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第三千三十五話 王国の後先(四)

 “意内”に入れば、大いなる正道から栄誉ある大道へとその呼称が変わる。

 道幅は変わらないが、道路の質そのものに変化があるようだった。舗装のされ方が違うのだろう。中流階級と下流階級からなる一般市民の住む“意外”と、上流階級たる貴族の住む“意内”では、道の作りさえ違うのは、当然といえば当然なのかもしれない。

 栄誉ある大道をひたすらに真っ直ぐ北へ向かえば、直に光理の門が見えてくる。

 “意内”は、“意外”に比べれば狭かったのだが、それは一般市民と貴族の割合を考えれば当然の話だ。王都ディライアには数十万単位の人間が住んでいるというが、貴族に該当する住人は、その一割にも満たないという。

 もちろん、“意内”に住んでいるのは、なにも貴族だけではない。貴族の屋敷で働く使用人たちまで貴族であるはずもないのだ。また、“意内”各所を警備している兵士たちもほとんどは中流階級の出身であり、貴族の子女が一般兵として登用されることは少ない、という。

 たとえ軍に入ったとしても、特別扱いを受けるのが、この国では普通のことなのだ。

「まあ、わたしは軍に入らず、研究に没頭していましたがね」

「研究って、やっぱり、魔晶技術ですか?」

「ええ。魔晶技術は、ウェハラム家にとって切っても切れないものですから」

 というのも、魔晶石採掘の聖地とでもいうべきイードローは、ウェハラム家出身の将軍によって切り開かれた地域であり、代々、ウェハラム家が見守ってきた地域でもあるからだ。当初こそ、ただの魔晶石採掘場に過ぎなかったイードローだが、やがて魔晶技術が誕生すると、魔晶技術研究の中心地となっていった。

 そうした中で、ウェハラム家のひとびとが魔晶技術研究に携わっていくのは、必然ではあったらしい。

 とはいえ、ミドガルドのように人生を捧げるほど熱心に研究した人間はいなかったようだ。彼は人生を捧げるどころか、人間であることすらやめてしまったのだから、その情熱たるや狂気染みてさえいる。

 無論、そうするよりエベルを出し抜く手段がなかったから、致し方のないことではあったのだが。


 光理の門は、デイル湖上に浮かぶ王宮と“意内”を結ぶ神聖大橋を護るための門であり、たとえ“意内”に住む貴族であっても、簡単には通行許可が降りることはないらしい。

 それまではなんの障害もなく走り続けてこられた車両が足止めを食らったのも、光理の門の厳重な警備故だ。もっとも、セツナたちがなにをするわけでもない。

 重武装の兵士たちが壮麗な門の前に立ちはだかり、車両を先導する騎兵たちに様々な質問を投げかけた。騎兵たちは、車両を振り返り、返答をする。

「彼らは近衛騎士団の一員でしてね。故に居丈高なのですよ」

 と、ミドガルドが囁くようにいってきた通り、重武装の兵士――近衛騎士たちの騎兵に対する態度というのは、横柄かつ傲慢なものに見えた。もちろん、それは彼らの役職、立場からすれば当然のものであり、光理の門を預かるならばなおさら厳戒にならざるを得まい。

 もし、安易に門を通し、王宮で問題が起きた場合、責任を問われるのは彼らだ。そしてそのような場合、ただ謝ればそれで済むわけもない。

 場合によっては、命に関わることになるだろう。

 そうはいっても、車両が魔晶技術の塊であり、操縦者が魔晶技師であるということがわかると、近衛騎士たちも納得し、道を開いてくれた。それどころか、運転手のミドガルドに最敬礼で挨拶をしてくれたものだから、セツナは純粋に驚いたものだった。

 その上、近衛騎士の二名が騎兵たちに代わり、先導してくれることになった。

 というのも、光理の門より先は、貴族ですらおいそれと立ち入ることのできない区域であり、許可を得ていない騎兵たちに案内させるわけにはいかないからだ。故に王宮に入ることすら許される近衛騎士が、セツナたちの先導を買って出てくれたというわけだ。

 二名の近衛騎士は、詰め所に戻ると、すぐさま馬に乗って現れた。二頭の馬もまた、重武装の騎士が乗るに相応しい出で立ちだった。戦場でもないのに武装しているのは、近衛騎士の立場と権威を示すためであり、その威圧感こそが彼らの役割でもある、と、ミドガルドは冷笑するようにいった。

 ミドガルドの話を聞いていると、彼がこの国の在り様に対し、なにかしら含むところがあるように思えてならない。

 魔晶技術研究に没頭していただけあって、普通の貴族とは異なる感性の持ち主となっていったのかもしれないし、元々、そういった性格の人物だったのか、どうか。

 光理の門を潜り抜ければ、神聖大橋に至る。

 大いなる正道、栄誉ある大道に比べれば、道幅は随分と狭くなっているが、当然だろう。

 橋なのだ。

 とはいえ、立派にもほどがある橋は、やはりエベルの意向が大いに繁栄されたものに違いないという確信を持つ。

 湖上に架けられた大橋は安定感抜群であり、魔晶装甲車両・疾迅がその上を移動しても微動だにしなかったし、たとえ速度を上げたとしてもなんの問題もなさそうだった。余程頑丈に作られているのだろうが、それもエベルが神の御業を用いたからなのかもしれない。

 少なくとも、魔晶技術の賜物ではないとのことだ。

 長い長い神聖大橋からは、デイル湖を眺めることができた。真昼の太陽光線を浴びた湖面は、まばゆく輝いていて、その碧さには目が眩むほどだった。風がなく、故に波も立たず、静かで、穏やかだった。聞こえるのは車両の駆動音くらいのものであり、ラグナのあくびが色を添えた。

 やがて、神聖大橋の終点が見えてくる。

 湖上の島に設けられた門は、神意の門と呼ばれる。エベルが名付けたのだろうし、その名に相応しい威容を誇るその門は、宮殿の出入り口としても相応しい代物だった。

 門は、開かれている。

 神意の門の向こう側に存在するのは王宮だけであり、王族と一部の貴族、重臣や騎士ばかりが暮らしていて、基本的に出入りすることがないからだ。島の出入り口は、南に架けられた神聖大橋だけであり、光理の門の警備さえ厳重にしていれば、侵入することはできないからだ。

 もちろん、湖を船で渡り、漕ぎ着けることはできるが、事前になんの連絡もなく王宮島に近寄ってくる不審な船など即座に発見され、対応されるだけのことだ。そのための監視塔が王宮島の各所に聳えている。

 神意の門を通り抜けて王宮島に上陸すると、すぐ眼前に聖王宮が聳えていた。

 白を基調とし、ところどころに金や銀を取り入れた宮殿は、絢爛豪華でありながらもどこか慎ましさを感じさせる作りであり、エベルが基礎設計に携わったのだとすれば、彼の傲慢さの欠片も見当たらないどころか謙虚過ぎる風に思えた。

 かつて三大勢力の一角を為した神聖ディール王国の国王がその居城たる聖王宮は、それに相応しい巨大さと複雑さを兼ね備えており、帝都ザイアスの至天殿に匹敵した。

 セツナたちは、神意の門の手前で車両から降りるように促され、指示に従った。まさか車両で王宮に乗り込むわけにも行くまい。

「ここも静かじゃな」

 ラグナが、あくびを漏らしながらいった。彼女はいまにも眠りこけそうな様子だったが、セツナは気にも留めなかった。

 ミドガルドを見遣る。

 魔晶技師の白衣を身につけた男性型魔晶人形の横顔は、一目見ただけでは、人間と見紛うほどに良く出来ている。ただし、しっかりと見れば、その表情に違和感を見つけることは容易だ。門番を務めた兵士や近衛騎士たちがあっさりと通してくれたのは、ミドガルドの格好にこそ意味と価値を見出したからであり、容姿などどうでもいいと判断したからにほかならない。

 そんな彼が王宮を前に立ち止まっているのが、気になった。

 なにか思うところがあるようなのだ。


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