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第三千三十九話 王国の後先(八)

 そこからは、ミドガルドの独壇場だった。

 彼は、ルベレスの死を虚偽と欺瞞で塗り潰した。

 ルベレスが死んだという事実は隠さず、しかし、死んだ原因や諸々については、脚色するどころの話ではなく、なにもかもすべてを嘘で塗り固めるようにして、彼は報告して見せたのだ。

 ルベレスは、ディールが直面していた危機的状況に対し、魔晶技術研究所とともに立ち向かった。なぜ、魔晶技術研究所の人間だけが動員されたのかといえば、聖王国においてもっとも戦力として期待できるのが魔晶技術研究所であり、研究所の総力を結集しなければ、聖王国の危機を取り除くことはできないと判断したからだ。

 それだけではない。

 崩壊の日以来、王都はともかくとして、聖王国全体の傷は癒えておらず、戦力も整っているとはいえない状況が続いている。そんな状況下で、全戦力を投入するような真似ができるわけもなければ、そんなことをすれば、たとえ国難を乗り越えることができたとして、多大な損害を被ることは避けられないのだ。

 損害を研究所のみに抑えることが、ルベレスが研究所だけを任務に宛がった理由とした。

 そこに関する疑問や不審は、すべて、ルベレスの死という重大事と衝撃が持っていってしまっている。

 ルベレスが研究所とともに事に当たった聖王国の危機、国難とは、神の軍勢たるネア・ガンディア、その尖兵による攻撃であり、ルベレスは、尖兵たる神との戦いの中で落命した、ということになった。

 ルベレスの勇敢な戦いぶりを伝えるミドガルドの姿に、セツナは、なんともいえない白々しさを感じたものの、それはセツナがミドガルドの心情を知っているからこそのものであり、彼をミナ=カンジュとして見ているものたちにとっては、真実を語っているという風にしか見えなかっただろう。

 その演技たるや、真に迫ってはいたのだ。

 王子も王妃も、騎士たちも、その場にいただれもが、ルベレスの死の報せを聞いて、衝撃を受けていた。それこそ、天地がひっくり返ったような衝撃だったのだろう。王妃は顔を蒼白にさせ、王子は信じられないと、ミドガルドに詰め寄ろうとした。

 ミドガルドは、そんな王子に対し、あるものを懐から取り出して見せた。それは、白金の首飾りであり、複雑で精緻な細工は、神秘的な紋様を描いている。が、一部が欠けており、その欠けかたも、欠けた、というよりは、溶けた、という風だった。

 王子と王妃は、それを目の当たりにして、さらに衝撃を受けたようだった。

 それは、ルベレスが常に身につけていた首飾りだったからだ。代々国王に受け継がれてきたというそれは、神授の首飾りといわれ、ディール王家が神によって選ばれた証であるとも伝えられてきたものであるようだ。


 そしてそれは、人間の手では再現不可能であるといわれ、故に、王子も王妃も、騎士たちも、だれもがルベレスの死を受け入れざるを得なくなってしまったのだ。

 ミドガルドがどうやってそれを手に入れたのかはわからない。ルベレスの肉体は、エベルによって塵ひとつ残らないほどに消滅させられていたのだ。ルベレスが身につけていたものもろともに。もしかすると、ミドガルドが同志たちの協力によって偽造したものかもしれなかった。

 ミドガルドは、ルベレスの死を利用するため、あらゆる手段を使うつもりなのだろう。

 実際、彼は、すべてを利用した。

 ルベレスの死も、エベルとの戦いも、なにもかもを、自分たちにとって都合のいいように改竄し、嘘と偽りで塗り固め、そこに真実を織り交ぜることで、王子たちを信じさせていく。

 セツナは、なんだか悪人になったような気分になりながら、ミドガルドの話を聞いていた。

 ルベレスは、神を討ち斃すための犠牲となり、その勇敢な戦いぶりは涙なくしては語れない、と、ミドガルドは、涙ひとつ流れない体で語って見せた。無論、声音は震え、ルベレスへの敬意と尊重を込められたものではあったが、自分の感情すらも利用しようとするミドガルドの逞しさたるや、凄まじいとしかいいようがない。

 ルベレスの命という犠牲と引き替えに神を討ち斃すことに成功したものの、それは、ネア・ガンディアの尖兵に過ぎず、本格的に侵攻軍を差し向けてくる可能性は大いにあり、依然、ディールは国難の状況にある、と、ミドガルドは語った。

 そして、その国難を乗り切るためにこそ、自分たちがいるのだ、ともいった。

「それはどういうことか?」

 アレグラスが問えば、ミドガルドは、胸を張ってこういうのだ。

「恐れながら殿下。ディールの全戦力を以てしても、ネア・ガンディアには到底勝ち目がないことは明らかです。ましてや、先の戦いでは研究所も大きな痛手を負いました。現在、再建を急いでいるものの、すぐには戦力を提供出来る状況にはありません」

「では、どうするというのだ? そなたは、研究所の代表として、ここにいるのだろう?」

「彼我の戦力差は絶望的であります。が、こちらには希望がございます」

「希望……ですか?」

「絶望に立ち向かうには、希望が必要でございましょう」

「はあ……?」

 ミドガルドの妙な理屈を受けて、王妃も王子も、よくわからない、と表情でいっていた。いや、無論、理解できない理屈ではないはずだ。絶望と対立するのは、希望なのだ。だが、だからといってこのような状況下でそんなことをいわれても、疑問符が浮かぶのは当のことだ。

 ミドガルドは、後ろを振り返ると、マユリ神を指し示した。

「こちらに在らせられるは、希望の女神マユリ様にございます」

 唐突に話を振られて、マユリ神は、一瞬、きょとんとしたようだったが、すぐさまミドガルドがなにをしたいのか理解したのだろう。女神は、注目を浴びる中、ふわりと空中に浮かび上がった。そして、全身から神々しい光を放ち始めると、姿を変容させていく。

 美しい少女から、まばゆいばかりに輝く女神へ。研究所職員の制服を模した衣服が消えてなくなり、全身をきらびやかな衣が覆った。光背が具現し、まさに神と呼ぶに相応しい姿となった。もっとも、背中にいるべきはずのマユラ神の姿はなく、それはおそらくマユリ神なりの配慮だろう。

 セツナたちにとって見慣れた姿は、しかし、見知らぬ人間からすれば不気味以外のなにものでもない。

「わたしの名はマユリ。希望を司り、輝かしい未来を切り開くものなり」

 マユリ神は、厳かに告げると、上空から王子や王妃たちを見下ろすようにした。

 アレグラスもアナスタシアも、マユリ神の神々しさの前に絶句するほかなかったようだった。騎士たちもだ。この場にいるだれもが光り輝く女神に目を奪われ、心までもが虜にされていくような、そんな気配までもがあった。

「希望の女神の名の下に世界中から戦力を糾合し、ネア・ガンディアと対抗することこそ、陛下の御遺志に報いること。そうではありませんか?」

 ミドガルドがそのように話を進める中で、セツナは、納得する想いだった。なぜ、ミドガルドがマユリ神に協力を求めたのか、その理由がいままさに明らかとなったのだ。

 アレグラスもアナスタシアも、いままさに絶望的な心境にあったのだ。

 ルベレスは、少なくとも彼らにとっては心の支えであったはずだ。王妃にとっては最愛の夫であっただろうし、王子にとっては偉大なる父であっただろう。そんな人物が突如として、なんの前触れもなく死んでしまったと告げられれば、絶望的な心境にもなるだろう。

 そんな状況下で示される希望ほど、効果的なものはあるまい。

 希望の女神は、そのまばゆい光で以て、神宜の間を包み込み、絶望に堕ちかけたひとびとの心を立ち直らせたのだ。

 


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