第三千六十話 盟約の丘で(二)
「……死んだはずのあなたがたがなぜ、ここにいるのです」
オズフェルトが告げると、目の前の騎士たちがそれぞれに反応した。
「死んだ?」
「わたしたちが、ですか」
「これは心外だな」
「セツナ殿もそのようなことをいっていたが……」
「我々は、こうして生きている」
フィエンネル、カーライン、ゼクシス、ドレイク、そして、フェイルリング。五人それぞれがオズフェルトの発言に対し、反発した。それらの反応ひとつ取っても、本人そのものとしか思えなかった。オズフェルトが、ドレイクが本人のようだった、といっていたのは、事実だったのだ。
一方で、その五人から魂の反響を感じないのもまた、事実なのだ。
その事実がベインを混乱させる。
ベインだけではない。この場にいるこちら側のだれもが混乱しているのではないか。
「その事実を目の当たりにしてもなお、信じられぬか?」
「……閣下は、選び抜いた皆を率い、クオン殿とともに“約束の地”へと赴かれた。それもこれも、この世界を救うため。神々による“約束の地”の争奪戦を阻止し、聖皇復活の儀式を食い止めるため。そのために“約束の地”へ赴き、そこで命を使い果たされた」
苦渋に満ちた声は、その道行きに参加することができなかったオズフェルトの懊悩そのものに違いない。オズフェルトは、だれよりもフェイルリングを敬愛し、尊崇していた。フェイルリングが死地へ赴くというのであれば、だれよりも先んじて殉じたかっただろう。だが、フェイルリングが彼を死地に伴うことがないことくらい、ベインにもわかる。
フェイルリングもまた、だれよりもオズフェルトを尊重し、彼にこそ、つぎの団長を任せるつもりでいたことは明らかだったからだ。
フェイルリングの薫陶は、オズフェルトに注がれていた。
「それこそが絶対的な事実であり、揺るぎようのない現実」
オズフェルトは力強く断言した。その声音には、複雑な感情が揺れている。目の前のフェイルリングは、本物そのものといっても過言ではないからだ。しかし、本物ではありえないこともある。本物と偽物、その間で心が揺れているのだ。
「では、目の前にいるあなたがたは、なにものなのです。だれがなぜ、どのような理由で、我々の心を踏みにじろうとしているのですか」
「ウォード卿。卿は、自分の目を信じることができないのかね。わたしはいま、こうして卿の目の前にいるではないか」
「ええ。いますよ」
オズフェルトは、いった。
「閣下の偽者がね」
「わたしは、本物だよ。正真正銘、本物のフェイルリングだ。フェイルリング・ザン=クリュース。それがわたしであり、わたしのすべて」
フェイルリングの断言には、絶対的な自信があり、揺らぎようのない確信があった。声の響きにも、表情にも、仕草にも、一切の乱れがない。彼が偽物であれば、多少なりとも迷いこそするだろうに、そういった反応が微塵も見えないのだ。
心の底から、自分がフェイルリングであると信じ込んでいる。
だから、オズフェルトは頭を振る。
「……話になりませんね」
「なぜ、わからぬ」
フェイルリングが眉根を寄せる。それだけで迫力を圧力を感じるのは、本物のフェイルリングとなんら変わらない。
「魂が、そういっている」
オズフェルトは、胸に手を当てて、叫ぶようにいった。その言葉には、おそらくだが、ベインを含めたこちら側の全員が同意したことだろう。
魂の絆が、叫んでいる。
「わたしたち十三騎士は、魂の絆によって結ばれた同志。その生も死も、結びついた魂の所在によって感じ取ることができる。閣下と五名の騎士は、確かに“約束の地”で命を落とした。それが事実。では、いま目の前にいるあなたがたはどうか」
オズフェルトは、既にフェイルリングたちを敵と見做しているようだった。発言に棘があり、刃のような鋭さがあった。いや、言葉の刃で斬りつけている、といったほうが正しい。
「あなたがたには、魂の絆を感じない。魂が、あなたがたを否定している」
「そのような世迷い言で、我々を偽物と断じるのか」
「世迷い言?」
オズフェルトの肩が震えたのは、フェイルリングの偽物の発言が彼の感情を逆撫でにするものだったからだ。
「あなたが本物の陛下ならば、そのような発言をするはずがない」
なぜならば、フェイルリングこそ、救世神ミヴューラが紡いだ魂の絆の中心だったからだ。フェイルリングより放射状に伸びた光の筋がそれぞれの魂と結びつき、そこからさらに拡散し、各人の魂同士を結びつけていた。フェイルリングが魂の絆から消えたことで、いま、中心となっているのはオズフェルトであり、オズフェルトを中心とする絆は、この三年間で、極めて強く、太いものとなっている。
目を閉じれば、瞼の裏に光が走る。
心の宇宙を流れる膨大な光こそ、魂の絆であり、かつてはそこに自分を含めて十三の光の塊があった。十三騎士の魂たち。いまやそれは、五つばかりになってしまった。だが、輝きは、増した。魂はより大きく、絆はより太く。
“大破壊”より今日に至るまでのこの三年は、ベインたちの絆をより深めるだけのものがあったのだ。
「やはり、あなたは偽物だ。偽物以外のなにものでもない」
「短絡的だな」
「あなたの姿を見て、本物と判断することのほうがよほど軽率で迂闊で短絡的でしょう」
オズフェルトの声音は、揺れない。
覚悟と決意が、そこに漲り、溢れている。魂の絆を通じて、ベインもその想いを理解し、故に拳を固めた。手甲に救力を集め、凝縮する。
神卓騎士たるもの、いついかなるときでも戦えるよう、準備しているものだ。
そう、ベインたちは、武装していた。鎧を着込み、武器を携え、この場に訪れたのだ。つまり最初から、オズフェルトは戦うつもりでいた、ということだ。
「わたしは、閣下の魂の形も色も音も、覚えている。よって、あなたを偽物と断じた」
オズフェルトが告げながら、腰に帯びていた剣をすらりと抜いた。刀身が救力を纏い、光を帯びる。偽物と断じた相手に対し、オズフェルトは容赦をしないつもりなのだ。
それは、ベインも同じ気持ちだった。
偽者であれば、情け容赦など不要だ。
「そして、閣下の死を、閣下の存在を、閣下のすべてを愚弄するおまえを、わたしは許しはしない」
「オズフェルト、卿は――」
フェイルリングがオズフェルトの名を呼び捨てにした瞬間だった。
「わたしをそう呼んでいいのは、閣下だけだ!」
オズフェルトは、“光剣”の異名のままに、光の如くフェイルリングに殺到し、斬りつけた。が、光を帯びた刀身は空を切り、四人の騎士がフェイルリングを迎撃する。しかし、いずれの攻撃もオズフェルトには届かない。
フィエンネルが双戟を旋回させれば、ルヴェリスが突剣でもって絡め取るようにして受け流し、カーラインが槍を突きつければ、ロウファが弓柄で受け止めて打点をずらす。ゼクシスが太刀を振り抜くと、シドが稲妻のような斬撃でもって受け止めて見せ、ドレイクの大剣にはベインの両拳が対応した。
オズフェルトは、空振りしたまま前進し、飛び退いたフェイルリングに追い縋ろうとする。フェイルリングが剣を抜いた。腰に帯びた二振りの剣がフェイルリングの得物であり、その刀身は、紛れもなく救力を帯びていた。
だが、その事実に驚くよりも先に、ベインは、ドレイクの大剣が救力を帯びていることに気づいていたし、故にベインに隙が生まれた。
ドレイクが唸りを上げながら、大剣を両拳で挟み込んだベインをそのまま持ち上げ、大剣を振り回したのだ。