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第三千五十七話 騎士の国にて(二)

 騎士団本部は、ネア・ベノアガルドとの闘争によって壊滅した旧本部とは似ても似つかない建物であり、その新本部のベノア市民の評判は上々だという話だった。

 旧本部は、元々、城主のいなくなったベノア城を利用していたこともあり、どうしたところで権威的であり、威圧的だったのだが、新本部は、そういった部分が極めて少なくなっていた。

 それは、騎士団長オズフェルト・ザン=ウォード主導の元、騎士団の理念に基づいて設計が行われ、建設されたからだ。柱の一本一本、城壁のひとつひとつに至るまで、細部に渡って徹底的かつ念入りに作り込まれ、計算され尽くしているという話だが、ベインには、なにをどのように考え込まれているのかは、いまいちよくわかっていなかった。

 ただ、王城そのものだった旧本部よりは、一般市民にとって親しみやすい外観になったのは間違いないと思えたし、騎士団そのものがより開放的になったのも事実だった。その分、建物そのものがどこか頼りなさ気に見えるのは、致し方のないことだろう。威圧感を取り除こうとすれば、そうなるものだ。

 普段ならば騎士団本部に出入りするベノア市民が散見される本部前だったが、今日は、どういうわけか一般市民の姿がまったく見受けられなかった。

 騎士団本部への道中、一本道となっている箇所があるのだが、そこに検問が敷かれていたことが関係している。検問により、騎士団関係者以外の通行が禁じられていたのだ。

 検問は、緊急招集と関係しているに違いなかったが、検問に当たっている騎士たちに聞いてみたところ、彼らも、なぜ、騎士団関係者以外の通行が禁じられているのか、その理由を知らないようだった。

 どうやら、緊急招集のかかったものだけが、その理由を知ることができるようだ。

(つまりは幹部だけか)

 幹部とは、騎士団長を含めた五名のことを指す。

 騎士団長オズフェルト・ザン=ウォードに、ルヴェリス・ザン=フィンライト、シド・ザン=ルーファウス、ロウファ・ザン=セイヴァス、そしてベイン・ベルバイル・ザン=ラナコートの五名だ。

 その五名だけが、騎士団の運営に関する発言権を持つ。

 かつてはそこに八名が加わり、十三騎士と呼ばれたのもいまや昔の話だ。

 しかし、思い出さずにはいられないのも事実だった。それこそベノアガルド騎士団の黄金時代といっても過言ではなく、そのころのベインは、不機嫌な朝などほとんどなかったのだ。毎日のように機嫌がよく、そのことをよくロウファに不気味がられたものだった。

 もはや取り戻すことの出来ない栄光の日々を想うのは、むしろ機嫌がいいからだろう。

 機嫌が悪いときは、そういったことを考える余裕さえない。

(そんな日に緊急招集たあ、ついてねえな)

 本部の門を潜り抜け、馬車を降りると、ルヴェリスの馬車が続け様に到着した。見るからに派手な色彩の馬車は、ルヴェリスの美的感覚が大いに反映されているものだが、ただ単に彼がその趣味を反映させたわけではないことは、ベインにだって理解できる。

 新本部と同じだ。

 ベノア市民に親しまれることを念頭に置いているのだ。

 その点、ベインは駄目だった。不機嫌なことの多いベインは、一般市民にとってだけでなく、騎士たちにとってすら近づきがたい存在であり、直属の部下にすら距離を取られる始末なのだ。彼が不機嫌なときですらいつも通り接する人間など、極めて限られた、希有な存在だった。

 そして、そんな希有な存在だからこそ、大切にしなければならないのだ。

 そんなことを考えているうちに、ルヴェリスが極彩色の馬車から降りてくる。普段とは違って騎士団の制服を着込んだ彼は、ベインを発見するなり、手を挙げて挨拶してきた。

「はあい、ラナコート卿。今朝は御機嫌ね」

「フィンライト卿こそ、元気そうでなにより」

 ベインは、一目でこちらの機嫌の良さを見抜いてきたルヴェリスの観察眼に舌を巻きつつ、そう返答した。ベインの機嫌がいい日は、ほかの騎士たちの機嫌もいいように思うのは、気のせいではあるまい。それはおそらく、自分の見方が変わっていることの証明にほかならないのだ。

 不機嫌なときは、すべてが必要以上に悪く見えるし、どんな些細なことも悪く受け取ってしまう。が、逆に機嫌が良ければ、どんなことだって良く受け取るのだ。

 ルヴェリスが明るく見えるのだってそうだろうし、ほかの騎士たちの敬礼する様がいつも以上に美しく見えるのもまた、心の在り様が違うからだ。

 ふたりして騎士団本部の建物内に入れば、正騎士が待ち受けていた。

 その案内によって赴いた先は、騎士団の会議室として使われる神卓の間だった。

 神卓の間とはいえ、神卓はない。

 かつて、フェイルリングが音頭を取った革命によって騎士団は再生した。その際、フェイルリングは、神卓と接触し、救世神ミヴューラとの邂逅を果たしたのだ。

 救世神との邂逅は、フェイルリングをして価値観を大きく変えることとなり、騎士団は、救世神ミヴューラの宿る神卓を中心として再編された。騎士団が神卓騎士団と呼ばれるようになったのも、それからだったし、騎士団の幹部たる十三騎士が誕生したのも、それ以降のことだった。

 いまや遙か昔のことのように思える。

 神卓が、聖皇復活を阻止するべく、フェイルリングたちとともに“約束の地”へと向かったのも、だ。

 たかだか数年前の出来事だというのに、遠い過去のことのように感じられるのは、この数年の激動があまりにも強烈だったからに違いない。

 神卓がどうなったのかは、わからない。

 ミヴューラ神ともども消息不明のままだ。

 それなのに、オズフェルトは、新本部に神卓の間を作った。それは、いずれ神卓がこの部屋に戻ってくることを信じているというよりは、神卓騎士団と呼ばれた頃の理念を忘れないため、という気分のほうが強いらしい。

 一時の情熱、一時の感情、一時の想念。

 そんなものは、時とともに押し流され、忘れ去られていく。

 故に、時折立ち返り、思い出す必要があるのだ。

 そのための会議場としての神卓の間であり、ベインたちは、新本部で会議が行われるたびに騎士団の理念を思い出すのだ。

 騎士団は一体なんのために新生し、なんのためにいままで歩んできたのか。

 神卓の間にあれば、そのことを常々考えるようになる。

 だから、緊急事態であっても、神卓の間に招集されるのだろうが。

 神卓の間に足を踏み入れれば、既に残る三名の幹部が集まっていた。

 神卓の間に据え付けられた円卓は、神卓とはまったく異なる形状だが、会議を行う上では問題ない。そもそも、神卓の形状を完璧に覚えている人間がいない上、いたとしても再現は困難であり、であれば、既存の円卓を用いるのは理に適っている。

 その円卓に騎士団長オズフェルトと、シド、ロウファの三名が腰掛けていて、こちらを見ていた。いずれも、いつにも増して真剣な表情であり、どこか思い詰めているように感じられたが、気のせいではなさそうだった。緊急事態なのだ。事情を知る彼らが思い詰めるのも不思議ではなかった。

 とはいえ、なにも知らないベインとルヴェリスは互いに顔を見合わせた後、円卓の騎士たちに向き直った。

「緊急事態だそうですな」

「ああ。緊急事態だ。騎士団創設以来最大のな」

 オズフェルトらしからぬ脅し文句に、ベインは怪訝な顔になった。

 


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