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武装召喚師――黒き矛の異世界無双――(改題)  作者: 雷星
第三部 異世界無双

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第三千二十四話 失敗(一)

 失敗したのは、当然のことだ。

 必然といっていい。

 最初からわかっていたことだったし、避けられないことでもあった。

 だが、後悔もない。

 なるべくしてなった、ただ、それだけのことなのだ。

(いや……)

 ヴィシュタルは、頭を振る。それは、違う。そうではない。そんなはずはない。後悔がないはずがなかった。後悔だらけの人生だ。選択肢を違えることなく、正しい道を歩んでこられていれば、このような惨状は避けられたのではないか。

 そう想わない日は、なかった。

 常に、考えている。

 だれもが正しい道を進み、だれもが安寧と平穏、幸福を享受できた未来の可能性を、だ。

 だが、いまさらそんなことを考えたところで、どうしようもないということもまた、理解している。残酷な現実というものは、いつだって彼の思考を飲み込み、白日の下に曝すのだ。

 苦痛には、耐えられた。

 身を切るような痛みにも、内臓を灼き尽くすような痛みにも、耐え抜くことができた。人間であれば決して耐えられないはずのそれらを難なく処理しきれるのは、人間ではなくなったことの証明だ。その事実を認識することにも慣れてしまった。

 獅徒に生まれ変わり、人間であることを辞めた以上、慣れなくてはならないことだ。

 しかし、供に堕ちた同胞たちの苦しみに対しなにもしてあげられないことにだけは、耐え難いものがあった。

 どれほどの苦痛と恥辱に塗れようとも、無関心でいられる。心の平穏を保ち、冷静さを失わずにいられることだって可能だ。だが、堕ちてもなおみずからに付き従ってくれている同胞たちまでも、同じ目に遭わせるというのは、到底、認めがたいことだった。

 自分で自分を許せなくなる。

 だから、だろう。

 彼は、目に映る光景を脳髄に焼き付けようと想った。網膜に刻みつけ、脳髄に焼き付け、徹底的に記憶する。たとえこの身が朽ち果てて、魂までもが打ち砕かれようとも、未来永劫忘れることのないように。

 地獄のような――というのも生温い。

 轟々と燃え盛る炎の海が辺り一面に広がっていて、その蒼い炎が視界を半ばまで覆っている。獅徒の肉体を灼き、身も心も破壊する神の炎。神の怒り。いや、神々の王の怒り、というべきか。

 獅子神皇の怒れる魂が呼び起こした怒りは、まさに燃え尽きることのない炎となってこの地を灼き続けていた。

 ガンディア小大陸中心部、神都ネア・ガンディオンの跡地、とでもいうべき場所。

 そこには、もはやなにも残ってはいない。

 かつて、聖皇の力によって引き起こされた“大破壊”は、ガンディア王都ガンディオンを消滅させた。地下に眠っていた“約束の地”が浮上したことで、ネア・ガンディオンの基礎となり、神々の力によって造り替えられて誕生したのが神都だ。

 その神都は、獅子神皇の暴走によって消滅した。

 神都だけではない。

 獅子神皇の力は、世界全土を蹂躙し、数多の命を奪った。

 あの一瞬で、どれだけの命が散っていったのだろう。

 考えるだけで、目眩がする。

 無論、“大破壊”による被害よりは少ないはずなのだが、それでも、彼は考え直さざるを得なかった。

 計画の前倒し。

 その結果がこの惨状であり、失敗なのだ。

 燃え盛る蒼い炎の海には、何本もの光の柱が立っている。まるで上空から乱雑に突き立てられたようなそれら光の柱の中には、獅徒たちの姿があった。ウェゼルニル、ファルネリア、ミズトリス、イデルヴェインの四名。

 リョハンにて散ったレミリオンがいないのは当然として、アルシュラウナがいないのは、彼にはもはや自我と呼べるものがなく、また、獅子神皇にとって大いに利用価値があるからだ。

 では、ヴィシュタルたちはなぜ、炎の海に突き立てられた光の柱の中に閉じ込められているのか。

 だれもが苦悶の表情をし、苦痛のうめきを上げなければならないのか。

 理由は単純だ。

 獅子神皇に刃向かった、ただそれだけのことだ。

 それは、獅徒としての在り様をみずから否定することであり、存在意義そのものに真っ向から立ち向かうことといっても過言ではなかったが、しかし、彼には、どうしてもそうしなければならない理由があった。

 獅子神皇レオンガンド・レイグナス=ガンディア。

 彼が突如として暴走し、世界全土にとてつもない被害をもたらした事実が、ヴィシュタルをネア・ガンディオンに急行させた。勅命による任務の真っ最中だったが、関係がなかった。このまま世界中が破壊され尽くしてしまうのではないか、という恐れが、彼に即決させたのだ。神都からの連絡を待っている余裕など、あろうはずもない。

 故に勅命を無視するという暴挙を行った。

 それが獅子神皇の怒りに触れることはわかっていたが、そんなことよりも原因を確かめることのほうが重要だった。

 世界全土への攻撃が計画的なものならばまだしも、そうではないことが明らかである以上、放っておくことなどできるわけもない。

 本土に戻れば、案の定、神々さえも狼狽していた。神々に聞いたところで、返ってくるのは、わけがわからないという言葉ばかりであり、答えですらなかった。

 そして、神都ネア・ガンディオンに辿り着いたとき、ヴィシュタルは状況を理解した。

 神都は消滅し、その跡地に怒り狂う獅子神皇の姿があったのだ。

 獅子神皇がなにに対して怒り狂っているのかは、わからなかった。ただ、獅子神皇がその威容を露わにし、ガンディア小大陸に破壊の限りを尽くしていたということは、一目でわかった。

 獅子神皇は、神々の王と呼ぶに相応しい存在だ。

 世界全土に多大な影響を及ぼすほどの力を持ち、絶対者といっても過言ではない。その怒りが周囲にとてつもない影響を及ぼし、天変地異が起きていた。天は割れ、大地は裂け、雷の雨が降り、凍てつく竜巻が荒れ狂う。

 まさにこの世の地獄といった有り様であり、その光景を見た瞬間から、彼の覚悟は決まっていた。

 再封印。

 かつて、獅子神皇は、聖皇の力の器となってその力を受け継いだとき、あまりの力の大きさに制御しきれず暴走しかけたことがある。そのとき、獅子神皇の暴走による壊滅的被害の発生を防いだのは、神々の力だった。

 神々が力を合わせ、獅子神皇を異空間に隔離したのだ。

 それは、同時に獅子神皇の覚醒を待つための儀式ともなったのだが、ヴィシュタルは、独力でそれをなそうとした。

 いまや肉体の一部となったシールドオブメサイアと獅徒の力を用いれば、以前よりも遙かに強力な守護結界を作ることができる。神々の力による影響をも遮断するシールドオブメサイアの力を最大限発揮するのだ。それならば、獅子神皇を一時的にでも封印できると考えた。

 一時的に、だ。

 未来永劫封印し続けることは、できない。

 なぜならば、ヴィシュタルは獅徒であり、獅徒は獅子神皇の力によって生かされているからだ。

 獅子神皇がその気になれば、獅徒を葬り去ることなど容易いことだ。児戯に等しい。いや、それよりももっと単純なことかもしれない。ただそう願うだけで、ヴィシュタルたちの存在など、消し飛ぶだろう。

 だが、一時的にでも時間は稼げるはずだ。

 そして、その一瞬で、獅子神皇が理性を取り戻してくれることを期待した。

 彼は、怒り狂っていた。

 であれば、理性を取り戻すきっかけさえ与えればいい。

 そうすることで、時間は稼げるはずだ。

 ヴィシュタルは、そう考えたのだ。


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