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第三千六十四話 盟約の丘で(六)

(なぜ)

 なぜ、いま、そのようなことが脳裏を過ぎるのか。

 疑問は、自問となって脳内を駆け抜けたが、瞬時に答えを見出すことはできなかった。それだけの時間的猶予がなかったのだ。

 敵は、逃げ回るのを辞めて、剣を手にしていた。腰に帯びていた剣を抜き、構えている。装飾の美しい長剣には見覚えがあった。フェイルリングが愛用していた長剣・光明。

 フェイルリングの姿に似たまったくの偽者。

 髪の毛の先から足の爪先に至るまで、なにからなにまでフェイルリングそのものといってもいい姿形をしている、完全なる偽者。

 そう、彼は断じた。

 なぜならば、フェイルリングは死んだからだ。

 フェイルリングは死に、魂の絆から消滅した。それが事実であり、覆しようのない現実であり、紛うことなき真実なのだ。

 もし仮に、フェイルリングたちが生き残っていたというのであれば、魂の絆から外れるわけがなかった。魂の絆そのものが残っているのだ。救世神ミヴューラは確実に生存しており、ミヴューラ神がなんの理由もなくフェイルリングたちを魂の絆から外すはずもない。

 特にフェイルリングは、ミヴューラ神にとって唯一無二の理解者といっても過言ではない存在だったからだ。

 オズフェルトも、神卓に触れ、神の領域を覗いた。

 ミヴューラ神の世界を視て、ミヴューラ神の使徒たる神卓騎士となる道を選んだ。ミヴューラ神の高邁にして高潔なる志に同調したからだ。自分を犠牲にしてでも他を救うという利他的な精神は、騎士にこそ相応しいものだった。

 だが、ミヴューラ神と真に理解し合えたのは、結局のところフェイルリングただひとりであり、だからこそ、彼はミヴューラ神の半身だったのだ。ミヴューラ神は、フェイルリングに全幅の信頼を寄せていたし、フェイルリングもまた、ミヴューラ神に絶対的な信頼を持っていた。

 それほどの関係だ。

 ミヴューラ神が、フェイルリングを見離すわけがなかった。

 オズフェルトたちですら、魂の絆に繋がったままなのだ。

 魂の絆を外れたものたちは、ミヴューラ神の意思で外されたのではなく、別の理由によって外れてしまったと考えるしかない。

 その理由とはもちろん、死、だ。

 死によって、魂の絆から消え去り、故にオズフェルトたち生き残った神卓騎士は、凄まじい精神的動揺の中で“大破壊”を乗り切らなければならなかった。

「問答無用に斬りかかるとは、騎士の風上にも置けぬのではないか?」

「騎士ならざる貴様に、騎士の在り様を説かれる覚えはない」

「剣呑だな、ウォード卿」

 偽フェイルリングは、飽くまでも自分がフェイルリングであるとでもいうかのように振る舞っていた。その言動、挙措動作のひとつひとつがフェイルリングを完璧に模しているという事実が、オズフェルトの神経を逆撫でにして、激情を嵐のように逆巻かせていく。

『騎士たるもの、常に冷静沈着であるべきだ』

 脳裏に、そんな言葉過ぎった。

『感情を完璧に支配し、精神を制御しきるものこそ、騎士の騎士たるものなのだ』

 それがフェイルリングの教えだったし、そうあるように訓練してきた。フェイルリングたちの死という喪失を乗り切ることができたのだって、その教えを忠実に守ってきたからこそだ。 

 だのに、いま、オズフェルトは、その教えを守ることができないでいた。心の奥底から沸き上がる怒りが、未曾有の嵐となって荒れ狂い、膨張を続けている。

「そうまでして、わたしと戦いたいというのか」

「貴様が閣下の姿をしているから、わたしは全力をもって排除しなければならない」

「わたしはわたしだよ、オズフェルト」

 偽者は、柔らかな顔で告げてくる。それは、いつだってどこか物憂げに見えた、革命以前のフェイルリングの表情そのものだった。

「フェイルリング・ザン=クリュース。それがわたしだ」

「閣下は……!」

 叫び、彼は、剣に救力を纏わせた。救力が光を放ち、剣が変質する。幻装化し、光の剣となったそれを振り翳し、偽者へと飛びかかる。

「閣下は死んだのだ……!」

「わたしは、ここにいる」

 偽者は、間合いを取ろうとはしなかった。動かず、オズフェルトの剣撃を受けようとでもいわんばかりに剣を構える。偽者の剣が淡い輝きを帯びた。その輝きには見覚えがあった。救力だ。

「死んでなどいないよ」

「それは貴様が偽者だからだ!」

 右肩目がけて振り下ろした光剣は、しかし、偽フェイルリングの剣にまるで吸い付くようにして受け止められた。剣と剣がぶつかり合って激しい金属音を発し、救力同士の激突によって爆発が起きる。力の爆発。反動がふたりの剣を弾いた。飛び退く。偽フェイルリングは、追ってこない。悠然たる構えは、守勢であり、攻勢は見えなかった。

(救力だと?)

 オズフェルトは、偽フェイルリングの剣が帯びる輝きに瞠目していた。その輝きは、まさに救力そのものだったからだ。

 救力は、救世神ミヴューラによって与えられた、騎士たちの力だ。神の力たる神威とは異なるものであり、ほかの神々に真似できるものではない、とは、ミヴューラ神の言葉だが、ミヴューラ神が嘘をつく理由もない。ミヴューラ神の言葉通り、ほかのだれにも真似のできることではないのだろう。

 ではなぜ、偽フェイルリングの剣が救力と同じ光を帯びているのか。

 偽フェイルリングだけではない。

 偽カーラインも、偽フィエンネルも、偽ゼクシスも、偽ドレイクも。

 偽者のだれもが、救力と同じ光を帯び、中には幻装を用いるものもいた。

 それはつまり、彼らがミヴューラによって選ばれ、力を与えられているという証明にほかならない。

 オズフェルトたちと同じように、だ。

(そんな馬鹿な話があっていいはずがない……!)

 オズフェルトは、己の思考が乱れていく事実を認めながら、頭を振った。ありえないことだ。なにもかもが、ありえない。

 偽者たちが救力を用いているということもそうだが、ミヴューラ神が偽者たちに力を与えているということもだ。

 ミヴューラ神は、フェイルリングたちとともに“約束の地”に赴いた。力をもっとも発揮できるように、神卓そのものとともに、だ。そして、聖皇復活の儀式を阻止するべく全力を用い、その後、消息不明となった。

 だが、オズフェルトたちは、ミヴューラ神が消滅したわけではないことを知っていた。十三騎士を結ぶ魂の絆が存続しているという事実が、ミヴューラ神の生存を証明していたのだ。フェイルリングたちは死んだが、ミヴューラ神は生きている。

 その事実が、オズフェルトたちの心の支えとなった。

 だというのに。

「なにを驚いている? 救世騎士ならば、救力を用いるのは当然のこと」

 偽フェイルリングは、剣を胸の高さに掲げ、水平に倒した。刀身の上に掌を重ねるようにして、救力を集中させる。膨大な救力の収束は、彼の剣を瞬く間に変化させた。片手で扱うことも容易い長剣から、両手でしか用いることも難しい大剣へ。

 その神々しいばかりの大剣は、フェイルリングの幻装そのものだった。

「幻装も、な」

 偽者は、当然のようにいった。それこそ、当たり前の出来事だといわんばかりの表情であり、反応だった。

 オズフェルトは、光剣を構えたまま、頭の中の混乱を収められずにいたて、なにもいえなかった。

 彼らが救力を用い、幻装を用いるということは、即ち、偽者たちの存在をミヴューラ神が容認しているということにほかならないのではないか。

 その事実が、オズフェルトをますます混乱させる。

 それでは、世を救うべきミヴューラ神が、世に混乱を撒き散らしているということになる。



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