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第三千五十八話 騎士の国にて(三)

「騎士団創設以来……ってそりゃまた随分大袈裟ですな」

「そうね。団長閣下らしくないわね」

 ベインはルヴェリスとともに円卓の自分の席に向かいながら、極めて軽い調子でいった。わざわざそうしなければならないほど、神卓の間の空気は重く、いまにも押し潰されてしまいそうな圧力があった。ベインの屈強な肉体すら萎縮しかねないほどの重圧。それはつまり、オズフェルトが冗談などをいっているわけではないということの証明だろう。

 そもそも、オズフェルトが神卓の間に幹部を集めて冗談をいうような人間ではないことは、だれもが百も承知だった。彼は生真面目が服を着ているような人物であり、その生真面目さ故、副団長を務め上げたのであり、フェイルリングよりつぎの団長に指名されたのだ。

 その生真面目な顔が、深刻そのものとなってこちらを見ている。

「大袈裟で済むのならそれに越したことはないのだがな」

「……では、本当にそれほどの事態だと、いうことですか」

「ああ」

 オズフェルトはうなずくと、ベインたちが席に着くのを待ってから、続けた。驚くべき言葉を。

「エーテリア卿が現れた」

「……はい?」

「エーテリア卿が? そんな馬鹿な」

「エーテリア卿は、死んだはずでしょう。閣下や、皆とともに」

 ルヴェリスともども、ベインは、信じられない気持ちでいっぱいだった。冗談にしては質が悪すぎる上、先もいったようにオズフェルトは神卓の間で冗談をいうような人間ではない。つまり、彼の発言は事実に基づくものであり、故にこそ、衝撃は大きく、動揺と混乱が急速に広がるのだ。

 先代騎士団長フェイルリング・ザン=クリュース、フィエンネル・ザン=クローナ、カーライン・ザン=ローディス、ゼクシス・ザン=アームフォート、ドレイク・ザン=エーテリア、テリウス・ザン=ケイルーンの七名は、この世界を滅亡の運命から救うために、命を賭して戦い、そして散っていった。

 それは、十三騎士の一員ならばだれもが知っていることだ。

 救世神ミヴューラの力によって結ばれた魂の絆が、彼らの死をも実感させた。彼らの命の灯火が消え去る瞬間を魂が感じ取り、そのとき、ベインは慟哭した記憶がある。

 だれもが涙し、だれもが叫んだ。

 わかっていたことだ。

 理解していたことだ。

 それでも、輝かしい未来を目指し、艱難辛苦をともにしてきた同胞たちを失うということは、心に深い傷を負うものだった。

 だからこそ、ベノアガルドは、騎士団はばらばらになってしまったのだ。

 騎士団の支柱たる先代団長フェイルリングの死が、生き残った騎士たちに与えた影響は途方もなく大きく、強烈で、結び直すことのできないものだった。

 ハルベルト・ザン=ベノアガルドが邪神アシュトラに心の隙を突かれたのも、そのために違いない。

 先代騎士団長の存在はそれほどまでに大きく、オズフェルトでは埋めようのないものだった。

 致し方のないことだ。

 フェイルリングとオズフェルトでは、なにもかもが違いすぎる。比較するべきではなかった。

 それはともかくとして、だ。

「だから、騎士団創設以来の事件だといった」

「それが事実ならば、確かに、そうですな……」

「事実だ」

「疑っちゃあいませんよ」

 一応、そういったものの、だとすればいったいどういうことなのか、ベインにはまったく想像もつかなかった。

 ドレイク・ザン=エーテリア本人が現れた、というわけではあるまい。彼は死んだ。魂の結びつきは、そのときから途絶えたままなのだ。なんらかの力や方法で蘇ったというのであれば、魂の結びつきも復活するはずではないか。

 そして、その場合、ベインたちは同時期にドレイクの復活を認識し、驚きと衝撃の中で歓喜に噎び泣いただろうことは、想像するまでもない。

「本人では、ないのでしょう?」

「魂は、そういっている。だが、見た限りでは、エーテリア卿そのひとだった」

「見た目がそっくりなだけの他人という可能性は?」

「わたしもそう考えたが、言動からなにからエーテリア卿に違いなかったのだ」

 オズフェルトが断言するのだから、そこに疑念を挟むのは間違いだろう。副団長たる彼ほど十三騎士のことを知るものはいない。おそらくは、先代団長以上に十三騎士それぞれの人物像に精通しているだろう。というのも、先代団長フェイルリングは、その存在感故、個々人と触れ合うということがなかったからだ。

 その点、オズフェルトは、公私に渡って、十三騎士それぞれと触れ合い、交流を怠らなかった。孤高のひとともいうべきドレイクですら、オズフェルトに対しては胸襟を開いていたように思う。

「だから、おかしいのだよ。ありえないことだ。エーテリア卿は死に、魂の結びつきは途絶えた。だのに彼が、あのときのままの姿で目の前に現れ、団長閣下が待っておられる、というのだ」

「団長閣下が……!?」

「それは、本当なんですか!?」

「信じがたいことだし、疑わしいことばかりだが、エーテリア卿は、そういったのだ。そして、盟約の丘で待つと告げて、去った」

「盟約の丘で……」

 ベインは、オズフェルトの噛みしめるような言葉を反芻するようにつぶやいた。衝撃的な話の連続で、頭の中の混乱が加速する一方だった。

 盟約の丘とは、ベノアガルドの南にある丘のことだ。

 なんの変哲もないただの場所やものが、ある特定の組織、人物にとって極めて重要な意味を持っていることはよくあることだが、騎士団にとっての盟約の丘がそれに当たる。

 盟約の丘は、ベノアガルドの革命前夜、フェイルリングら革命派騎士が盟約を交わした場所であり、現在の騎士団にとっては始まりの地といっても過言ではないのだ。

 盟約の丘で交わされた約束がベノアガルドに革命をもたらし、革命が、ベノアガルドの腐敗を一掃し、浄化した。

 革命が起きなければ、ベノアガルドは腐敗し続けたまま、他国によって攻め滅ぼされていたに違いない。

 そして、革命が起きなければ、フェイルリングが神卓に封印されたミヴューラ神と邂逅を果たすことができず、救世神は神卓に眠り続けていたことだろう。

 革命は、ベノアガルドを救い、世界を救ったのだ。

(いや、まだか)

 現状の世界を救われていると認定するのは、あまりにも非常識だろう。

 世界は混沌を極め、終末の空気に包まれている。だれもが救いを求め、今日を生きる希望すら見失いかけているのだ。

 そんな状況下でベノアガルド国内と近隣を走り回るのがやっとというのは、救済を掲げる騎士団にあるまじきことだと思うのだが、これも、どうしようもない。

 動かせる人員には限りがある。

 戦力が不足しているのだ。

 他所に力を割き、ベノアガルドを空けるわけにはいかない。

 ベノアガルドの防備を固めつつ、島内を駆け回るだけでも、大変なことだった。

 世界中を救って回るなど、現状ではとてもできそうにはなかった。

 それでも、いつかはそうしたい。そうしなければならない、と、騎士団のだれもが思っている。

 それこそ、騎士団の理念であり、存在意義なのだ。

 ベインですら、その理念に命を捧げ、魂を燃やしている。現在の騎士団に属し、その理念に反発するものはひとりとしておらず、故に、現在の活動内容にも不満の声をあげるものが少なくないのだ。

 ベノアガルドと近隣諸国を救うだけで満足していられるような人間に、騎士団騎士は務まらない、ということだ。

「諸君に集まってもらったのはほかでもない」

 オズフェルトが、話を切り出した。

「盟約の丘へ赴くためだ」

 神卓の間は沈黙に包まれた。


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