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武装召喚師――黒き矛の異世界無双――(改題)  作者: 雷星
第三部 異世界無双

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第三千五十二話 ミドガルドのこと(十一)

 エベルの消滅は、その大いなる力に無意識に依存していた聖王国の将来に巨大な暗影を生むこととなった。

 少なくとも、これまでのような栄光と繁栄が聖王国に訪れることはなく、絶対的な力を持った政府による秩序に基づく平穏と安寧が約束されることはなくなるだろう。

 なぜならば、その根幹に大神エベルがいたからこそ成り立っていたのが聖王国という大勢力であり、広大な版図がなんの問題もなく、なんの矛盾もなく機能し、不平不満のひとつとして存在しなかったのもまた、神の偉大なる力のおかげだったからだ。

 エベルは、滅ぼさなければならなかった。

 だが、その結果として聖王国という巨大国家の将来が不安定になってしまったこともまた、事実なのだということを認識しなければならない。

 それは、帝国とて同じことなのだろうが、帝国は、ナリア討滅以前に、神の庇護下から自立していたという違いがある。

 聖王国は、神の庇護下に在り続けた。

 その結果、神の加護を失ったことによる混乱が次第に広がっていくことは目に見えている。

 そのような考えを述べたミドガルドは、複雑な心中をその言葉の中に含めていた。

「それで、俺たちに同行するべきか、聖王国に残り、政府を支えていくべきか、迷っている、ということですね?」

「ええ。つまりは、そういうことです」

 ミドガルドが、静かにうなずく。

 難しい問題だと、思わざるを得ない。

 ミドガルドの立場になって考えてみれば、だ。

 戦闘能力のない彼がセツナたちに同行するというのは、ウルクやイルたち魔晶人形、魔晶兵器の調整や修理を適宜行うためだろう。魔晶技師ではないセツナたちには、ウルクたちの躯体を整備することは困難を極めることであり、魔晶技術の第一人者であるミドガルドが手を貸してくれることほど心強いことはない。

 ミドガルドにとって大切な我が子であるウルクの面倒を見たいというのは、ほかならぬ彼自身の本音に違いないのだ。

 しかし、一方で、聖王国に残り、政府の力になりたいという気持ちも理解できる。

 王都は、市民の不安を取り除くことに躍起になっていて、そのための一時的な処置として、外出禁止令を出している。だが、その判断こそ、市民に不安を与え、混乱を疑念を招くものだろうとミドガルドは推察していた。

 ミドガルドは、いまの聖王国政府には、このような情勢に対応できる人材は少ないと見ており、自分ならば多少なりとも力になれると考えているようだった。

 セツナたちと同行し、愛娘ウルクや魔晶兵器の面倒を見るか、それとも、ここに残り、聖王国政府の力添えをするか。

 セツナは、彼の立場になって、考える。

 もし、ガンディアが現在の聖王国のような状況であれば、自分は、なんの懸念や不安もなく、戦いに専念することができただろうか。

 たとえば、レオンガンドが無事であり――いや、たとえそうでなくとも、ナージュ王妃やレオナ姫がセツナにそのような望みを託してきたのだとすれば、セツナは、どうしただろうか。

 考えれば考えるほど、答えは出ない。

「それは悩むほどのことでしょうか、ミドガルド」

「ウルク……?」

「ミドガルドにはミドガルドにしかできないことがあるのでしょう。であれば、そちらを優先するべきではないのですか」

 ウルクは、ミドガルドをまっすぐに見つめながら、いった。その澱みのない声音は、淡々としていながらも、どこかミドガルドへの想いを感じることができるようだった。

「この船には、わたしたちの躯体や魔晶兵器を整備するための機材が揃っていますし、整備方法については、マユリ様やセツナ、またはわたしたち自身に教えてくれればいいことです。なにも、ミドガルドの手を患わせることではありません。違いますか?」

「それは……そうだが」

 ミドガルドは、ウルクの問いかけに対し、言葉を濁した。驚きを隠せない、という風だった。まさか、ウルクがそのような答えを導き出してくるとは想像もしていなかったに違いない。

 セツナだって、そうだ。ウルクの発言に面食らう想いだった。

「ミドガルド。わたしのことはなにも心配はいりません。肆號躯体は、弐號躯体とは比較にならない力を持っていますし、なにより、セツナたちが一緒です」

 それこそが一番重要である、とでもいわんばかりに、彼女はセツナの名を強調した。それだけウルクがセツナを信頼してくれているという証なのだろうが、そこまで強く主張されると、少しばかり気恥ずかしいものがあるのも事実だ。

 とはいえ、彼女のいうことも、わからないではなかった。

 ミドガルドがセツナたちに同行する理由は、ウルクの言及するところにある。つまり、ウルクが心配であり、側についていたい、という親心からだ。

 戦いは、これから先、苛烈さを増す一方だということは、ミドガルドだって知っていることだ。

 ウルクは、弐號躯体から肆號躯体に換装したことで、戦力として大幅に強化されている。その力を最大限に発揮すれば、並の神の攻撃にさえ余裕をもって耐えられるだろう、とは、ミドガルドの同志たちのお墨付きだった。

 窮虚躯体に並ぶことはないものの、それでも強力無比な躯体であることに違いはない。

 そんな躯体であっても、損傷しないとは限らない。

 これから戦うことになるのはネア・ガンディアだ。

 神々が属し、神々の王が率いる軍勢との戦いは、熾烈を極めるものとなるだろうし、特に獅子神皇との決戦となれば、いくら肆號躯体でも無傷で済むはずもない。いや、数多の神々との戦いですら、油断はできない。余裕などあろうはずもない。

 ミドガルドが同行したがるのも無理のない話だった。

 しかし、ウルクは、そんなミドガルドに対し、心配は無用である、と言い切ったのだ。

「そう……だね。君のことは心配するまでもない、か」

「はい、ミドガルド。あなたにとっては出来の悪い娘かもしれませんが、わたし自身は、あなたにとって最高最強の娘である、と自負しています」

「ウルク……」

 ミドガルドは、思わぬウルクの発言に言葉を失ったようだった。

 ウルクのミドガルドを見つめるまなざしは、ひたすらに真っ直ぐで、熱を帯びている。限りない尊敬と揺るぎない信頼、そして親への愛情が、その視線に込められている、そんな気がした。

「いま、なんといったのだい?」

「はい? なんのことでしょう」

「いま、確かに、娘、といったね? そういったのだね?」

「ミドガルド?」

「ふふ、娘……娘か。わたしの娘……」

 ミドガルドは、心底嬉しそうにその言葉を繰り返した。

「ああ、そうだ。そうだとも。君はわたしにとって最高にして最強であり、絶対不変の娘だよ」

 ミドガルドとウルクの関係は、本当の父と娘以上の絆があるように想えてならない。いや実際、その通りに違いなく、セツナは、感動を隠さなかった。

「ふふ……まったく、君のことを心配するだなんて、馬鹿げていたね。もっと、信じるべきだった。君と、君を作り上げたわたしたちのことを」

「そうですよ、ミドガルド。わたしの躯体は、あなたの手によって作られたもの。であれば、なにを心配することがあるのです。心配するべきは、聖王国のほうでしょう」

「ああ、その通りだ、ウルク。ようやく、決心がついたよ」

 ミドガルドは、ウルクに向かって感謝の言葉を述べた。ウルクは少々、気恥ずかしそうな表情を見せる。

 そして、ミドガルドは、セツナに向き直った。

「セツナ殿。まことに勝手ながら、わたしは、この地に残ります。この地に残り、聖王国が神の加護なく立ち行く日が来るまで、できる限りのことをしていこうと想うのです」

「俺もそれがいいと想いますよ」

 セツナは、本心からいって、ミドガルドの決断を祝福した。

 聖王国は、ミドガルドの生まれ故郷であり、大切な場所なのだ。

 大切な場所を護ることを優先することに対し、とやかくいう権利は、セツナにはない。



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