第三千三十二話 王国の後先(一)
王都ディライア。
神聖ディール王国の王都であり、中心たるその都は、魔晶城より遠く離れている。
魔晶城は、かつて辺境とも呼ばれたイードローに位置しているが、ディライアは、中央に位置している。離れているのは当然だが、セツナたちは、魔晶城からひとっ飛びでディライアに辿り着いていた。
魔晶船の飛行性能を試すいい機会だということで、マユリ神が魔晶船の最高速度を出して見せたからだ。ウルクナクト号の最高速度を容易く越えた魔晶船は、まさにあっという間といっても過言ではなく、目的地である王都ディライアに到着したのだ。
その間、セツナたちは、ミドガルドからディライアに関する情報を得ることもままならなかった。
とはいえ、特に大きな問題はないだろう、と、セツナは考えている。というのも、問題の火種となるエベルがセツナたちの手によって消滅したからだ。もはや、ディール国内において、セツナたちに敵対しようとするものはいまい。
無論、ディライアのひとびとにとってセツナたちは見知らぬ来訪者であり、本来であれば頼りになっただろうミドガルドも、魔晶人形に身を窶してしまった以上、頼ることはできない。そのため、ディライア訪問は慎重に期した。
ディライアは、上空から見下ろす限り、荘厳と呼ぶに相応しい景観をしているように見えた。“大破壊”の影響も後遺症も一切見当たらず、どこを取ってみても美しい町並みが形成されている。都市全体が高水準で纏まっていて、代々の国王に取り付いていたのだろうエベルの趣味趣向が窺い知れるようだった。
おそらく、ディライアの都市設計そのものにもエベルの思想が入っているに違いないのだ。
ディライアは、ディール王家にとって象徴ともいえるデイル湖を取り囲むようにして存在する。王家の人間が住む聖王宮は、デイル湖に浮かぶ小島を中心に建造され、それでも敷地が足りないとなると、周囲を埋め立てて王宮に必要なだけの土地を確保したという話があるというのだが、なぜそれほどまでにして湖の中に王宮を作りたかったのかについては、不明だという。
「エベルの趣味だろうな」
とは、マユリ神の意見だが、神とは往々にしてそのようなものである、とも女神はいった。そして、信徒たちはそんな神の我が儘に唯々諾々と従い、行動するものなのだ。
神は、ひとの祈りによって生まれ、ひとの願いを叶えようとする。一方、純粋な存在である神は、何食わぬ顔で言いたい放題に我が儘をいうのだ。それはさながら、ひとびとの信仰心を試すかのようであり、実際に試練であったりもする、という。
デイル湖に浮かぶ聖王宮と王都の間には、当然、膨大な湖水が満ちているのだが、巨大な橋によって湖上を行き来することが可能となっている。栄光大橋と名付けられたその大橋は、第二代聖王が指揮していまの形になったという。それ以前に架けられていた橋は、いまの栄光大橋に比べると貧相だったという記録が残っているらしい。
そんな話を聞きながら王都上空に待機していたセツナたちだったが、ついに地上に降り立つときがきた。
魔晶船を王都の南側に位置する奇蹟の台地に着陸させると、魔晶船の搬入口から魔晶装甲車両に乗って、船の外へ出て行った。
魔晶船には、魔晶人形を始め、いくつかの魔晶兵器だ積載されており、魔晶装甲車両・疾迅もそのひとつだ。
かつて、最終戦争において、セツナは、神聖ディール王国の軍勢と戦ったことがあるが、そのとき、聖王国軍が全面に展開してきたのは、量産型魔晶人形を始めとする数多くの魔晶兵器だった。巨大な兵器もあれば、砲台つきの車両もあったように記憶している。
魔晶装甲車両・疾迅は、最終戦争に投入された魔晶兵器にミドガルドが手ずから改良を加え、大幅に性能を向上させたもののひとつだ。四輪駆動の装甲車であり、車体には精霊合金を用いられ、波光機関を動力源としている。攻撃用の装備はなく、完全に移動用として作られている。もし一目見てかるような兵器が付属しているようなことがあれば、ディライアのひとびとにいらぬ警戒を持たせることになっただろう。
装甲車両というだけあって、防御面での性能は高く、魔晶防壁を展開することが可能となっている。戦闘能力はなくとも生存能力は高い、ということだ。場合によっては、敵の包囲を駆け抜けることすら可能かもしれない。
そんな車両に乗り込んだのは、セツナとラグナ、ウルクとミドガルド、そしてマユリ神を含めた五名だ。ラグナは小さい上、定位置であるセツナの頭の上にいるため、狭く感じるようなことは一切なかった。そもそも、疾迅は、大の大人が十人程度乗り込んでもいいように作られている。
平地だけでなく、様々な地形に適応した車両は、奇蹟の台地を容易く走破すると、王都ディライアの南に聳える巨大な門、威光の門の前までものの十数分で辿り着いた。
(威光の門……)
セツナは、その荘厳かつ巨大な門を窓から覗き、胸中でつぶやいた。
威光の門、栄光大橋、奇蹟の台地――ディライアに関連する建造物や地名につけられた呼称がどうにも仰々しく感じるのは、気のせいではあるまい。それもおそらくはエベルの趣味か、あるいは、エベルの影響を受けたひとびとが名付けたのか。いずれにせよ、趣味がいいとは思えなかった。
ディライアの唯一の門である威光の門は堅く閉ざされていて、門と同等の高さを誇る城壁とともに王都を堅く守っているようだった。堅牢極まりない城壁のすぐ外周には堀があり、水が満たされている。簡単には城壁に取り付くことも不可能だ。
「このご時世、門を閉ざすのは当然のことですが」
エベルが王都を離れるに当たって、厳命していた可能性もある。エベルは、己が趣味趣向で作り上げたこの都を多少なりとも気に入っていたはずであり、自分が不在の間になにかしらの損害を被るようなことを許すとは思いがたいのだ。
「どうする? 門を突き破るか」
「そんな物騒なこといわないでくださいよ」
「なにがだ。おまえの得意とするところだろう」
「それは……」
「言い返せぬな」
セツナが図星を指されて口籠もると、ラグナが警戒に笑った。セツナはそのまま黙り込み、ミドガルドの判断を待った。
装甲車を操縦しているのは、ミドガルドなのだ。彼が操縦席に座り、隣の助手席にはウルクが乗っている。セツナとマユリ神は、操縦席を含めて三列あるうちの真ん中の列の席に腰を下ろしていた。
ミドガルドは、車両を門にさらに近づけると、なにかを待った。
すると、堀の上に橋が架かり、門が開いた。
門の内側から、銀甲冑を着込んだ兵士たちが続々と姿を見せ、車両の前方に立ちはだかった。前面には巨大な盾を構える兵士がいて、その盾は、どうやら魔晶兵器の一種のようだった。
「魔晶装甲・光盾。精霊合金製ではありませんので、壱號躯体よりも遙かに脆いんですよ。とはいえ、完成当初は最先端の技術を用いられたものではあるのでしょうが」
ミドガルドの言い方からすれば、光盾には一切携わっていないようだ。
そうする内、光盾を構えた兵士たちの間から、分厚い装甲を身に纏った兵士がのそりと前に出てきた。
「魔晶兵器を駆るのはなにものか! 言葉が通じるのであれば、降りてこられよ!」
声高に叫んだ兵士に対し、ミドガルドは、すみやかに扉を開き、車両を降りた。ミドガルドは、魔晶人形の躯体の上から人間らしい衣服を着込んでいる。彼が身につけているのは、研究所職員の制服であり、それはある種の身分証明でもあるという話だった。
実際、それは明らかに効果があった。
兵士たちの様子に動揺が見られたのだ。