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第三千二十五話 失敗(二)

 最初、ヴィシュタルは、自分ひとりだけで行動を起こそうとした。

 神々を頼ることなどできるわけもない。神々ほど獅徒を疎ましく思っている連中もいないのだ。神々にしてみれば、ときに上位存在足る自分たちを配下として使う獅徒たちほど気に食わない存在はない。その理屈も納得のいくものだ。

 その上、神々が獅子神皇に従っているのは、いずれ、獅子神皇の力によって自分たちの在るべき世界に還ることができるだろうという確信があるからだ。聖皇の力を受け継いだ獅子神皇ならば、聖皇の代わりを果たすこともできるはずだった。だからこそ、彼らは、かつて人間だったものに付き従うという恥辱に満ちた道を選んだのだ。

 そんな神々が、獅子神皇に徒なすことになるかもしれない行動を取るはずもない。

 そもそも、だ。

 たとえ、獅子神皇が暴走を続け、この世界に壊滅的な打撃を与えることになったとして、異世界の神々にとってはなんら関係がないのだ。むしろ、イルス・ヴァレが滅ぶことすら望んでいるかもしれない。

 神々は、聖皇との契約によってこの世界に縛り付けられている。

 イルス・ヴァレが消滅すれば、神々を縛る契約もまた消えてなくなり、晴れて自由の身となれるのだ。そうなれば、在るべき世界に還ることも容易くなるだろう。

 神々の力を以てすれば、世界を渡ることなど簡単なことなのだ。

 だのに元の世界に戻ることができないのは、契約という楔によってこの世界に縛り付けられているからであり、その楔ごとイルス・ヴァレが消滅することは、神々にとっては望ましいことといっていい。

 そんな神々が獅子神皇に徒なすわけもなく、むしろ、ヴィシュタルの行動を阻害してくる可能性のほうが強かった。

 故に神々に協力を要請することはなかった。

 では、同胞たる獅徒たちの力をも借りようとしなかったのは、なぜか。

(皆……)

 ヴィシュタルは、光の柱の中で苦痛に苛まれ続けている同胞たちの姿を見つめながら、なにもできない自分の無力さに打ち拉がれていた。

 こうなることがわかっていたからだ。

 獅子神皇の再封印が失敗するようなことがあれば、獅子神皇は、その怒りをヴィシュタルに向けるだろう。ヴィシュタルと、その協力者たちにだ。そしてその怒りは、生半可なものではなく、絶大な力でもってヴィシュタルを蹂躙するに違いない。

 いや、消滅させられるかもしれない。

 獅子神皇が、みずからの意に従わぬ獅徒の存在を不要と思えば、その瞬間、消滅させられるに違いなかった。獅徒の存在は、獅子神皇の意のままなのだ。

 故に彼は、ウェゼルニルたち同胞を巻き込みたくなかった。自分の一存で、彼らの未来まで奪ってしまうことだけはしたくない。

 そう、想った。

 けれども、ウェゼルニルたちは、そんなヴィシュタルの心中を知ってか知らずか、同行し、行動をともにした。

 元より、獅徒となったのは、ヴィシュタルとともに生き、ともに滅ぶためだ、と、彼らは口々にいった。

 その想いを拒絶することなど、彼にできるわけもなかった。

 そして、その結果がいまの惨状だ。

 燃え尽きることのない灼熱の炎が大地を焦がし、その中に突き立てられた光の柱が獅徒たちの肉体と精神を苛む。獅徒の肉体は、人間のそれとは根本的に異なるものだ。神人や使徒と同じく、神威によって変容した肉体は、“核”を破壊されない限り、無限に再生し、復元する。

 つまり、どれだけ強く傷つけられ、激しく損壊するようなことがあったとしても、立ち所に元に戻っていくのであり、それ故にヴィシュタルたちは苦痛を感じ続けているのだ。

 人間ならば、とっくに死んでいるだろう。

 光の柱も蒼い炎も、獅徒たちの肉体を損壊し、灼き尽くさんとして猛威を振るっており、その力がもたらす痛みが絶え間なくヴィシュタルたちを襲っているのだ。皮膚を灼き、肉を焦がし、骨を燃やす。内臓は炙られ、器官という器官が致命的な損傷を負うのだが、それも、立ち所に癒えていく。そして再び痛みの連鎖が始まるのだ。

 これは罰だ。

 獅子神皇の意向に逆らったがための罰なのだ。

 獅子神皇の再封印は、ものの見事に失敗した。

 が、それは、それでよかった。

 むしろ、ある種の成功を見たのだ。

 なぜならば、獅子神皇は、理性を取り戻し、自我を取り戻した。

 そして、ヴィシュタルたちに罰を与えた。

 消滅させるのではなく、罰したのだ。それは即ち、獅子神皇が冷静な判断を下せるようになったという証明であり、ヴィシュタルは、それだけで安堵した。

 獅子神皇の頭を冷やすための再封印だったのだ。

 たとえ失敗したとしても、獅子神皇が冷静さを取り戻してくれたのであれば、それでいい。

 冷静になった獅子神皇は、ヴィシュタルたちを反逆者として罰したが、ガンディア小大陸を破壊し続けることはなくなった。

 それによって、世界がこれ以上壊滅的な被害を受けるようなことは、未来に先送りすることができたのであり、彼は、自分自身の行動が間違っていたとは、想わなかった。

 ただし、同胞たちを自分と同じ目に遭わせているこの現状そのものは、喜ぶべきではない。

 だれもが苦痛の中で呻いている。

 シールドオブメサイアの能力を使うことは、できない。なぜならば、獅子神皇によって制限されているからであり、故にヴィシュタルたちは、罰を受けるほかなかったのだ。

 獅徒は、獅子神皇に逆らえない。

 ならばなぜ、再封印などしようとしたのか、といえば、獅子神皇が怒りに我を忘れ、ヴィシュタルの声も届かない状態だったからだ。あのまま暴走させ続ければ、ガンディア小大陸のみならず、世界全土に被害が出るのは明らかだ。

 放っては置けない。

 だが、しかし。

 その結果として罰を受けるのは、やはり、自分ひとりであるべきだったのだ。

(済まない……)

 心からの謝罪を言葉にして伝えることも出来ないという虚しさの中で、彼は、無力感に苛まれた。

 そんなときだった。

 異様な気配を感じて顔を上げると、彼の視線の先、灼熱地獄の上空にそれはいた。

(だれだ……?)

 ヴィシュタルは、それの全容を網膜に焼き付けるようにしながら、茫然とした。

 それは、人外異形の存在だった。

 とはいえ、この世界には、人外異形の存在など溢れるほどにありふれているし、そのことそのものは問題ではない。

 人間に似た五体を持つ存在であることも、全身が桜色の外骨格に覆われていることも、空に浮いていることも、神や獅徒、皇魔の存在がありふれた世界にとってなんら不思議なことではないのだ。

 しかし、その女性的なしなやかな姿態を持つそれが発する気配は、どうにも不思議であり、ヴィシュタルは疑問を持たざるを得なかった。

 それは、神に似て非なるものであり、神威のようであって神威ではなかった。

 そして、それが灼熱の炎に向かって手を翳すと、まるで花が花弁を散らすようにして消え去っていった。

 ヴィシュタルが驚いている暇もない。

 というのも、桜色のそれは、獅徒たちの囚われていた光の柱をもつぎつぎと消滅させていったからであり、ついにはヴィシュタルを拘束する光の柱までもが、その力によって消滅してしまった。

 あらゆる苦痛と拘束から解放されたヴィシュタルだったが、同時にいくつもの疑問が浮かび、喜んでもいられなかった。

 桜色のそれがなにもので、どのような意図でヴィシュタルたちを解放したのか。それがわからなければ、迂闊に喜んでいる場合ではない。

「あなたは……」

 ヴィシュタルの問いを、それは黙殺した。

 ただ、天を指し示して。

 ヴィシュタルが促されるままに空を仰げば、蒼空の中に白い物体が浮かんでいた。


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