第三千五十五話 これから(三)
「ミドガルドさんのおかげで、新しい船とウルクたちの躯体、それに魔晶兵器の数々が手に入ったわけだけど、これだけじゃあとても足りないんだよな」
戦力の拡充は、確実に進んでいる。それは間違いない。
魔晶船は、ウルクナクト号と比べると戦闘能力においても飛躍的に向上しており、さらに多数の魔晶兵器、魔晶人形を搭載する予定だった。これにより、セツナたちの戦力は、以前よりも遙かに向上すること間違いなしであり、そういう意味でも魔晶城を訪れたことは正解だった。
だが、これでも足りないという確信がある。
彼我の戦力差を想像すれば想像するほど、必要な戦力は膨大になっていく。
ウルクは、肆號躯体に換装したことで、弐號躯体とは比べものにならないほどの力を得た。実際にその戦闘能力を試したわけではないが、ミドガルドの説明を疑う必要はない。
イルとエルの躯体も、以前のウルク捜索用の躯体とは異なり、戦闘用の躯体に一新されていることもあり、戦力としては十二分に期待できるだろう。
それでも、足りない。
もっと、もっと、と、考えてしまう。思ってしまう。望んでしまう。
なぜならば、ネア・ガンディアとの決戦を始めれば最後、戦線を離脱し、態勢を立て直すことなどかなわないだろうという確信があるからだ。
神々が、獅子神皇が、セツナたちを逃がすまい。
つまり、決戦を始めるのであれば、神々の防衛網を突破し、獅子神皇を討滅するに足るだけの戦力を確保したという確信がなければならないのだ。
「その通りだ」
マユリ神が冷徹にうなずく。
船は、既に魔晶城を目前に捉えている。しかし、セツナたちはすぐに降りる準備に入らなかった。まだまだ、話したりないことがあるからだし、船を降りてしまえば、話を一時的に中断せざるを得ないからだ。
真夜中、魔晶灯の光に照らされて闇の中に浮かび上がる魔晶城は、遠方から見ても圧倒的な存在感を放っていた。魔晶城は、ほとんど自動化された工場であり、一日二十四時間、休むことなく稼働し続けている。現在の主な作業は、各種魔晶兵器の点検と調整、および心核の交換だ。
窮虚躯体との強制同期によってほとんどの魔晶人形、魔晶兵器が心核に蓄えられた波光を枯渇させているからだ。
つまり、何千何万という魔晶兵器、魔晶人形のすべてに手を入れなければならず、そのために魔晶城は、休むことなく働き続けているのだ。
そんな魔晶城の働きに、セツナたちの今後がかかっているといっても過言ではなかったし、聖王国の将来にも大きく影響することだろう。
ミドガルドは、セツナたちに戦力を提供する一方、聖王国にも魔晶兵器を提供するつもりなのだ。
この数年、聖王国は、戦力をエベル製の量産型魔晶人形に依存していた。その魔晶人形たちが突如として動かなくなったことが、王都の混乱の最大要因であり、ミドガルドが代替として量産型魔晶人形を提供すれば、王都の秩序は元に戻るだろう。
その点では、なんの心配もいらないはずだ。
そして、魔晶城が魔晶兵器の大量生産を続ければ、聖王国全土が秩序と平穏を取り戻していくに違いない。
「戦力はあればあるほどいい。そう、過剰なくらいでちょうどいいのだよ」
「そうはいうがのう……」
「当て……か」
セツナは、ラグナ同様に腕組みして考え込んだ。世界中を当て所なく飛び回るだけの時間的余裕があるわけではない以上、目的地を絞り込まなければならない。そうなると、考えられる場所というのは、そう多くはない。
「そうだな……まずは、神様連中に当たってみるか」
「神様?」
「話しただろ、マウアウ様にラジャム神のことさ」
「そういえば、そのような話もしておったな」
「おまえ、自分に関係のないことには興味を示さないのな」
「異界の神なぞに興味を持つ理屈がないわ」
「海神マウアウに闘神ラジャム、だったか」
「マウアウ様は、ナリアとの戦いでも協力してくれたからな。頼み込めば、なんとかなると思う」
マウアウ神がナリアの分霊との戦いの際、サグマウの召喚に応じてくれただけでなく、その後も、ナリアとの戦いに決着がつくまで協力してくれたという事実がある。マウアウ神は、話のわかる女神でもあった。魔王の杖の使い手たるセツナの話に耳を貸してくれた数少ない神属であり、故にセツナは、マウアウ神に信頼を寄せているところがあった。
「そうだな……この世界の海を気に入っているというのであれば、我らに協力しない手はないだろう」
「問題はラジャムとやらか」
「闘神ラジャム……なにものなのですか?」
「ただの戦闘狂だよ」
ウルクの質問に対し、セツナはそのように断言した。
“大破壊”以来、闘都アレウテラスの守護神となったラジャムは、ひとびとの闘争を己が糧としているだけでなく、みずからもひとに乗り移って闘うことがあったようだ。そうして、セツナと対峙し、闘い合ったことは、いまや遠い昔のように想える。
その闘いは、決して無意味ではなかった。
なぜならば、セツナはラジャム神との闘争の中でリョハンの危機を知り、リョハンに駆けつけることができたのだ。
そういう意味では、ラジャム神には感謝していたりもする。
ラジャム神が気づかせてくれなければ、セツナとレムは、リョハン救援に間に合わなかった可能性が高い。
「だが、だからこそ説得しやすいともいえる」
「自信があるのか?」
「ラジャムは、俺との再戦を望んでいたからな」
「なるほど。おまえとの再戦を餌に釣るというわけか」
「それに、他の神々と戦えるとなれば、闘争本能の塊のような神様にとって、これほど好ましい状況はないと思うしな」
「しかも、自分が滅びる心配はいらないとなればなおさら、じゃな」
ラグナがどこか冷ややかにいったのは、異世界の神々について興味を持てないからなのだろう。異界の神々のことなどどうだってよく、戦力として加わってくれるのであれば、それだけでいい、とでもいわんばかりだった。
ただ、ラグナのいうことにも一理ある。
ラジャム神は闘争を好むが、みずからが滅びに曝されるような闘いは好むまい。
たとえば、セツナと生死を賭けた闘争をしたい、などとは思っていないのだ。それは、彼の存在意義を否定することだ。
ラジャム神とて、この世界に居着くつもりはなく、いずれは在るべき世界に還ることを夢見ている。ただ、以前のように強行手段を取るつもりがないだけのことであり、機会が来るまでの間の暇潰しとして、闘都の守護神になっただけのことだ。そして、いずれ悲願を果たすときまでは、滅びるわけにはいかないのだ。
それでは、本来在るべき世界にいる彼の信者たちを裏切ることになる。
神々の闘いとは、本来、不毛なものだ。
決着がつくこと、それ自体が珍しく、どれだけ力の差があっても、滅ぼすことは不可能だという。
マユラ神がナリアの分霊を取り込んだように、極限まで弱体化させた上で取り込む以外に、神が神に打ち勝つ方法はないらしい。
つまり、だ。
ラジャム神が、ネア・ガンディアとの決戦に参加したとして、滅びに曝される可能性は極めて低く、彼がこちらに協力してくれる可能性はその分高いのではないか、という話だ。
「あとは……そうだな。ミヴューラ様がいてくれれば……」
「なにをいっておるのじゃ、セツナ」
ラグナが、きょとんとした表情でこちらを見た。
「え?」
「ミヴューラならば会ったばかりではないか」
「ああ、やはりそうか」
マユリ神が納得したように、いう。
「あれが、話に聞くミヴューラか」
「うむ。間違いないぞ。わしはこの目で見たのじゃからな」
「ではなぜ、セツナは気づかなかった?」
「ちょっと待ってくれ。さっきからなんの話をしているんだ? ミヴューラ様? どこで会ったってんだ?」
「ここで、じゃが」
そういってラグナが指し示したのは、映写光幕に映し出された夜の魔晶城だった。冷厳にも強く輝く魔晶灯に照らし出された鋼鉄の城塞は、いまも全力で稼働していることを示している。
「ここで……!?」
セツナは、ラグナとマユリ神がいっている言葉の意味を理解したとき、愕然とした。