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第三千三十話 新たなる翼(五)

 魔晶船の試運転は、神威転換機関を用いて行われることとなった。

 座席状になった調整器のようなそれに腰を下ろした女神は、肘掛けに両腕を置き、肘掛けの先端部にある宝珠型の端末に手のひらを置いた。宝珠型の端末から魔晶船の様々な機能を感覚的に操作することができるということだが、そもそも、端末を利用せずとも、神威転換機関を通して船を制御することが可能だという話でもあった。

 つまり端末は不要といえば不要なのだが、あったほうがいいかもしれない、という可能性を考慮して、設置されているのだ。

 ミドガルドは、魔晶船の設計に当たって、あらゆる可能性を考慮している。

 座席型の機関は、作動を始めると、女神の全身から膨大な量の神威を吸い上げ、動力へと転換、魔晶船の隅々にその力を行き渡らせていく。機関室そのものが明るくなったのは、その兆候だ。動力が行き渡り、各所の照明に火が入ったのだ。

 そして、船の様々な機関や機能が稼働を始め、駆動音が耳朶を賑わせていく。

「どんな感じじゃ?」

「悪くはないな。少なくとも、ウルクナクト号よりも反応がいい」

「へえ、そんなに違うんですか」

「それはそうでしょうな」

 などと、ミドガルドが自負するだけのことはあるのだろう。

 セツナ自身、ミドガルドの技術力に関しては、もはやなんの疑いも持ってはいない。魔晶人形を開発した時点で、彼を始めとする魔晶技術研究所の技術力たるや物凄まじいものだが、窮虚躯体や肆號躯体を見れば、その進歩ぶりには脱帽せざるを得ないだろう。

 そんな彼が同志たる神々とともに作り上げた船だ。

 ネア・ガンディアの飛翔船に引けを取るわけがなかった。

「しかし、この状態で飛び立つのは危険ではないのか?」

「ああ、その心配はご無用ですよ」

 ミドガルドが朗らかに告げると、マユリ神はなにやら納得したようだった。

「なんじゃ?」

「どういうことです?」

「見よ」

 そういって、マユリ神が顎で促した先に視線を向ければ、機関室の空中に外の光景が投影された。映写光幕だが、ウルクナクト号のそれよりも、より鮮明に投影されているように見えるのは、気のせいではあるまい。

 映写光幕に映し出された光景というのは、魔晶船が建造されていた工場内の景色であり、工場の天井が左右に展開し、開放されていく様子だった。天井の中心線から綺麗に真っ二つに分かれ、開いていくと、真っ青な空が顔を覗かせる。雲ひとつないあざやかな青が目に痛いほどに感じるのも、映写光幕の高精細化に伴う影響だろう。

 工場の天井が開放されたことで、魔晶船が飛び立つための障害はなくなった。

 魔晶船は完成しているのだ。工場内、魔晶船の周囲に邪魔になるものもなければ、魔晶船が飛び立つ際、問題が起こりそうなものも置かれていなかった。たとえば余波に吹き飛ばされるようなものだ。

 マユリ神は周囲の安全を確認すると、すみやかに魔晶船を浮かせた。

 飛翔船は、その浮力と推力を飛翔翼によって得ていた。神威の顕現である飛翔翼の力によって、あの巨大な金属の怪物は空高く浮かび上がり、超高速で飛翔したのだ。

 魔晶船は、推力を魔翔輪によって得るというが、浮力はというと、船体底面や船体各所の噴射口からなんらかの力を噴出することで生じさせるという。神威転換機関ならば神威を、波光融合機関ならば波光を、その際の力とするのだろう。

 莫大な神威が噴出されることで、魔晶船が浮き始めた。

 最初こそ大きく揺れたものの、すぐさま安定し出した。

 どうやらマユリ神がすぐさまこつを掴んだようだった。

 やがて工場の頭上に浮かび上がると、さらに高度を上げていく。試運転なのだ。できる限り様々なことを試したいというのは、当然のことだろう。

 機関室内にいくつもの映写光幕が投影され、船外の光景がつぎつぎと映し出されていく。魔晶船の周囲は真っ青な空であり、障害となるようなものはひとつとして存在しない。雲ひとつ見当たらないほどの快晴だ。太陽は高く、昼が近いことを示していた。

 眼下。

 魔晶城は、エベルとの戦いで廃墟同然と化したものの、魔晶船の工場を建設するだけでなく、様々な施設が新たに建造され始めており、その光景が空から見下ろせた。その作業に従事しているのは、現在、稼働状況にある魔晶人形たちであり、指揮を執っているのは、ミドガルドの同志たち神々だ。

 なんだかんだで付き合いのいい神々は、これからもミドガルドに協力するのかもしれない。

 エベル打倒という、神々だけでは果たせなかった宿願を果たせたのだ。多少のことでは、その恩義は返せまい。

 魔晶城周囲の光景はというと、“大破壊”の影響によって荒れ果てた大地が広がっていて、とても美しいものとはいえなかった。

 さらに遠方を見遣る映写光幕には、いくつかの都市が映し出されている。それら都市には“大破壊”の影響が見られるものもあれば、なんの影響もなさそうな都市もある。

 “大破壊”の影響は様々であり、天を割り地を裂く天変地異の直撃を受けた都市もあるだろうし、余波として様々な災難を被った都市もあるだろう。もちろん、まったく影響を受けなかった都市だって、あって不思議ではない。

 マユリ神は、というと、魔晶船を様々に動かしていた。遙か高空を目指して急上昇したかと思えば、急降下して見せたり、地上すれすれを加速したり、蛇行したり、横回転したりして、魔晶船の性能を大いに確かめていく。

 その間、セツナたちは機関室内で転び回らないよう、座席に体を固定しなければならなかった。でなければ、機関室内が血だらけになっただろう。無論、セツナの血で、だ。

 ある程度飛び回ると、ようやく船の動きが落ち着きを取り戻した。

 マユリ神が満足したらしい。

「随分と派手に飛び回ったものじゃのう。さすがは轟沈女王じゃな」

「なんだ、その不名誉極まる異名は」

「おぬし以外なにものでもあるまい」

「くっ……」

(反論はしないんだ……)

 マユリ神をいじり倒すラグナと、そんなラグナに対しなにも言い返せないマユリ神という構図になんともいえないものを感じつつ、セツナは、座席から立ち上がった。それまで膝の上に留まっていたラグナが、セツナの頭の上の定位置に戻る。

 なぜ、膝の上に乗せていたかといえば、頭の上に乗ったままだと、船が激しく揺れた際、頭髪や頭皮が強く引っ張られ、痛いからだ。ラグナは駄々を捏ねたが、セツナが許さなかった。彼女は渋々といった様子でセツナの膝の上、手のひらの中に収まっていた。

 ようやく定位置に戻ることができたラグナは、見るからに意気揚々としていた。

「それで、どんな感じなんです?」

「まず上げるとすれば、ウルクナクト号に比べると、小回りが利くという印象だ。小型というのもあるだろうし、軽量というのもあるだろうが、それ以上に操作性と追従性が向上しているようだ。無論、推力も上がっている」

「つまり、わたしの説明通りというわけですな」

「ああ、その通りだ。ミドガルド」

 マユリ神は、ミドガルドを見て、微笑んだ。

「いい仕事をしてくれた」

「その賞賛の一言がなによりの褒美ですよ」

 ミドガルドも嬉しげに、いった。 

 そんな二名のやり取りを見て、ウルクも喜んでいる。

 セツナにとっても、喜ばしいことだった。

 魔晶船は、いまのところなんの問題もなく、まさに順風満帆といった様子なのだ。

 大いなる敵となることが予想されていたエベルも討ち斃し、戦力の拡充も果たせそうだった。

 絶好調といっていいのではないか。


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