第三千二十六話 新たなる翼(一)
エベルとの死闘を制してからというもの、セツナたちは、魔晶城で数日を過ごすこととなった。
というのも、飛行手段を失ったからだ。
ウルクナクト号は、船内に大量に存在した様々な物資や各人の私物とともに轟沈してしまった。それもこれも自分のせいだ、と、マユリ神は猛省していたが、当然、マユリ神が悪いわけではない。戦闘に参加する機会がありながら傍観し続けられるような、そんな性格の持ち主ではないことなど、百も承知だった。
むしろ、マユリ神が積極的に協力してくれることには、感謝しかない。
異世界の神々にとって、イルス・ヴァレにおける戦いなど、まったくの無関係であり、黙殺しても構わないはずだ。それどころか、本来在るべき世界に還りたいのであれば、セツナたちに協力するよりも、聖皇の力の器たる獅子神皇に助力するほうが、まだ可能性が高いのではないか、とすら思うのだ。
獅子神皇に神々を送還する力はなくとも、世界を滅ぼす力はある。獅子神皇に世界を滅ぼさせれば、神々をこの世界に縛る楔も消えてなくなり、晴れて自由の身となれるのだ。
マユリ神もまた、この世界に縛られている。
皇神とは異なり、聖皇に召喚されたわけではないが、召喚者との契約によってこの世界に拘束されている事実に違いはない。
マユリ神だって、本来在るべき世界への帰還こそ悲願としているはずだ。
だというのにも関わらず、女神は、セツナたちとともにこの世界のために戦ってくれている。これほど嬉しいことはないし、感謝しかなかった。
その結果、皆の私物が巻き添えを食ったとしても、致し方のないことだ。
とはいえ、各人にとっての大切な宝物も少なくないはずであり、できる限り元通りにしてもらえるのであれば、それに越したことはなかったし、マユリ神だってそのつもりだった。
日夜、明けて暮れるまでウルクナクト号の墓標に入り込み、修復作業に没頭しているのも、そのためだ。そしてそういった気遣いができるからこそ、マユリ神が皆から慕われているのだ。
セツナはといえば、なにをしていたかというと、特別なことはなにもしていない。修復作業を手伝うことなどできるわけもなければ、ミドガルドたちの力になれるはずもない。
まさに自由気ままといってよく、ラグナと戯れたり、ウルクと鍛錬に励んだりと、いつもの日常となんら変わらなかった。
食事も、食堂に行けば、厨房を預かる魔晶人形たちが作ってくれた。野菜や穀物ばかりの料理だが、こればかりは致し方のないことだろう。肉料理が一切出ないのは、食材がないからだ。野菜や穀物は、魔晶城内の農場で確保できるのだが、肉類はそういうわけにはいかない。
肉類が食べたければ自分の手で狩ってくるか、近隣の都市にでも赴き、料理店を探すしかないということだった。
セツナは、取り立てて肉料理を食べたいという気分でもなかったし、なにより魔晶人形たちの料理がそこそこ美味しかったこともあり、特に不満もなく日々を過ごした。
つまるところ、魔晶城の日々は快適以外のなにものでもなかった、ということだ。
そうやって日々を過ごすうち、イルとエルの躯体が換装も行われた。元よりイルとエルの躯体は、量産型魔晶人形の中でも戦闘用ではなく、ウルクを捜索することに注力を置いたものであり、長時間運用を主眼としたものだった。
対して、新たに用意された躯体は、戦闘用に調整されたものであり、肆號躯体には遠く及ばないものの、弐號躯体を大きく上回る性能を持っている、とミドガルドの説明があった。これにより、セツナたちの戦力は大幅に増強されるだろう。肆號躯体のウルクもいるのだ。
魔晶城を訪れた目的は、ほとんど達成されたといっても過言ではなかった。
ちなみに、イルとエルの外見に大きな違いはない。
量産型魔晶人形の躯体を元に改良を施し、新たに製造された躯体なのだ。見た目に変化が生じるはずもなかった。
「イルとエルのふたりも、より一層、力になれることができると息巻いているようです」
言葉を発することのできないふたりに代わり、ウルクが彼女たちの気持ちを伝えてくれた。そういった話を聞くたびに思うのは、やはり、ふたりにも自我や精神といったものが存在するのではないか、ということだ。感情表現らしい感情表現はないものの、時折、そう思わざるを得ない行動を取ることがある。
ミドガルドは、そんなセツナの疑問に対し、ひとつの可能性を示した。
「ウルクに自我が発現したのは、セツナ殿の持つ特定波光を大量に受け取ったため、と、推測しています。そして、セツナ殿や皆さんとの触れ合いの中で、ウルクの情緒は育っていった。つまり、これまでセツナ殿とともに戦い、ともに歩んできたイルとエルの中に自我が芽生え始めていたとしても、なんらおかしくはない、とわたしは考えていますよ」
新たな力を得て喜ぶ二体の魔晶人形たちの様子を見る限りでは、ミドガルドの示した可能性が正解であると思いたくもなった。
イルとエルに自我が芽生え、育ち始めているというのであれば、これほど喜ばしいことはない。なにせ、ウルクの仲間ができるのだ。魔晶人形と真に理解し合えるのは、やはり、人間ではなく、魔晶人形に違いない。ウルクにとって、イルとエルの存在は、今後大いに助けとなるだろう。
それは、セツナにとっても素直に嬉しいことだった。
マユリ神による各人の私物修復作業が終盤に差し掛かる頃、魔晶城に新造されたばかりの工場の活動もまた、終盤に向かっていた。
工場が新造された理由といえば、極めて単純だ。
ウルクナクト号のような飛行船を作るためには、広大な空間が必要だったからだ。地下工場では、飛行船の部品を作ることはできても、飛行船として組み立てるための空間がなかった。
飛行船は、ウルクナクト号に比べるとかなり小さくなるようだが、そもそもウルクナクト号が大きすぎてある意味不便だったことを考えれば、小さくなることによる利点のほうが大きいだろう。ウルクナクト号の巨大さを持て余しに持て余していたのだ。たとえ十分の一の大きさになったとしても、セツナたちが利用する分にはなんの問題もなかった。
もっとも、さすがに十分の一の大きさにまでなるわけではないようだったが。
建造中の飛行船は、魔晶船と通称された。
魔晶技術を多量に取り入れたからだろうが、通称は通称に過ぎない。
「船の名前は、セツナ殿や皆様で考えてくださればよろしかろう」
ミドガルドは、船の建造に夢中になっていて、それどころではない、といった。本来ならば、自分で名付けたいところなのかもしれない。
工場内で建造中の船は、いまや半ばまで出来上がっている。たった数日あまりで、設計から製造、組み立てへと至っているのだから、ミドガルドたちの仕事の速さたるや、神業というほかない。実際、神々が彼に助力しているとはいえ、だ。
あまりの早業にセツナは驚嘆するほかなかった。
そして、組み立て中の船の内部構造を見遣りながら、船の名前を考える。
「ウルクナクト号二世、とか?」
「かっこうわるいのう」
「そうかな?」
「セツナ弐号」
「は?」
「セツナ弐号、というのはいかがですか?」
「いかがもなにも」
「それもかっこうよくはないぞ、後輩」
「そうですか。わたしは素敵だと想います」
「ウルク……」
セツナは、自信満々といった様子のウルクを見て、言葉を失った。
船の名前は、皆が揃ってから考えることにしたのは、いうまでもない。




