ベノアガルドに仮初めの平穏が訪れて以来、初めてのものではないだろうか。“大破壊”以来最大の戦いは、ネア・ベノアガルドと名乗ったものたちとの激突だが、このたびの戦いの規模は、それに次ぐものといっても過言ではないのではないか。
戦っているのは、ただの十名だ。
しかし、いずれもが救力を用い、幻装を用いることに躊躇がない以上、戦場となっている盟約の丘が崩壊してもおかしくはなかった。
それほどの戦いは、あの激戦以前も以降も、ない。
盟約の丘は、現在の騎士団にとって重要な土地なのだが、騎士団を愚弄されたとあっては、致し方がない。
偽者の存在。
それそのものが、騎士団への愚弄であり、嘲笑であり、侮蔑であり、挑発なのだ。
普段沈着冷静なオズフェルトが怒りに身を任せるように飛びかかったのも無理ないことだ。オズフェルトでなくとも、そうする。
むしろ、よくもまあ、偽ドレイクが現れたときに即座に飛びかからなかったものだ、と、感心したほどだ。ルヴェリスならば、冷静でいられなかっただろう。
ドレイクは、騎士団における力の象徴といっても過言ではない人物であり、だれからも尊敬を集めていた。かくいうルヴェリスも、ドレイクが暇を持て余しているときに手合わせを願ったことが何度となくあり、そのたびに彼の強さを思い知り、敬意を抱いたものだ。
そんな彼の偽者は、存在そのものが騎士団への冒涜であり、故にルヴェリスさえも怒りを露わにするのだ。
しかし、そういったルヴェリスたちの感情は、偽者たちにはまったく理解できないらしい。
偽フィエンネルが、双戟を前方で交差させるようにして、構えた。
「では、俺たちも派手にいこうか」
「そうね。偽者を屠るには、派手にやるのが一番ね」
「何度もいわせるな。俺たちは正真正銘、本物の救世騎士だ」
「さて。救世騎士とはどこのどなたのことかしら?」
ルヴェリスは、極彩色の突剣を突き出すようにして半身に構えながら、問うた。救世騎士。彼がそう口にしたことは覚えている。
「わたしたちの偽者がそう名乗っているとでもいうの?」
「まだいうか」
「何度でもいうわ。あなたたちは偽者で、正真正銘のまがい物なのよ」
「まったく、酷い話もあったもんだ。俺たちゃ、こうして生きてるってのにな」
「あなたたちが生きていようと、関係のない話よ」
「まあ、聞けよ。フィンライト卿。俺たちは、閣下とともに生き残ったんだ。生き残り、救世騎士団として再起し、この世界に破壊と混乱を振り撒く邪悪と戦っていたのさ」
「へえ」
ルヴェリスは、偽フィエンネルの発言を受けて、目を細めた。彼が嘘をついているようには聞こえなかった。彼は、彼自身の真実を語っているのかもしれない。だが、その真実とやらがルヴェリスたちの知っている事実を覆すものになりえないのもまた、現実なのだ。
なぜならば、本物のフィエンネルは死んでいるからだ。
「初耳ね」
「それはそうだろう。俺たちは、今日に至るまで、ベノアガルドに戻ることを禁じていた」
「どうしてかしら? 正真正銘本物の閣下率いる神卓騎士の皆様方ならば、故国ベノアガルドの窮状を捨て置くとは想えないのだけれど」
「ベノアガルドは、卿らに任せられたはずだ。閣下が一度信任した以上、その信頼に応えるのが俺たち騎士というものだ。違うか?」
「……そうね。」
肯定すると同時に、ルヴェリスは、突剣の切っ先で空を切った。救力による淡い光の軌跡が白く染まり、局所的な吹雪が巻き起こる。
「だから、あなたたち偽者を排除するのよ」
それこそ、偉大なる騎士王フェイルリングへの忠誠の証だ。