第三千二十八話 新たなる翼(三)
船内に乗り込むには、いくつかの方法がある。
ひとつは、船体下部に設けられた搬入口から入り込む方法であり、これはウルクナクト号を踏襲していつつも、利便性を考慮した場合、必要不可欠だと判断されたものだ。様々な物資や兵器を搬入するに当たって、大きな出入り口が必要であり、それがその搬入口なのだ。
またひとつは、甲板から乗り込むという方法。こちらは、甲板を閉ざす天蓋型装甲を開放した状態でなければならない上、船体そのものが甲板に乗り込めるような状況でなければならない。もちろん、飛行能力を有したものであれば、船がどのような状況でも構わない。
甲板に取り付けられた昇降機を用いれば、たとえ飛行能力を有していなくとも、地上から甲板まで移動することが可能だが、その場合は、船内か甲板から昇降機を操作する必要があるという話だ。いずれにせよ、船内からの協力がなければ、搬入口か、もうひとつの出入り口を利用するしかない。
もうひとつの出入り口とは、船体上部側面に設けられている。片側の側面だけでなく、左右両方の側面に設けられており、それぞれ橋梁を伸縮させることが可能ということだ。つまり、船体から多少離れた場所にも乗り移ることが可能なのだ。
セツナたちがミドガルドに促されるまま船に乗り込んだのは、搬入口からであり、その広々とした出入り口は、ウルクナクト号の搬入口以上だと感じられた。
船内は、上層と下層の二層から成り立っているという話が、ウルクナクト号と大きく異なるのは、そこだろう。ウルクナクト号は三層構造であり、船内で生活する上ではその広々とした空間はありがたい一面もあったものの、最前部から最後部までの距離も長く、船内の移動にかかる時間が問題視されてもいた。
緊急事態に機関室に招集された場合、全員が揃うまでに時間を要することがままあったのだ。
その点、二層構造の魔晶船は、全体として小型化しているため、船の最前部にいたとしても、ウルクナクト号のように招集に時間がかかることはないだろう。しかも、船の構造そのものが見直されていることもあり、ウルクナクト号以上に移動にかかる時間は少なくなりそうだった。
上層と下層を繋ぐのは階段と昇降機だが、昇降機はさまざまな箇所に設けられている。しかし、二層構造ということもあり、昇降機を利用できなくとも問題は生じないだろう。
搬入口から船体下層後部に向かうまでの間、いくつもの昇降機と階段を見ている。
「上層と下層の移動に手間取るのは、いかにも不都合でしょう」
ミドガルドの意気揚々とした説明を各所で受けながら、セツナたちは、新たな船の完璧に整備された様を眺めていた。
船体内部の様子というのは、ウルクナクト号と様変わりしている。なにせ、ウルクナクト号の内部について、ミドガルドが知っていることといえば、壊滅状態の船内であり、そんなものを再現されても困るとしかいいようがなければ、彼とて、そんな光景を再現するはずもなかった。
塵ひとつ、埃ひとつ見当たらない通路は、丹念かつ丁寧に磨き抜かれているようだった。そのために一日を費やしたという話であり、また、その清掃作業には魔晶人形たちが投入されている。
戦闘兵器であるはずの魔晶人形たちにしてみれば、予想外の使い方であり、大いに疑問を抱いたかもしれないが、ミドガルドの命令に逆らえるはずもなく、人形たちはいわれるままに船を磨き上げたのだろう。
そうして至る所が輝いてさえ見えるほどに磨き抜かれた船体内部下層通路は、一本道だ。上層もそうだが、広めの通路が最前部から最後部を貫いている。区画ごとに障壁を降ろし、隔離することも可能だが、現在は全区画が開放状態になっているということだった。
下層には、兵器庫があり、そこには可能な限りの魔晶人形と魔晶兵器が積載される予定になっている。また、ウルクやイル、エルの躯体を定期的に検査するための調整器が設置されており、調整器による検査方法については、セツナやマユリ神に伝えられていた。万が一の場合に備え、説明書まで用意されているという万全ぶりは、さすがはミドガルドというべきなのかもしれない。
兵器庫以外にも、厩舎と農場があるが、現在はいずれも機能していない。いずれもゲインが担当であり、ゲインと合流するまでは放って置かれることになるだろう。
「船に農場というのはどうかと思いますが、まあ、ウルクナクト号にあったものですからな」
とは、ミドガルド。彼のいいたいこともわからないではないが、ゲインの拘りを実現するための農場だったし、農場から採れた新鮮な作物がセツナたちの空腹を満たし、幸福感を与えてくれた事実を否定することはできない。
ちなみに、船の内部にある農場でどうやって作物が育つのかといえば、神の御業によるところが大きい。太陽光を浴びなくとも、それに等しい、いやそれ以上の生命力を与えられた作物たちは、栄養満点なものとなり、セツナたちの食卓に並んだ。ゲインは、これほどの作物は見たことがないと大喜びだったし、マユリ神も鼻高々といった様子だったことを覚えている。
ゲインは、《獅子の尾》の隊舎にいるころから農作業を日課としていたこともあり、船内農場で働くことを苦としていなかった。
《獅子の尾》時代には、セツナが手伝ったこともあるし、隊の全戦力を投入したこともいまや懐かしい。
そして、船内下層のもっとも重要な場所といえば、やはり機関室となるだろう。
魔晶船には、ふたつの動力機関が備えられており、それぞれ専用の機関室が設けられていた。
ひとつは、ウルクナクト号の動力機関を元にミドガルドが大きく手を加えた神威転換機関だ。読んで字の如く、神威を動力に転換する機関であり、使い方としてはウルクナクト号の動力機関と大差はないという話であり、マユリ神も初めて触って見たところ、なんの問題もなく馴染んだとのことだった。
神威転換機関は、ただ神威を動力に変えるだけでなく、神威を提供する神が船を操作することができるという点でも、飛翔船と同じだ。
飛翔船と魔晶船における神威転換機関の大きな差違といえば、その形状だろう。
飛翔船のそれは、機関室に取り付けられた巨大な水晶球のようだった。不可思議な力を持つ水晶球によって神威を動力に転換し、船体全域に送り届けるといった構造であり、マユリ神は、水晶球の上に鎮座していることが多かった。
一方、魔晶船の神威転換機関は、マユリ神のための豪華な座席のような作りになっており、座るだけでなく、仰向けになって寝ることも可能だという。寝ると、さながら魔晶人形の調整器のようにであり、つまるところ、魔晶技術の結晶だということだろう。
その調整器染みた座席に腰を下ろした神の力を吸収し、転換、船体全域に供給する仕組みが機関室にある。そして、座席の神は、船体全域のありとあらゆる情報を確認し、把握することが可能であり、船内の様々な機能を制御し、操作することもできるという。
それらの機能は、飛翔船よりも余程洗練されており、ミドガルドの技術の高さが窺い知れる、とは、マユリ神の言だ。
「つまり、わたしがこの船の支配者になれるということだ」
「それは元々でしょう」
「そうだったな」
座席に腰を下ろしたままのマユリ神がいたずらに微笑んだ。
めずらしい表情だったが、悪くはない。
そんな感想をセツナは抱いたのだった。