第三千二十九話 新たなる翼(四)
神威転換機関と対を為すもうひとつの動力機関は、船内下層最後部に位置していた。
機関室に入ると、座席型の神威転換機関とはまるで異なる構造をした機械が室内中央に鎮座しており、その異様なまでの威圧感に多少、気後れした。まるで小さな塔のようなそれは、全体からして魔晶技術の塊であろうことが窺い知れる。
「波光融合機関と名付けています」
ミドガルドは、セツナたちの先を歩き、その巨大な機械に近づきながらいった。
「その名の通り、波光を融合することによって大きな出力を生み、船を浮かせる動力とするための機関ですな」
ミドガルドが、説明をしつつ、機械に触れ、なにかしら操作をする。すると、異様な音がして、小さな塔が床の中にめり込むようにして下がっていく。そして、塔の頂が視界に入り込んできた。
「これが正常な状態です」
「ということは、さっきのは?」
「調整中のままだったのですよ。既に調整は済み、完璧な状態ですがね」
「なるほど」
ミドガルドの説明に合点がいくと、セツナは、波光融合機関を見つめた。ミドガルドが説明した通り、波光を融合する装置であるそれには、波光を発生させるものが嵌め込まれていた。
つまるところ、魔晶石だ。
それも多様な色の魔晶石が合計七つも嵌められているのだが、いずれも魔晶灯などで見る魔晶石よりも遙かに大きく、人間の頭部ほどもあった。
中心に嵌められているのは、漆黒の魔晶石――黒色魔晶石だ。ウルクの心核として利用されるだけでなく、いまとなっては量産型魔晶人形や魔晶兵器の心核としても利用されているそれは、もっとも大量の波光を発生させる魔晶石であり、魔晶船の動力に選ばれるのは当然といえた。
しかし、魔晶船の動力には、黒色魔晶石だけではなく、ほかの色の魔晶石も取り揃えられていた。
機構の中心に位置する黒色魔晶石を取り囲むように配置された、赤、青、黄、緑、紫、灰という六色の魔晶石。緑色の魔晶石は、魔晶灯でよく見かけるものに似ているが、多少、色が深いように思える。気のせいかもしれないし、そうではないかもしれない。
黄色魔晶石は、イルとエルの副心核に用いられたものだろう。黒色、白色に次ぐ出力を誇るという話だったか。
それ以外の色の魔晶石は、初めて見るものばかりであり、どれだけの出力があるのかは不明だったが、いずれにせよ、黒色魔晶石以下であることは明白であり、ミドガルドがなぜ、黒色魔晶石以外の魔晶石を数多く利用しているのかについては、彼の説明を待たなければならない。
「色とりどりじゃな」
「よりどりみどりだな」
「うむ」
「なにがうむなのですか」
「さてのう」
ラグナがウルクの疑問を雑に受け流すのを聞きながら、セツナは、ミドガルドの説明を待った。
「中心の黒色魔晶石が、これら魔晶石の中で最大出力を誇ることはセツナ殿も御存知の通り。そして、黒色魔晶石が反応を示すのは、特定波光のみということも、既知の通り」
「でしょうね」
そして、特定波光を持つのは、いまのところセツナのみ、という話も、セツナたちは知っている。
「では、波光融合機関は、特定波光なしでは動かない、ということですか」
「そういう事態に陥らないための波光融合機関なのだよ、ウルク」
ミドガルドの声音は、幾分、優しい。
「もし万が一、“大破壊”直後のような、セツナ殿が不在という状況になった場合、黒色魔晶石頼りの動力機関ではまったくの使い物にならないでしょう。もちろん、その場合は、神威転換機関で船を動かしてもらえばいいのですが、同時にそちらが使えなくなる可能性も考えねばなりません」
「確かにな」
マユリ神が厳かにうなずく。
「セツナだけでなく、わたしまでも消えて失せるようなことがあれば、船を動かす手段がなくなる」
無論、万にひとつの可能性ではあるが、その可能性を完全に否定することなど、だれにもできないのだ。
セツナが再びみずからの意志で地獄のような異世界に赴くことは、まず、ありえないことだ。しかし、他者の意志で異世界に飛ばされる可能性は皆無とはいえないし、命を落とすことだって、あり得る。死なないとは言い切れない。敵が敵である以上、常に命の危険は付きまとうものだ。
実際、セツナはエベルに殺されかけている。
「そこでこの波光融合機関というわけです」
ミドガルドは、満を持して、といわんばかりに身振りした。
「黄色魔晶石を始めとする、黒色魔晶石以外の魔晶石は、数多くの波光に反応を示し、波光を発します。そして、この六つの魔晶石が発した波光を魔晶技術でもって融合し、増幅することで最低限、船を動かすだけの出力を生むことに成功したのです」
いうなり、彼は赤色魔晶石に触れたものの、魔晶石は反応を示さなかった。
「まあ、わたしのような魔晶人形には反応してくれませんが」
「……最低限ですか」
「ええ、最低限です。いくら波光を融合し、増幅したところで、神威転換機関と同等の力を生み出すことは不可能に近い。その状態では、船を動かすのがやっとで、戦闘行動は控えた方がいいでしょう。ただし、黒色魔晶石が使えるのであれば、話は別です。黒色魔晶石の波光をも融合させ、増幅すれば、戦闘行動も可能となるはずです」
そう言い切ったミドガルドの話によれば、波光融合機関は、窮虚躯体の構想を練る中で思いついたもののひとつであり、その一部が窮虚躯体にも流用されている。窮虚躯体が発揮した絶大な力は、複数の心核の波光をひとつに束ね、増幅することで生まれたものなのだ。
波光を融合させるという概念は、波光融合機関の構想の中で誕生している。そして、そのさらなる進化こそ、心核の強制同期であり、あの場にあったすべての心核から波光を取り込み、融合、増幅させたのもまた、波光融合機関から思いついた手法だという話だった。
「つまりは、だ。場合によっては、船の操縦を別のものに任せ、わたしが戦場に赴くことも可能になるということだな」
「ああ、そういうことになりますね」
「しかしその場合はだれが操縦するのです?」
「そうだな……同行させる魔晶人形たちに船の操縦技術を教え込んでおくとしよう。そうすれば、戦力の低下を恐れることなく、マユリ様に大暴れしていただけるでしょう」
「悪くない判断だ」
マユリ神が微笑んだ。
「わたしとしても、船の中でじっとしているというのは、やはり性に合わん」
「そうだったんですか」
「そういう性分故、船を気前よく轟沈させるのじゃな」
「むう……」
「ラグナ」
「なんじゃ。本当のことじゃろう」
そういわれれば、ぐうの音も出ない。
確かにあのとき、マユリ神が我慢することができていれば、ウルクナクト号が轟沈するようなことはなかったのだろう。
しかし、だ。
ウルクナクト号よりも遙かに高性能で、取り回しもいい魔晶船を手に入れることができたのは、あのとき、ウルクナクト号が撃沈されたからであり、そういう観点から考えれば、マユリ神の行動をとやかくいう必要はないのではないか、とも思うのだ。
「さて。動力機関の説明も済んだところですし、これからひとつ、試運転をしてみてはいかがですかな?」
「試運転……」
「ウルクナクト号とはいろいろと勝手が違うでしょうし、慣れておいて損はありますまい」
ミドガルドは、至極まっとうなことをいってきたものの、セツナは、彼になんらかの思惑があるように思えてならなかった。
とはいえ、新たなる翼を得たばかりだ。
いきなり飛び回るよりは、試運転を行うことに否やはなかった。