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武装召喚師――黒き矛の異世界無双――(改題)  作者: 雷星
第三部 異世界無双

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第三千四十二話 ミドガルドのこと(一)

(これで一先ず……)

 法理の間を立ち去っていく重臣たちの険しい横顔や寂しげな後ろ姿を見遣りながら、ミドガルドは、内心、安堵していた。

 彼が懸念としていたことのひとつが解決できたのだ。

 これより先は、彼は思う存分、セツナたちに協力することができる。それは、彼にとってなにより喜ばしいことだった。

 セツナには、恩義がある。

 エベル打倒を果たすことができたのは、セツナがいてくれたからだったし、セツナがものの見事にその役割を果たしてくれたからだ。

 セツナがいなければ、セツナが役割を果たしてくれなければ、エベルは滅びず、それどころか、世界が滅びていたかもしれない。

 それになにより、セツナがウルクを大切にしてくれていたこと、大事に想ってくれていたことが嬉しかった。

 彼が窮虚躯体を破壊するのを躊躇ったときほど、彼がウルクの主で良かったと想ったことはなかった。

 ウルクは、人間ではない。魔晶人形だ。破壊したところでいくらでも作り直せるのだ。なのに、彼は、逡巡した。要するにそれは、彼がウルクという人格を大切に想ってくれているからであり、愛情の現れである、と、ミドガルドは結論づけた。

 ウルクは、彼にとっては愛娘のようなものだ。

 全霊を込めて作り上げていく中で、愛娘に対する親心のようなものが芽生えていったのは、やはり、ウルクに人格が宿り、自我を持っていたからだろう。たとえばウルクが当初の予定通り、なんの人格も持たない、遠隔操縦で動く戦闘兵器として起動したのであれば、そこまでの愛情を持たなかったのではないか。少なくとも自分の一部のようには想わなかったに違いない。

 ウルクの心をミドガルドは大切に想ったのだ。

 そして、そんなウルクを大切に想ってくれているセツナに対し、好意と敬意を抱いた。

 セツナに恩返しをしたいという想いと、聖王国の将来をより良いものにしたいという想い、そして、ネア・ガンディアを打倒しなければならないという意志が、ミドガルドを突き動かし、この会議の場において、彼に熱弁を振るわせるに至った。

 そして、彼の思い描いた通りの結果を勝ち取ることができたのだから、安堵もしよう。

 だれもが会議室を去っていくと、室内には、ミドガルドとマユリ神だけが残った。

「まったく、なにをさせるのかと思いえば……」

 マユリ神が嘆息とともにこちらを見つめてくる。その表情には、複雑な感情が浮かんでいるようにも見える。

「人間には人間の、人形には人形の役割がございますれば、神様には神様の役割がございましょう」

「……確かに、神ならば説得力も増そうというものだがな」

「納得できませんか」

「納得はした。だから、こうしてここにいる。希望は大切だ。特にこの世界ではな。しかし、わたしが旗印というのは、どうにも」

 不満である、とでもいいたげなマユリ神の気持ちは、わからないではない。

 一行の旗印がセツナだということは、ミドガルドにもわかりきったことだ。セツナの名の下にひとびとが集まり、この終わりかけた世界で戦い続けている。本来であれば、旗印はセツナであるべきなのだ。

 だが、今回の場合は、そういうわけにもいかなかった。

 なぜならば、セツナは、この国では無名の人間といっても過言ではないからだ。

 かつての大陸時代、小国家群において勇躍を始めたガンディアという国の英雄の雷名は、遠く聖王国にも鳴り響いている。だが、それは小国家群の話であり、聖王国の人間からしてみれば、弱小国家の小競り合いの中に生まれた英雄など、たかが知れていると想っても不思議ではない。

 ガンディアの最盛期ですら、聖王国の版図には遠く及ばないのだ。

 聖王国のひとびとにとってみれば、小国家群の国々など、国の範疇ではなかった。

 事実、聖王国が軍を動かせば、ただ前進するだけで小さな国々は潰れていった。それが大勢力と小国家の歴然たる戦力差であり、現実なのだ。

 故に、セツナの名を挙げても、なんの説得力もなく、影響力もなかった。

 無名ながらも実在する神を目の当たりにさせるほうが、余程、効果的だ。

「聖王国のみならず、世界中から戦力を糾合するためであれば、やはり、セツナ殿よりはマユリ様のほうが都合がおよろしいのですよ」

「それも理解しているよ」

 女神が不満なのは、セツナこそ、旗印に相応しいと想っているからであり、そればかりはミドガルドの説得でどうにかできるものではなかった。便宜上とはいえ、こうして旗印となって振る舞ってくれているだけ有り難いと想わざるを得ない。

「さて……そろそろ船に戻ってもいいか?」

「ええ、どうぞ」

「では、な。急用があれば、通信器で報せてくれればいい」

 いうが早いか、マユリ神は、その神々しい姿を一瞬にして掻き消してしまった。空間転移だろう。神の御業は、いつ見ても凄まじいとしか言い様がない。

 ひとり法理の間に取り残されたミドガルドは、机の上の書類を鞄に収めると、席を立った。自分以外だれひとりいない空間というのは、嫌いではなかったし、むしろ好ましいと思えた。気兼ねすることがないからだ。そして、そういうときこそ、空想が捗るものだ。空想、妄想、想像。なんでもいい。そういったことが研究や開発の手がかりとなり、閃きを促すことだってあるのだ。

 もっとも――。

(閃き……か)

 魔晶人形開発に関しては、そのようなものなどなかったという事実は、彼に暗澹たる想いを抱かせ続けていた。

 エベルの力が多分に働いている。

 天啓は、まさに神の啓示だったのだ。

 故に彼は、エベルを否定しきれなかった。エベルのすべてを否定するということは、魔晶人形も、ウルクも、その存在すべてを否定しなければならないからだ。

 法理の間の扉を開き、廊下に出ると、ふと、視線を感じた。躯体の感覚というのは、人間のそれよりも極めて鋭敏に出来ている。ひとの視線から感情を読み取ることも容易なほどの敏感さは、しかし、ウルクにはほとんど作用していないように想われる。

 おそらく、ウルクがついこの間まで生まれたての赤ん坊のような状態だったからであり、感情というものが理解しきれていないからだろうが。

 その点、ミドガルドは、人間として五十年以上を生きてきたのだ。それも権謀術数渦巻く聖王宮で青春を送っていたこともあり、他人の感情には敏感だった。

 だから、だろう。

 視線を感じたとき、彼は、息を呑んだ。

「ミド」

 そして、その言葉を聞いたとき、ミドガルドは、自分がだれを演じているのかも忘れてしまった。

 声のほうを振り向けば、廊下の脇にひとりの女性が立っていた。まるで待ちぼうけしていたかのような素振りで壁にもたれかかるようにしているのは、とても五十代には見えない若々しさを保った王妃であり、その姿を目の当たりにした瞬間、彼の脳裏には、若き日の彼女の姿が過ぎった。

「アナ……」

 思わず彼女を愛称で呼んでしまったのは、ミドガルドにしてみれば、迂闊以外のなにものでもなかった。

「ミド、やっぱりミドなのね……!」

 アナスタシアは、壁から離れると、喜悦満面といった様子で駆け寄ってきた。その足取りは軽く、年の頃を感じさせないものがあった。まるで二十代の頃に戻ったような、そんな様子さえある。

 それは、ミドガルドに青春の日々を思い起こさせるには十分過ぎるほどの光彩を放っていた。


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