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第三千三十四話 王国の後先(三)

 威光の門を潜れば、大通りに出る。

 大いなる正道と名付けられたその通りは、大通りというだけあって道幅も広く、車両が走るだけの余裕は十二分にあった。しかも人通りがまったくなく、万にひとつも交通事故を起こすような心配はしなくていい。そもそも、騎兵が先導していることもあり、走行速度は落とされている。

 仮に脇道からひとが飛び出してきたとしても、急停止すればぶつかることもない。

 さらにいえば、神が同行している以上、どのような事態になったとしてもなんの心配もいらないのだ。

 ただ、この人っ子ひとりいない静寂は、気がかりではあった。

 王都ディライアは、聖王国の中心であり、外観にしても、内側から見た感じにしても、荘厳かつ立派な建物が建ち並んでいて、“大破壊”による影響を受けているようにも見えず、ましてや“大破壊”以降、なにがしかの脅威に曝されたという様子もない。

 まったくの無事にこの数年を過ごしてきたようであり、つまりは、王都市民も平穏に暮らしてこられたはずだ。

 なにせ、エベルの守護という大いなる恩恵を受けていたのだ。

 リョハンや龍府以上に強力無比な加護は、王都のひとびとのみならず、この大陸の都市の多くにも影響を及ぼしていたに違いない。

 エベルは、この国にとっては紛れもなく守護神だったのだ。

 故にこそ、兵士たち以外のディライアの住人が見当たらない現状が不思議で仕方がなかった。

 もっとも、王都にだれひとり住んでいない、というわけではないことはわかりきっている。

 マユリ神が王都内の家屋や高層建築物の中に多数の生体反応を確認しているのだ。つまり、王都のひとびとは、なにかしらの理由があって建物内に籠もっている、ということになる。

 おそらくは、上からの命令だろう、と、ミドガルドは推察し、セツナもそれに同感だった。正午とはいえ、何十万という市民の全員が全員、屋内で食事をするはずもなければ、屋内に引きこもっているわけもない。たとえそうであったとしても、活気がないわけがないのだ。窓は開け放たれ、話し声がそこかしこから聞こえてくるだろうし、魔晶装甲車両が市街から入ってきたということがわかれば、騒ぎになったはずだ。

 そうならないということは、つまり、政府なりなんなりから市民に対して、屋内に引きこもっているように、とでもいうような命令が下されたと考えるべきだ。

 そして、なぜ、そのような命令が下されたのかについても、想像がつく。

 国王ルベレス・レイグナス=ディールの不在だ。

 エベルが依り代としたルベレスは、当然、この都、いや、この国においては、国王として振る舞っていたはずだ。五百年に渡って国王に憑依してきたエベルにしてみれば、偉大なる国王陛下を演じることなど慣れきったことだったに違いない。

 エベルがどのような国王を演じていたのかについては、ミドガルドがよく知っていた。

 ミドガルド曰く、ルベレスは英邁な王であり、名君だった、という。しかし、そういった性分は、ルベレスの幼い頃から発揮されていたものであり、王位継承以降、突如として変貌したわけではないらしい。要するにエベルは、ルベレスに取り憑いて以降も、ルベレスを演じていたということだ。

 “大破壊”以降も、名君ぶりを発揮していたのだろうエベルだが、いつの日か魔晶城にセツナたちが訪れることを期してもいた。そして、魔晶城にてセツナたちを迎え撃ち、魔王の杖の護持者という憂いを絶つべく行動を起こしたとき、王都市民に身勝手な行動は慎むようにとでも命じたのかもしれない。

 それ故の静寂が、王都全体を包み込み、不気味なまでの沈黙が車外を覆っているのだ。

 晴れ渡る空の下に広がる荘厳なる王都の光景は美しい。

 なのに、殺風景に感じるのは、人気がまったくなく、異様なまでの緊張感に包まれているからだろう。

 大いなる正道を突き進むと、やがて巨大な門が見えてくる。門だけではない。門柱の側面からは巨大な城壁が聳えていて、それより先の様子がまったく見えなくなっていた。

「あの門は?」

「天意の門といいます。あの城壁とともに、市民街と貴族街を分け隔てているのですな」

「なるほど」

 ミドガルドの端的な説明にセツナは大いに納得した。大抵の国において、貴族のような上流階級と一般市民は区別されているものであり、それが都市設計にまで影響することは、ままあることだ。

 セツナにとって慣れ親しんだかつての王都ガンディオンだって、そうだった。一般市民は、旧市街や新市街に留まり、群臣街や王宮区画に足を運ぶことは許されなかった。

「ひとの子というのは、なにかと区別したがるのう」

「竜属にはないのか?」

「少なくともわしは、眷属どもを区別することはないぞ」

 ラグナが誇らしげにいってきたが、それはつまるところ、眷属を平等に扱き使っている、ということのようだ。それもそうだろう。ラグナは、みずからの意志で眷属を生み出したわけではないのだ。

 同じ竜王でありながら、“竜の巣”を作ったラムレスや“竜の庭”を主催するラングウィンとは、そもそもの価値観が違う。

 ラグナにしてみれば、眷属とは竜王に付き従うものたちであり、その命は、彼女のものなのだ。

 もっとも、ラグナが眷属たちになんの愛着も持っていないわけではない。

 かつて、ベノアに囚われたセツナを救出するため、ラグナは数多の眷属を呼び寄せ、多くの眷属がその命を散らせることとなったが、そのときのことを想い出すたび、彼女は相応に哀しんでいるようだった。

 区別しないということは、分け隔てなく愛してもいる、ということなのかもしれない。

 竜王たちは、愛情の深い存在だ。

 狂王は、その深い愛情故に命を落とし、女皇もまた、愛故に命を燃やした。霊帝も、愛そのものの如く“竜の庭”を拡大し続けている。

 三界の竜王がそのような感情に目覚めたのは、聖皇による改竄の影響なのだから、皮肉というべきか、なんというべきか。

 そんなことを考える内、天意の門が開かれ、セツナたちを乗せた車両は“意内”とも呼ばれる区域に歩を進めていった。

 天意の門の内側だから、“意内”といい、天意の門の外側を“意外”と呼ぶこともある、という。通常は貴族街、市民街と呼ばれることのほうが多いらしいが。

「ここも変わらんのう」

 ラグナが窓の外を眺めながら、いった。

 “意内”もまた、“意外”同様、まったく人気がなかった。

 町並みは市民街よりも洗練されており、建物のひとつひとつが屋根の天辺から門柱に至るまで徹底的に凝っているように思えた。

 ふと目にした建物にそう感じただけではない。目に映る建物すべてが芸術品のような仕上がりを見せていて、さすがは上流階級の区画だと思わざるを得なかった。

 貴族たちにとっては、住居の外観を取り繕うことも、重要な役割なのだろう。

「ええ、変わりませんな。あの頃から、なにも」

「そうか。ミドガルドさんはここの出身なんだ」

「ウェハラム家は、名家ではありますからね」

 彼は、誇るでもなく、淡々と事実を告げるようにして、いった。

 ミドガルドの家系が聖王国において高い地位にあるらしいということは、イードローにおいて大征伐を行った人物である征魔将軍アスガリア=ウェハラムの話を聞いたときから、薄々は感じていたことではあった。

 ガンディアのような小国ですら、将軍になれるのは限られた人間だけだ。

 ましてや、聖王国ほどの大国ともなれば、そういった傾向はより強いのではないか。

 そして、そんな家系の出身だからこそ、魔晶技術研究所の所長という大役を任されていたのではないか。


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